不正対策の基本
FraudBasics
会社の数百万ドルを守る鍵となる統制
A FEW KEY CONTROLS COULD SAVE YOUR COMPANY MILLIONS

ボイド・E・フォスター:著
Boyd E. Foster Jr. CFE,CPA



 この複数年にわたった事例を調査することで、不正は検知するよりも防止するほうが容易であるという前提が裏付けられた。この記事では、不正検査士が、経営による監視や健全な内部統制を通じていかにして資産横領の防止を支援できるのかを紹介する。


 それは、マサチューセッツ州の歴史において個人による最大の資産横領だった。その犯罪は、6年近くも続き、700万米ドルの被害に及んだ。捜査当局、会計士、弁護士、ビジネスオーナーおよび主要な従業員で構成された我々のチームが不正の手口を明らかにし、その損害が何百万米ドルにも達することを知るのに、わずか1週間しか必要としなかった。我々の調査によって、会社の現金勘定から直接盗みを働き、自分と夫の複数の個人銀行口座に現金を預金していたのは、信頼された経理担当者であることが判明した。

 この事件が世間に知られるようになったとき、誰もが一つの疑問を抱いた。それは、どうしてこのようなことが可能だったのか、という疑問だった。外部監査人や不正検査士にとってその答えは、経営による監視や健全な内部統制を通じて、従業員による同様の資産横領をいかにして防止することができるかを理解する上で重要な要素である。



何が問題だったのか (WHAT WENT WRONG?)


 小規模会社において、従業員が複数の業務を兼務することは一般的である。それにより間接費を抑え、管理者は事業に専念し、採算を維持することができる。従業員は、自らが様々な役割を果たすことで、仕事を楽しんでいると言う。そして、オーナーはそれを「少ない人数で多くのことをやる」と評価することを好む。しかしながら、監査人や不正検査士にとって、それはしばしば職務分離の欠如を意味し、内部統制上の脆弱性という懸念を引き起こす。

 我々による不正検査の対象となった被害企業も例外ではなかった。複数の建設会社を営むオーナーである「ジョン」は、従業員を最大限に生かすことに長けており、それにより大きな成功を収めていた。長期にわたり雇用されていたビアトリスもそうした従業員の1人であり、ジョンの全ての会社で経理責任者を務めていた。ビアトリスは信頼されていたため、CFOの名前が付された署名スタンプに監視されることなく触れることが可能で、小切手をより効率的に作成し、振り出すことが可能だった。そして、これにより、ジョンやCFOは業務に集中することができた。しかし、不幸にも、これはビアトリスに横領を犯す機会を与えることになった、いくつかの内部統制上の欠陥の1つだった。

 ビアトリスは、ジョンの会社で働き始めて間もなく横領を開始した。我々が確認した最初に横領された小切手は2000年6月のものだった。彼女は2,694ドル83セントを自分宛てに振り出し、スタンプを使ってCFOの署名を偽造した。そこから、彼女の不正は本格的に動き出した。ほぼ6年後の2006年5月、彼女は自分宛てにCFOの署名をスタンプした45,135ドル68セントの最後の小切手を振り出し、その金を自分の銀行口座に預金した。我々が調査を進めるにつれ、ビアトリスがすばやく機会を見出し、その機会を悪用したことが明らかになった。ビアトリスは、経理環境の変更に合わせて、不正の手口を変化させていた。

 ジョンの会社のほとんどでは、既成の会計ソフトによって会計記録を管理していた。小規模会社にとって、これらのソフトウエア・パッケージは取引を記録する上でコスト効率が高い一方、操作することが容易に可能であり、悪意を持った従業員の手にかかれば、実に危険なものになりかねない。我々との最初の面接調査において、ビアトリスは自分宛てに小切手を印刷し、あとからその取引に関する全ての記録を削除することが可能だったと認めた。彼女は自分自身を販売業者として一覧表に載せることにより、架空の支払額を入力し、小切手を印刷していた。すべての小切手を印刷し終わると、その会計ソフトはそれらの小切手が正しく印刷されたかどうかを尋ねることになっていた。ビアトリスは、小切手は正しく印刷されなかったと回答し、すべての取引記録を消去していた。

 優秀な経理担当者であれば知っていることだが、帳簿上に対応する取引がない支払い済み小切手は、銀行取引明細書が届いたときに不正の兆候が明らかになる。しかし、ビアトリスは銀行取引明細書の郵便での受取りと、月次の銀行勘定調整表の作成を兼務しているため、この点は問題にはならない。ビアトリスは銀行取引明細書を開封し、自分宛に振り出された支払い済み小切手の原本を破棄していた。さらに彼女は隠蔽工作を重ねていた。帳簿が銀行取引明細書と一致するように、実在する販売業者の勘定に、横領した小切手と同額の架空の支払い取引をねつ造し、横領額と同額のそれら販売業者からの虚偽の請求書を入力していた。

 横領額が大きくなると、これらの販売業者ではありえない多額の請求書に対する疑念を避けるために、彼女は少額で複数の請求書に分けて入力していた。外形上は、実際の商品に対する現金支払いのように見えていた。ビアトリスは、頻繁に支払いのある販売業者のみを慎重に選んで悪用していた。彼女はまた、虚偽の請求書番号が、販売業者からの実際の請求書番号と確実につじつまが合うようにしていた。

 横領が複数年におよぶと、ビアトリスは自身の横領を複数の会社に拡大させた。ある会社では、簡単に不正操作が行えない、より高度な会計ソフトを使用していたが、ビアトリスの不正を抑止することはできなかった。ビアトリスは、我々にいかに簡単に会社の白地小切手の束を入手し、文書作成ソフトと自身のレーザープリンターを使って、自分宛の小切手を印刷したかを説明した。ビアトリスは、小切手の束に正確に並んで金額が印刷されるかどうかを確認するために、白紙の紙に試し印刷までしていた。その後、彼女は、銀行口座の動きと帳簿が一致するように、実在する販売業者に関して虚偽の取引をねつ造していた。

 結果的に、オーナーは銀行を変更し、新しい銀行はすべての支払済み小切手に関して、原本を返送するのではなく、その複写コピーを月次の取引明細書とともに送付してきた。ビアトリスは、横領を続けることはより困難になったと考え、ジョンから別の方法で盗み取ることを考え付いた。彼女はすべての会社を熟知しており、関連会社の休眠口座についても知っていた。その口座には動きはなかったが、閉鎖されることはなかった。さらに都合よいことに、新しい銀行は、その口座については、支払済み小切手や、取引明細書とともに複写コピーを送付してこなかった。そこで、ビアトリスは、営業中の会社から休眠中の会社宛に小切手を振り出した。

 彼女は、休眠口座に小切手を預金し、その銀行口座から自分宛に小切手を振り出した。たとえ、営業中の会社の銀行口座が検査されたとしても、それは関連会社への支払いを示すだけだった。それ以来、ビアトリスの名前が書かれた小切手が、会社に返送されることはなくなった。複雑な一連の関連会社間取引の仕訳を利用して、彼女は企業間での支払いのやり取りを隠ぺいした。自身の横領において、最後のわずか10ヶ月間で250万米ドル近くを得たこの方法は、ビアトリスにとってまさに濡れ手で粟だった。会社の人間がいくつかの疑わしい取引を発見するまで、この横領はまったく気付かれることはなかった。

 ジョンが経営する会社の一社において、部長を務めていたトムは、ビアトリスの財務報告書を不審に思い、経験豊富な経理社員をもう一人採用した。そして雇用されたサリーは、まもなく誰かが会社から盗みを働いていることを疑った。

 数週間後、サリーはいくつかの疑わしい取引を特定した。通常、ビアトリスは、疑わしい項目はすべて、取引のある実在する販売業者からの仕入れとして記帳していた。そこで、サリーは、販売業者に連絡を取り、正当な請求書番号が1つもないことを確認した。さらに、銀行についても調べ、小切手は換金されており、さらに、その支払先がジョンの所有する休眠会社の一つであることを発見した。

 ジョンは、休眠会社が振り出した支払済み小切手を調べるため、CFOを銀行に行かせた。そのCFOは、44,000米ドルの小切手がビアトリスに支払われていることを突き止めた。数日のうちに、ビアトリスは、自身の横領額が900万米ドルにも達するかもしれないことを認めた。

 後ほど判明したことだが、ビアトリスの不正は単純で、簡単に防止できるもののようだった。彼女の不正が長期にわたったことは、そのような不正行為は発見するよりも防止するほうがより容易であるという前提を裏付けている(ACFE職業上の不正と乱用に関する国民への報告書2006年度版より)。ビアトリスは、統制上の欠陥をすばやく察知し、その欠陥を自身の利益のために、繰り返し悪用した。不正検査士や外部監査人は、企業のために、同じことが実行可能である。彼らは、自身のクライアントを重大な損害から守るために、これらの統制上の欠陥を認識できなくてはならない、米国公認会計士協会によるリスク評価基準(SAS Nos.103‐111)では、いまや外部監査人は、民間企業の内部統制を評価し、テストすることを求められ、SAS No.112では、監査人は、統制上の欠陥について経営者とコミュニケーションを取ることが求められている。どのようなときに企業が健全な統制を持ち、どのようなときに横領の機会を与えてしまうのかを専門家が評価することが、従来よりも一層重要になっている。特に、現金勘定に係わる統制は重要である。ACFEの国民への報告書は、報告された不正事例の90%以上が資産横領であり、それら不正のうち87.7%で、現金が横領の対象となっている。損失額の中央値は150,000米ドルであり、現金の横領が、いかなる組織にとっても重大な損害をもたらすことを表わしている。



不正防止策 (PREVENTATIVE MEASURES)


 こうした横領の脅威に歯止めをかけるために、企業ができることは何であろうか。

 承認手段を管理する。第一に、かつ最も重要なこととして、適切な職務分離を実行するだけの十分な社員を持たない企業は、小切手署名用の署名スタンプの廃止、および自動小切手印刷機の使用中止を考慮すべきである。もし、多量の小切手を発行するため、手作業ですべてを署名することに多大な時間を費やすのであれば、署名スタンプへのアクセスを管理するための手続きを導入すべきである。スタンプは権限を持つ署名者の机に鍵をかけて保管し、その者が唯一の鍵の所有者であることを徹底すべきである。

 署名者がオーナー以外ならば、オーナーは、権限を持つ署名者が常にスタンプを保管することを明確にすべきである。もし、会社が小切手印刷機を使用するのであれば、安全が確保できる場所への設置を徹底すべきである。さらに、小切手印刷機は通常、印刷をした小切手の数を記録する内部メーターを内蔵している。オーナーは、記録を管理し、余分な小切手が印刷されていないかどうかを頻繁に検証するべきである。会社はまた、銀行のファイルに入れている署名カードの更新を確実に行い、そのカードの名前が、権限を持つ小切手の署名者のみであることを確認するべきである。

 郵便物を開封する。オーナーや指示を受けた統括管理職が、未開封の銀行取引明細書を受け取り、最初に内容を確認するべきである。銀行は、職場での第三者による受領を防止するため、それらの明細書をオーナーの自宅に送付することも可能である。オーナーは、複写コピーであれ、原本であれ、異常な点がないかどうかを確認するために、支払済み小切手に目を通すべきである。会社が小規模なため、銀行取引明細書を照合する経理担当者が買掛金や売掛金も管理しているならば、その経理担当者が明細書を受け取る前にオーナーがその内容をチェックすることは、非常に重要な意味を持つ。

 これらの手段は、従業員による小切手の改ざんを防ぐことはできないかもしれないが、時機を逸することなく横領を特定するだろう。さらに重要なことは、このような統制によって、銀行口座の監視が厳重であることを従業員に知らしめることである。

 我々の調査によって、銀行取引明細書に対して、独立した第三者による検証がまったく実施されていないことが判明した。特定の企業の銀行口座から、500米ドルを超える正当な小切手が振り出されていない月に、10,000米ドルをわずかに下回る3つの連続した小切手が現金化されていた。これらの3つの小切手はすべて、ビアトリスの銀行口座の1つに預金されていた。銀行取引明細書に計上された支払済み小切手に対して、即時に検証を実施していれば、不審点が浮かび上がり、横領は数年前に終わりを告げていたかもしれない。

 証拠書類を確認する。会社は、注文書、請求書、ならびに受領書によって支払いが裏付けられる場合にのみ、小切手を支払うべきである。小切手に署名をする前に、権限を持つ署名者は、関連書類が適切に承認されていることを確認すべきである。社内の方針として、担当の従業員が仕入れを承認することを要求し、かつ、承認済みの注文書が存在しない支払いは、いかなるものも認めるべきではない。また、控えとして、販売業者に対して、すべての発行済み請求書と支払い済みの請求書の一覧表を要求することも可能である。もし何者かが会社の元帳に虚偽の請求を入力しても、販売業者の請求書と即座に比較することにより、虚偽の請求が明らかになるだろう。

 遊休口座を閉鎖する。オーナーは、企業の銀行口座の一覧表を管理し、すべての遊休口座を閉鎖するべきである。そのような口座は見落とされがちなため、不正を企む従業員の誘因となる。

 販売業者の一覧表を管理する。オーナーもしくは担当の管理職のみが新規の販売業者の追加を管理し、一覧表を頻繁に検査するべきである。また、販売業者の追加を担当者以外が実行できないように、パスワードやユーザーアクセス制限を設定するべきである。単純な市販のソフトであっても、通常、パスワードによって特定の個人にのみ作業を制限する機能が付いている。



重大な損失に対する防御法 (PROTECTION AGAINST MAJOR LOSSES)


 これらすべての統制は容易に実行が可能であり、現金の横領を抑止するために非常に重要である。我々の経験が示すように、鍵となる統制を持たず、管理職による現金支払いの監督を怠ることは、小規模会社にとって多くの出費を招くことになりかねない。民間企業の内部統制に対する検証や、検査が一層重視されるなか、不正検査士は自身の小規模会社クライアントに対して重要な支援者となりえるだろう。不正検査士の持つ不正リスクに関する知識と、適切な予防的統制と発見的統制は、クライアントを重大な損失から守ることを確実にする上で、鍵となる役割を果たすことができる。



ボイド・E. フォスター Jr. (Boyd E. Foster Jr.)CFE、CPAは、ロードアイランド州・プロビデンスにある、サリバン・アンド・カンパニー(Sullivan&Company)公認会計士有限責任パートナーシップのマネージャーである。


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