FRAUD MAGAZINE

職場いじめと不正の脅威
WORKPLACE BULLYING AND FRAUD INTIMIDATION IN THE OFFICE

職場いじめと不正の結びつきを決定づける研究はまだないが、
その相関関係の可能性について一考すべき材料がここに提示されている。

ジョイス・マクギーハン (CMA、CIA、CFI) 著
By Joyce McGeehan, CMA, CIA, CFI



 大手製造会社の営業部長ジョン(John)が、第一水曜日の月定例営業会議に欠席することはめったになかった。景気の落ち込みで、ジョンは同僚よりも売上目標を達成するために四苦八苦しているようだったが自分が抱える問題点について同僚と議論する場として会議を重要視していた。

 3、4月に、リージョナル・セールス・マネージャーでジョンの上司テッド(Ted)は、第一木曜日に営業会議を変更したが、ジョンに伝えるのを失念した。ジョンは自分が仲間の輪からはずされたことに関してテッドに不満を述べた。単純な連絡ミスだったにもかかわらず、テッドはジョンに売上目標を達成できればまた仲間の輪に戻れる可能性が高いだろう、と告げた。その後まもなく、ジョンは、テッドと他のセールス・マネージャー2人が前の晩の夕食会について話すのを耳にした。ジョンは、なぜ自分がはずされたのか疑問に思ったが、それを尋ねることができないほど当惑していたジョンは売上の落ち込みに伴い、収入、会社での自分の地位、そしてテッドや同僚との関係が崩れ始めているのを感じていた。

 2週間不眠の夜が続いた後に、ジョンは朗報を受けとった。長年の顧客から電話で大口注文が入ったのだ。残念ながら、顧客は翌日会社の財務状況を理由に注文をキャンセルしたが、ジョンは売上システムから注文を削除しなかった。配送書類を偽造し、手渡しでインボイスを顧客に届けると営業所に伝えた。彼は、未回収の売掛金を隠すために何カ月も売り上げ調整をし続けた。

 ジョンは、営業会議の「仲間の輪」からはずされ、売上目標の達成を条件に「仲間の輪に戻れる」とテッドにほのめかされたせいでやむを得ず不正を犯したと感じていた。巧妙ないじめの例だ。

 定期的に行われる実地棚卸しで帳簿と在庫の食い違いが発覚するまで、ジョンの在庫記録の改ざんは数カ月間気づかれずにいた。ジョンは実際にはまだ資産流用していなかったので、自主退職する機会を与えられた。(皮肉にも、彼が辞める時点で市場は好転し、売上目標を達成しつつあった。)

 組織が倫理と価値観をどれほど立派に社内の行動規範に明示しても、収入、ステイタス、自尊心が実績でのみ判断されるのならば、社員の中に不正を働こうという動機を抱く者もでてくるだろう。ジョンは会社の在庫記録の改ざんによって金銭的な利益は全く享受していなかった。一方、収入減少に対する懸念よりも営業チーム内で好成績を上げているという満足感の方が勝っていたのだった。

 これはフィクションだが、私は多くの不正の原因の一部が、職場いじめにあるのではないかと推測している。まだ多くの研究を要するが、この記事では陰湿な、または明らかな職場いじめによる不正を防止、発見する方法について議論していくつもりである。



いじめ−不快で複雑なもの (BULLYING ? UNPLEASANT AND COMPLEX)


 今まであなたは、学校や、職場でいじめの対象になったことがあるだろうか?陰湿であれ、あからさまであれ、自分がいじめの犠牲者だと認めたい人は誰もいない。自尊心は傷つけられ、もっと極端なケースでは、キャリアや健康にも悪影響を及ぼすだろう。多くの社会人にとって、職場と個人的なアイデンティティを切り離して考えるのは、難しいことなのだ。

 いじめの抑止や撲滅をするために学校は策を講じているが、多くの職場では、経営者側が無視、または気づかずないことにより、いじめを奨励すらしかねない状況になっている。

 職場いじめが感情的、心理学的、肉体的に犠牲を強いることに関する書籍は数多く存在する。心理学者であるイヴリン・M・フィールド(Evelyn M. Field)は職場いじめの原因と影響に関して多く執筆している。また、これまでこの話題をカバーした新聞・雑誌記事もあり、それらは大抵、職場いじめ反対協会(anti-workplace bullying associations)によって煽られている。

 いじめと職場での不正との関係はほとんど書かれていないが、これまで不可解に見える不正事件が多くあった。そこでは、いじめが一因かもしれない。私が「不可解である」という言葉を使うには理由がある。それは、直接不正行為に関与していないとしても大規模かつ長期間に及んでいた不正を周りが知らなかったり不審に思わなかったりしたこと自体が、不可解だからだ。

 統計データは様々だが、6人に1人の社員がなんらかの形で職場いじめを受けていると推測する書籍がある。社員が、いじめを受けていると自覚していても、実際に不平を述べるのは3%だけだ。いじめを受ける社員のほとんどは、自身でかなりの犠牲を払いながらもなんとか対処している。しかし、社員が働く組織にも、不正関連コストを含めかなりのコストがかかることも徐々に明白になってきている。



損なわれる生産性 (LOSS OF PRODUCTIVITY)


 いじめを受けた社員は、憤りと無力感で生産性が落ちる。自尊心を取り戻すために、彼らはいじめに加担していない社員や同僚からの賛同や、サポートを得ようとすることに時間を費やすかもしれないし、帰属意識をなくし辞職したりするかもしれない。極端なケースでは、職場いじめの犠牲者は上司、同僚、組織に対して暴力的な行為にも走るのだ。

 学校でのいじめっ子が、職場でもいじめる社員になるかはわからない。私たちはメディアを通して学校いじめ反対運動は見てきたが、職場における同様な運動の認知度は低い。

 企業文化の中には、「適者生存」で残るべき者は残るというある種の屈折した指導体制のもと、いじめが好まれ、おそらく奨励さえされている。また組織の中には、いじめに気づいていながら無視し、それを重大な問題ではなく、むしろ良好な競争力がある環境を促進すると考える組織もある。

 いじめの影響は、直接の犠牲者だけでなくその目撃者と同僚にも影響する。誰もいじめられたくはなく、他の誰かがいじめられるのを見ることも同様に嫌な気分になるだろう。



陰湿ないじめと、明らかないじめ (SUBTLE AND OVERT BULLYING)


 失礼な態度や尊敬心の欠如が陰湿ないじめとして捉えられるかもしれない。実際、いじめの手口があまりにも巧妙なため、正確には何が起こっているのか、なぜ社員たちがそう感じるのか理解するのが困難である。表面的には、影響を受けている社員の取るに足らない心配事、被害妄想のようにとられるかもしれない。

 陰湿ないじめは社員が、:
 ・ 会議、ランチ、コーヒータイム、情報交換の場となる集まりなどから外されると孤立していると感じる
 ・ 十分な責任を与えてもらえない、評価されてないと感じる環境が作り出される
 ・ 経営者側は自分の考えに耳を貸さない、あざ笑っている、または拒絶していると感じる

 あからさまないじめには社員に対する、:
 ・他の社員や顧客の前での、無礼または軽蔑的な振舞い
 ・執拗な批判、軽べつ的な発言。その結果として社員の信頼を損ねる
 ・信頼性の欠如(明白な理由なく)
 ・仕事を与えない
 ・信頼をおかない、もしくは仕事の成果を共有しない
 ・不当な要求、重要な情報を提供しないなど、結果として社員の成功を阻むかもしれない

 常にひどい振舞いをしているのに、社員やマネージャーの中でうまくやりぬける者がいることに疑問を抱いたことがないだろうか?社員でさえ、同僚や組織モラルへの影響を感じることができるのに、なぜ経営幹部にはできないのか?それは単純な「費用対利益」の問題であるかもしれない。組織がうまく機能するのは、そのような社員がいるのといないのと、どちらであろうか?



職場のいじめっ子のプロフィール (PROFILES OF WORKPLACE BULLIES)


 いじめる社員の大抵は、上司かマネージャーであり、男女の割合は同じである。職場いじめ問題研究所(Workplace Bullying Institute)刊行の冊子『劣悪な職場環境』(“Abusive Workplaces”)の2003年報告書によると、犠牲者の約70%は女性である。そして、女性が女性をいじめる傾向が強いという。

 弱いものをいじめると、自分に力があると感じ、自尊心が高まる。また、経営側が社員の動機づけ、あるいは地位を向上させるのと同等の効果が得られる代替手段を知らないため、いじめが企業の管理スタイルとして深く根付いてしまっているのかもしれない。

 いじめる社員は自分の脅威となる存在をいじめの対象とするかもしれない。その人を辞職させたい、その仕事を台無しにしたい、または単に態度を改めさせたいだけかもしれない。



いじめと不正防止・発見
(BULLYING AND THE PREVENTION AND DETECTION OF FRAUD)



 一般に、組織は、社員が以下のように行動すると期待している。

 ・不正行為を控える
 ・ 十分かつ指示通りに自分の責任を果たす。その結果として、不正発生の可能性が減少する
 ・不正疑惑を報告する



不正行為を控える (Refrain from Fraudulent Activity)


 組織は不正を防止・発見するために特別な手段を講じる。

 具体的には:
 ・倫理的な行動を伝え、促進する企業文化を確立する
 ・経営トップが適切な姿勢を示す(模範を示す)
 ・不正への認識を向上させる社員教育を提供する
 ・持続可能な内部統制システムを開発・管理する

 経営側が、社員をいじめたり、いじめ行動を容認したり、もしくはそれを止める対策を怠ると、社員は上述した積極的な活動を怠ることになる。



意図された責任を実行する (Perform Responsibilities as Intended)


 経営者側は期待どおりに内部統制が機能していないことに気づき、よく驚くものだ。不正調査の際に、私は実際には無意味なレビューがされている売掛金報告書を見てきている。経営側の意図するとおりに、銀行預金が記帳、預金されていなかったりする例も見てきた。

 社員の仕事ぶりの悪さの原因は、多岐にわたる。原因のひとつは職務の根本的な目的を理解していないことや、時間不足かもしれない。しかし職場いじめは、信頼できる内部統制活動の機能に影響し得る要素のひとつかもしれないのである。



職場での不正疑惑を報告する (Report Suspicions of Fraud in the Workplace)


 また、職場いじめは不正の疑惑を報告しようとする社員の気持ちにも影響を及ぼすだろう。いじめる社員は、自分が脅威と感じる社員をターゲットにするかもしれない。脅威が真実か想像かにかかわらずだ。例えば、いじめる社員は昇進、信用、または他人から認められるためにそのいじめ対象となる社員と競うかもしれない。

 いじめる社員はまた、いじめの対象となる社員が自分に影響を及ぼすある特定の行動を変えさせるか、控えさせたいのかもしれない。不正調査の際に、他の社員が不正を認識していたか、少なくとも疑っていたということが判明することは、珍しくはない。彼らには、疑わしい事実を知りながらも報告できない様々な複雑な理由があるかもしれないのだ。社員に不正の疑いがあったら直ちに報告することを多くの組織が望んでいる。しかし、社員はその要求、自分の倫理的価値観、そして生計をたてるという現実問題との間で板ばさみになるのかもしれない。



実際の事例 (ACTUAL EXAMPLES)


 私は、最近の多くの並外れた事件が長期間検知されず、また報告されなかった複数の要素の1つがいじめ行為であったと推測している。まだこれら事例に対する明確な証拠はないが、私は、存在したであろういじめの影響を考慮することが重要であると信じている。

 ・ 最近のバーナード・マドフ(Bernard Madoff)のポンジースキームにより投資家は、150億ドルから600億ドルの損失を被った。
 ・ 2007年、捜査官たちは、フランスのソシエテ・ジェネラル社(Societe Generale)の不正を働いた先物取引トレーダーが71億ドルの営業損失を招いたことを明らかにした。
 ・ 1990年代前半、イギリスのベアリング銀行(Barings Bank)のデリバティブ担当バンカーは10億ドル以上の営業損失を招いた。

 連邦捜査員は当初から、マドフ事件ほどの規模と複雑な不正が1人の人間によって計画実行されたとは思っていなかった。新聞と雑誌記事は徐々に、マドフの架空投資顧問業に関わっていた企業文化の一端を報道しだしている。同社社員がヘッジファンドの複雑さを理解しておらず、また確かに、株式投資をオプション売買でヘッジするマドフの投資手法(split-strike-conversion strategy)を理解していなかった初心者であったと指摘されている。

 アリゾナ州立大学の心理学名誉教授であり、いじめの影響に関する本を複数執筆しているロバート・チアルディーニ(Robert Cialdini)氏は、経験のない社員たちが、勇気を振り絞ってビジネスのやり方についてマドフに疑問をなげかけた際、彼に服従させられていたのだろう、と推測している。

 ソシエテ・ジェネラル社の不正行為の被告であるジェローム・ケルビエル(Jerome Kerviel)は天才とも平凡な社員とも呼ばれていた。彼は実在する複雑なデリバティブ取引で高い評価を得ていたが、単純に「ありきたりな」トレーダーいう者もいた。ケルビエルは、彼の取引権限範囲を大幅に逸脱した欧州株価指数先物にかかわる架空取引を作り出した罪で起訴された。ケルビエルは、実際の取引と相殺するために、架空取引を利用した。彼が単独で実行したという説と、一人で行うことは不可能だったという対立した説が報告されている。

 ニコラ・クラーク(Nicola Clark)とデヴィッド・ジョリー(David Jolly)が2008年1月24日ニューヨークタイムズ誌に書いた記事「ソシエテ・ジェネラル社が取引不正で70億ドルを失う」において、「私たちは全容を把握していないと思う」と、ハワード・デイヴィース(Howard Davies)は述べた。イギリス金融サービス機構(Financial Services Authority of Britain)の前議長であるデイヴィースは、銀行の統制手続にどんなに精通していても、これだけの規模の取引を一人の人間が隠すことは不可能であっただろうと主張している。「『それは巨額』なのです。この規模の取引ならば『唯一の監視の目』となる状況を避けるために、複数の人間によって運営される『コンプライアンス機構』が通常あるものです」とデイヴィースは語った。

 私もデイヴィースと同じ見解だ。ケルビエルは不正行為を単独で実行したかもしれないが、彼が不正に関して知っていた唯一の人間だったとは考えにくい。私たちはバック・オフィス・スタッフが通報しなかったと推測している。彼らがある特定の取引に関して尋ねたとき、ケルビエルはそれが間違いであったと答えている。私たちが、ケルビエルが彼らをいじめていたかどうかを知る由はないが、いじめは最良の制御システムさえも無効にすることができるのだ。

 ベアリング銀行の不正発覚の1年前に、銀行の内部監査部が、ニコラス・リースン(Nicholas Leeson)が過度の権力を持っていたと報告している。しかし何の行動もとられなかった。また、リースンがデリバティブ・トレーダーであっただけでなく、妻が勤務していたバック・オフィスのスーパーバイザーでもあった。不正検査士たちは、このような警告サインには嫌というほど精通している。

 バック・オフィスの業務は、取引とトレーダーの状況を監視することだった。大抵は、横柄で、早口で、威張り散らすトレーダーにはかなわないような事務スタッフで構成されていることが多い。

 ソシエテ・ジェネラル社とベアリング銀行のケースにおいて、不正を働いたトレーダーたちは、特に利益をだしているときは、上司は自分たちの取引をよく理解していたと主張している。(下位レベルの社員は最も上司にいじめを受けやすいが、同僚が同僚をいじめることもある。また時には下位レベルの社員が上の者をいじめることもある。特にデリバティブ取引のように専門知識があったり、知識レベルが勝っているときに起こる)

 これらのケースで実際何が起こったのかは明確には分からないかもしれないが、いじめの可能性を無視するべきではないのである。



いじめの行動を認識する (RECOGNIZING BULLYING BEHAVIOR)


 私たちが職場いじめの影響を考える際、外見上不可解な不正についてはそれほどややこしくないかもしれない。組織は、不正を助長するかもしれないいじめの行動を認識する必要がある。

1. 同僚が避けるほどキレやすく扱いにくい社員に注意を払う。
2. 若手社員が先輩や専門知識のある社員の活動をモニターする業務を課すとき起こりうる問題点を認識する。
3. 専門知識のある社員の「技術専門用語」によって紛らわされない。専門知識が乏しい社員からの質問に対して、合理的で明快に回答する能力を彼らは持つべきである。
4. 不正の疑惑を社員に確認する。組織の中には毎年、疑わしい不正の事実を確認していないことを社員に書面で宣言させている。
5. いじめの苦情や不適切な行動に関しては、迅速かつ、目に見える形で対応する。各不満に対して迅速かつ客観的な調査を行う。職場いじめに対する企業の耐性不足を補強する。
6. 上司が社員に不合理な要求をしていないか、社員の報酬方式が組織の倫理的価値観に不整合ではないか、という点に意識を向ける。賞与システムによっては、短期的な目標数値のみ達成すれば良いという社員のパフォーマンスが、長期の組織戦略を損なってしまっていると捉えられることがよく起こる。予算と売上目標達成へのプレッシャーは、道徳観の境界線を曖昧にしてしまう可能性がある。
7. 社員の言動の変化に注意を払う。社員個人や小規模グループが孤立または隔離されないようにする。議論や信頼を発展させる丹念に練られたコーチングとメンター・プログラムが、社員が直面するいじめを始めとした問題の早期発見において重要な役割を果たす。
8. 雑談など、他愛のない話にも耳を傾ける。いつもゴシップだけとは限らない。
9. 職務に適切な経験と能力を持ち合わせていない社員を採用する経営側に注意を払う。経験者や専門知識のある社員をモニターする職務に適性のない社員を配置することにより、不正につながるいじめを助長してはいけない。
10. 社員の経営側に対する批判の裏に潜む動機に注意を払う。
11. 何よりも組織のいじめに対する姿勢を全社員に伝える。多くの組織が行動規範でいじめ反対について言及している。その結果として安全で敬意を払い合う職場形成を後押している。

 まだ研究は発展途上だが、企業は、職場いじめの行動を思いとどまらせ、また不正調査の際、いじめが数ある要因の一つであると捉えるよう行動すべきである。



ジョイス・マクギーハン(CMA、CIA、CFI) は、カナダのノヴァスコシア州ハリファクスのグラント・ソントン会計事務所の法廷会計部門(Grant Thornton’s forensic accounting unit)シニア・マネージャーである。



コラム1
上司の部下いじめと会社経費での旅行
(BOSS BULLIES ASSISTANT AND TRAVELS ON COMPANY'S DIME)

 小さい男の子2人のシングルマザーであるジャニン(Janine)は、10年以上営業部門のディレクターを務めるハワード・ボンド(Howard Bond)の秘書であった。その間、ジャニンは会社がクライアントとの交際費に関する方針を何度も変更するのを見てきた。クライアントとの長時間のランチや贅沢なゴルフ旅行の日々は過去のものとなっていたが、ハワードは新しい経費方針に同意していなかった。不況のときに売上が伸びたのは、クライアントとの人間関係のおかげだと信じていた。また、ハワードはよく釣り旅行をビジネスと混同し、会社の経費でおとしていた。

 ジャニンは、ハワードの経費請求伝票に目を通しながら、経費として許容されるのか疑問に感じていて、誰もハワードの経費請求を細かく確認しないのも知っていた。不審に思ったある項目について彼に尋ねると、ハワードは彼女が質問することは「彼女の職務範囲には含まれてない」ので経費の払戻し請求を経理部に送ればいいんだ、と告げた。そして、ハワードは決まって保留事項になっている会社の一時解雇についてほのめかすのだった。ジャニンは、彼が自分の仕事を脅かしていると感じていた。

 ジャニンは、ハワードが、1週間のアラスカ釣り旅行の8,000ドルを経費で落とそうとしたとき、本当に最後の一線を越えてしまったと感じた。なぜなら、彼は主要なクライアントを同伴したと言っていたにもかかわらず、クライアントではなく、十代の息子2人を同伴したことをジャニンは確信していた。じっくり考えた後で、ハワードが違反を認めるかを確かめるためにアラスカでクライアントが合流したのかと彼に尋ねた。しかし、返ってきた答えは、それはジャニンには関係のないことであり、ただ「ほころびをつくろって経費請求を処理」すればいい、ということだった。そして、ハワードは、彼女の人事評価の提出が2、3週間後に迫っていることを付け加えた。ジャニンは、匿名で会社の内部告発者ホットラインに通報しようと考えたが、ハワードが通報者を突き止めるだろうと分かっていた。

 ジャニンは机の一番下の引き出しに「極秘ファイル」をその後4年間保存し続けた。そこには、ハワードの22万5000ドル以上に及ぶ極めて疑わしい経費明細書が含まれていた。経費には、プライベートで友人との釣り旅行4回、何十回にも渡る大学と自宅往復用の息子の航空運賃、おびただしい数の家族の高級レストランディナー、自宅プールの清掃代、そしてフランス出張の際に購入した妻のための4,000ドルのシャネルのガウンが含まれていた。

 ジャニンはある意味、ハワードの不正の共犯者になってしまっていた。それは、いじめを受けて不正を隠さなければならないと感じてしまっていたからであった。



コラム2
キレやすいトレーダー
(VOLATILE TRADER)

 ビジネス専攻で新卒の22歳のスタンは、大手銀行の外貨取引部門のバック・オフィスの仕事に就けたのはとても幸運だと思っていた。彼は日々変動する為替を扱う職場環境はおもしろいと感じ、物事の中心にいることが好きだった。最終的にはトレーダーを目指していたので、新しい仕事がその第一歩であると感じていた。彼の職務の1つは、外貨取引をマッチングし、トレーダーが許可された権限内で確実な取引を行っているかをモニターすることだった。

 マイケルは、米国・カナダ担当のトレーダーで、約5年間取引フロアにいた。彼は、常に多額のボーナスを受け取り、外国為替市場を正確に予測することで評判が高かった。数カ月経過すると、スタンは、ある銀行とマイケルの取引をマッチングさせるのに苦労していた。取引に関して詳しい説明を追求するたびに、マイケルはイライラしてスタンを罵倒した。マイケルは、基本的な取引を理解していないとしてスタンの能力に疑問を呈し、時間を浪費していると彼を非難した。マイケルが他のトレーダーやサポート・スタッフの前で何度かキレたあと、スタンは、取引を理解できない自分が少し愚かであると感じ始めていた。スタンは、特定の株式取引メモのつじつまが合わない理由を理解できなかったことを直属の上司に伝え、上司はマイケルに再度確認するよう指示した。が、結局スタンは、整合性のとれない取引に関してマイケルに質問しなくなった。彼はこれ以上不愉快で恥ずかしい対立問題に苦しみたくなかったし、実際自分が何かを見過ごしているかもしれないと考えたからだ。その後すぐに、スタンは、マイケルの株式取引メモをマッチングさせることを止めて、マイケルは自分自身で把握しているだろう、と自分に言い聞かせて状況を正当化していた。また、スタンはこれといった理由もないままマイケルから反感を買い、取引フロアへの昇進の可能性を危険にさらしたくはなかった。結果的に銀行は、マイケルと別の銀行のトレーダーである友人が架空取引を通して、互いの取引ポジションを操作していたことを発見した。

 銀行はマイケルを解雇し、民事に訴える意向だ。彼が不正から個人的な利益を得たかは未だ明らかではない。それでも、スタンへのいじめが不正の早期発見を阻んだのかもしれないのである。



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