専門家による証言
EXPERT WITNESS TESTIMONY
法廷で問われるコミュニケーション能力とは
Communicating to the court

トレーシー・クーネン、CFE/CPA:著
Tracy L. Coenen, CFE, CPA



 最良の財務会計専門家による証人は報告書や証言を通して、巧みにかつ簡潔に事実を伝え、事件を勝訴へと導く一助となる。ここでは、最良の鑑定証人になるためのエッセンスを紹介する。


 法廷の廊下で鑑定証人として証言を待つ間、私は自分が失敗するあらゆるパターンを頭に思い浮かべていた。相手側の法廷弁護団からの質問について黙考する時間は十分あった。これが私にとって初の証言機会であり、失敗したくなかった。しかし、証言席にゆっくり身を落ち着かせると、私はリラックスし、陪審団席をチラッと盗み見た。彼らは私の数値計算を理解しようとしているだけのごく普通の人々だった。私は陪審団に財務会計関連事項を簡潔に分りやすい言葉で説明した。表情からすると、私の説明を理解しているようだ。

 証言では、注意深く、準備した報告書の重要点を列挙した。私を雇った法廷弁護団は、私の報告書から多くの証拠物件を提示し、それらは私の主張を例証していた。我われは簡潔に陪審団(と裁判官)に数字回りの説明をした。相手側の法廷弁護団は、陪審団を混乱させようとしたが失敗した。自分の主張を立証するたび、陪審団長が頷いているのを見て自分は成功した、と悟った。彼がこの訴訟案件に関して新しい理解を得たことが、陪審団の審議において非常に有益であることが明らかになるだろう。





 有能で説得力のある鑑定証人たちは、経済的損害やその他の財務会計的な計算が絡む事案において不可欠な役割を担う。法廷で争う場合、旧来の会計・財務・不正の調査スキルだけでは、十分と言えない。財務会計専門の鑑定証人は、法廷の専門家として資質を備えていなければならない。そして、対する弁護士、裁判官、さらに、たいていの場合、会計士でも不正検査士でもない陪審団に対し、効果的に書面・口頭での証言を行なわなければならない。

 巧みにそして簡潔に事実を伝えることにより、勝訴を勝ち取る手助けができるのが、最良の財務会計専門の鑑定証人である。ここでは、最良の鑑定証人になるためのエッセンスを紹介する。



真の専門家になるために (BECOMING AN EXPERT)


 単に専門家としての看板を掲げ、自分は鑑定証人だと称するだけでは、本当の意味での専門家とは言えない。法律専門家多くは、成功の実績の積み重ねがない新参者とは一緒に仕事をするような賭けはしたくはない。

 クライアントとの信頼関係の構築には時間がかかる。財務会計専門家の中には、贅沢にも社内の経験豊富な鑑定証人経験者から学びながら、鑑定証人としての実績を積み重ねていく者もいる。法律専門家はそのような事務所をパートナーとして採用し、若手スタッフは宣誓供述書(deposition)もしくは法廷で最終的に証言するまで、訴訟に関して、結果的により大きな責任を付与されることになる。

 しかし、全てのCFEや会計専門家が、そんなに幸運であるわけではない。おそらく残りの専門家は、暫くの間、単独で営業を行い、専門家スキルを磨いてきているが、鑑定証人としての経験がないというパターンだろう。もしあなたがこのケースに該当するならば、法律専門家たちとの関係を構築するために、ある程度の時間を費やす心構えが必要だ。ゆくゆくは、あなたの専門家としてのスキルを認め、その可能性に賭け、見事な証言をしてくれるだろう、と望む法律専門家に出会うであろう。始めは、おそらく小規模な案件を依頼してくるだろう。もし、あなたがその関門を突破したら、将来自分を売り込む際の信用照会先として、その法律専門家を活用できるだろう。

 鑑定証人としての実務の蓄積は、自分の専門分野を定義することから始まる。私の場合、不正検査士、フォレンジック会計士(forensic accountant)または調査人(investigator)と称することができるだろう。これら全ては、私が関わる業務に適切なタイトルだが、クライアントにとっては同じタイトルでも別の捉え方をするものだ。専門家は必ずしも肩書を1つに限定する必要はないが、注意深く、いつ、どのように、どの肩書きを使用すべきかを熟慮する必要がある。

 財務会計としての専門家生命は、訴訟担当者に選定されるかどうかに懸かっているが、同時に門外漢の案件を拒否できるか、にも懸かっているであろう。多くの法律専門家は、たとえ私が彼らから一緒に仕事をしたいと熱心に誘われても、自分の専門外に手を出さなかったことに感謝をしている。自分が不得意な分野を特定できるかが、法廷ゲームでは命運を分ける。私はむしろ、絶対的に最善の仕事が行えない訴訟のリスクを取るよりも、適切な資格と専門性を持った別の人材を法律専門家に紹介したほうが良いと考える。



訴訟に適した専門家とは (THE RIGHT EXPERT FOR THE CASE)


 ある訴訟内容に関してあなたの専門性があるとした場合、次のハードルは実際に訴訟担当者として選定されるかということである。

 ある法律専門家は、CV(curriculum vitae:履歴書)、過去の証言実績、出版物のリストの提出を求めるかもしれない。財務会計専門家は、鑑定証人の証言に適用される連邦証拠規則(Federal Rules of Evidence)に精通していなければならない。(詳細は http://judiciary.house.gov/media /pdfs/printers/108th/evid2004.pdf, pages 29 and 30.)

 とりわけ連邦法が要求する以下の点に留意する必要がある。

 ・専門家は、口頭または書面で自分の主張を公開する

 ・専門家は、全ての自分の主張に対して根拠を明らかにする

 ・ 報告書は、主張を裏付けるための証拠物件や、主張を構成すると考えられる情報のリストを含む

 ・ 専門家は、出版用に執筆した記事・論説や、鑑定証人としての証言実績を含む職務適性用件をリストアップする

 法律専門家が鑑定証人を採用する時には、経理担当者(accountants)、公認会計士(CPA)、民間調査機関、財務会計の専門家、経済学者、そして不正検査士など多くの選択肢がある。また、たいていは他の法律専門家に信用照会を求めるだろう。言うまでもなく、最良の財務会計専門の鑑定証人としての資質として、高い専門的能力、分析力、コミュニーケーション・スキルが挙げられるだろう。

 専門的スキル以上に、証言に長けており、かつ陪審団からの信頼性と好感度の高い専門家を法律専門家は求めるだろう。主張に対する信用や理解を誰からも得らないようであれば優れた主張とは何か、という議論をする段階にも至らない。

 法律専門家自身が理解できるよう、会計問題事項や主張する理論に関して、即座に議論を展開できる人材を法律専門家は求めるだろう。この段階でたいてい、財務会計専門家が今後、訴訟を通して優れたコミュニケーターであるかどうかが示される。



尋問と報告作業 (EXAMINATION AND REPORTING)


 鑑定証人として、法廷で証言する瞬間が訴訟のクライマックスであろう。しかし、そこに辿り着くまでに、山ほどの細かい下積み作業がなされている。優れた専門家は、法廷のことを念頭におき分析を行い、重要な日時、書類、議論の内容を収集し、記録を取るだろう。

 有能な専門家は、不要なコメントや関連のない情報を排除したファイルを作成する。彼らは決して、好ましくない部分を削除しようと書類や、ファイルを破棄したりはしない。尋問もしくは調査の間に、綿密かつ論理的に記録を取ることにより、報告書作成がずっと楽な作業になる。そして、情報を精選したファイルにより、反対尋問(cross-examinations)が、より簡便で手間が要らずになる。

 最良な専門家の報告書は、ある特定の論理的な形式に沿って作成される。その形式は、訴訟の重要事項の時系列的な文書化を意味することもあれば、関係人物や組織ごとに事実をグループ化し、案件の要点をまとめるのが適切である場合もある。万人が理解できる形式を採用することを心がける。

 専門的な財務会計、金融、不正検査関連の専門・業界用語の使用は極力避ける。専門用語を使用せざるを得ない場合は、素人にも分る言葉で明確に定義すること。同じ概念を複数の言葉で表現する際は、各定義を述べ、それらは全て同様な意味であることを明確にする。

 私は全ての計算と手順を単純な構成に分類してから、計算方法の各段階を説明するようにしている。そうすると、数値に関する論理的な流れが見えてくる。説明では、関連資料、計算に至る根拠の考察、正確な計算方法、そして、これらの計算が最終的な数値に対して重要である理由を含める。

 損失、損害、その他財務会計事項に関して使用した全ての予測値に対して説明を加える。法律専門家、裁判官、陪審団は、それぞれの予測額が正確かつ合理的である根拠や、数字に落とし込むまでのプロセスが的確かを知る必要があるだろう。

 報告書における視覚効果は、裁判官や陪審団に財務的な調査結果を伝える際に非常に有益である。陪審員の中には、報告書の5つの段落に渡って緻密に詳述してある、原告の収益が事件後減少していく過程を理解できない人がいるかもしれない。しかし、収益減少に焦点を絞った線グラフを使用することにより、わかりやすくなるかもしれない。

 優れた財務会計専門家は、報告書を最も有益かつ関連性の高い資料に「限定」して構成するだろう。例えば、窃盗事件における伝票、重要な数値を示す会計システムの報告書、または、ある特定の数値が計算された方法を示す詳細な一覧表などが該当するであろう。私は報告書の本編に詳細な計算事項は記載しないが、自分の仕事の総覧を別途提示し、その詳細を添付している。

 前述した方法は全て複雑に聞こえるが、点を結んで全体像を作り上げる単純なプロセスの一部であり、必要なことを全て盛り込んでいる。



法廷での証言 (COURT TESTIMONY)


 完成度の高い報告書をもって、専門家が法廷で効果的な証人であるだろう、ということは保証できない。

 資質や資格、そして裏づけのある報告書は重要だが、あなたと法律専門家は今、裁判官と陪審団が信用する口頭証言の準備をしなければならない。

 主張に関連があり、全聴衆が理解可能で論理的かつ的を絞った形で、事実に関する証言の概説を作成しよう。報告書と同様、可能ならば証言内容は専門・業界用語を使用すべきではない。

 優れた証言とは自然で、淀みなく流れる水のようであり、法律専門家と財務会計専門家の間のイタチごっことは異なるものだ。陪審団たちは、対する弁護団と激しく口論する人物よりも、好感度が高く、事実に即した回答を述べる人物に対して、好意的な反応を示すことがわかっている。

 裁判官と陪審団と親密な関係を築き、彼らを自分の論理展開や主張へと引き込もう。専門家の中には、質問を投げかける弁護士にまず視線を向けてから、陪審団のほうを見て回答するのが良いという者もいる。しかし、これは演技がかっていて、不自然に見えるだろう。法廷では、私は多くの個人と対話していることになるので、弁護士、裁判官または陪審団を適切かつ自然なタイミングで見るようにしている。

 裁判官と陪審団は、適切なボディ・ランゲージができたり、法律専門家や聴衆とアイ・コンタクトをしたり、聴衆の理解度を読み取ることができたり、好ましい立ち居振る舞いができる好感度の高い証人に対して、より良い反応を示す。もし上記スキルを磨く必要性があれば、鑑定証人に係るトピックを扱う生涯教育講座を探してみると良い。また、弁護士と共同で、法廷証言に関して、ロールプレイをすることも可能だ。

 文書化された報告書の場合と同じく、複雑な計算は口頭証言を行き詰らせてしまうかもしない。よって、各段階での簡潔な説明とともに、論理的に点を結んで全体像を明確にする必要がある。報告書で使用したものと似通った、大きな図表やグラフを証拠物件として活用しよう。

 対する弁護団は、一連の質問攻撃によってしかける罠をあなたが回避しようとするのは心得ている。しかし、あなたは、それでもやはり目前の質問に集中し、誠実な回答に徹しなければならない。さもなければ、まともに相手の術中に陥ることになるだろう。例えば、法律専門家が、あなたが計算間違いをしていると認めるように誘導尋問するのでは、と懸念するかもしれない。あなたは自分の計算が正確であることを証明するのに没頭してしまい(目前の質問に挑む前に)、数値に関する方法論やその背景に係る質問に、適切に回答し損ねてしまう。手元の質問に集中せず、そして直接の質問にも最善の回答を提示できないため、結果、あなたはその信用を失ってしまう。

 対する弁護団は、特定の質問に対して単純に「イエス」「ノー」の回答を強いるかもしれない。微妙な違いの表現を要する場で、極端な回答をしてしまえば、裁判官や陪審団に誤解を与えてしまうかもしれない。自分の立場を堅持し、きめ細かい回答を述べよう。もし、相手側の法律専門家が回答の隙を与えないならば、その時は簡潔に、「イエス」「ノー」だけの回答は不可能だと伝えよう。

 また対する弁護団は、仮説に基づく質問であなたを罠にかけようとするだろう。合理的な仮説に対する応答を恐れてはいけない。しかし、紛らわしい、またはこじつけた質問に対する最善の対処方法は、「私は、憶測を好みません」と答えることである。



準備と情報伝達 (PREPARATION AND DELIVERY)


 法律専門家は経験と能力のある鑑定証人を雇わなければならない。あなたは対する弁護団、裁判官、陪審団が自分の主張やその根拠を理解しているかを明確にする必要がある。

 財務会計関連の問題は通常、一般人にとっては退屈でわかりにくい。しかし、あなたの仕事は、彼らが睡魔に襲われないようにするだけでなはなく(礼儀正しい振る舞いは、当然のこと!)、明確に事実と数値を伝える方法を模索しなければならない。観衆の心を読み取り、全関係者があなたの主張の方法論と結果を理解しているかを明確にしなければならない。

 法廷での訴訟の結果を左右するのは、あなたの準備(もしくは準備不足)に懸かっているかもしれないのだから。



トレーシー・クーネン(Tracy L. Coenen)CFE、CPAは、ミルウォーキーとシカゴにあるフォレンジック会計事務所 シークェンス社(Sequence Inc.)の代表取締役である。


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