アジアにおける不正
Fraud in Asia
汚職に立ち向かうアジアの米国本社企業
U.S.-BASED COMPANIES IN ASIA CHALLENGED IN FIGHTING CORRUPTION

ジョン・J・キム、CFE:著
John J. Kim, CFE



 アジアにおけるビジネス・チャンスは急増している。しかし、もし米国に本社を置く企業が不正に対する防御策を整備しなければ、たちまち、海外腐敗行為防止法(以下FCPA)違反に陥るような、過ちの見過しや、監督不行き届きの犠牲者となってしまうだろう。ここでは、アジアでの不正防止策や、子会社の防御方法を紹介する。


 1970年中期に実施されたSECの調査結果では、400社以上の米国企業が海外の政府官僚・政治家・政党に対して問題視されるような、もしくは違法な支払い行為を3億米ドル以上行っていると認めていた。[この結果に対応し]議会は、海外の政府関係者に対する賄賂供与に歯止めをかけ、米国のビジネス・システムの誠実性に対する国民の信頼を回復しようとFCPAを制定した。1

 アジアでのビジネスにおける共通認識とは、何事をなすにも誰かの手にお金が渡らなければならない、ということである。家族で米国に移民してから10年以上経過したのち、私は若き青年として韓国に戻り、この共通認識というものを実際に経験したのだった。その税関職員は、私のバックパックの検査中、相当な種類が雑多に混ざっていたジャズCDに特別な関心を示した。その検査官はディスクの束をパラパラとめくり、よく見ようと一枚のCDを取り出した。驚いたことに、母はとても何気なく「それをお気に入り?ではさしあげますよ。」と言ったのだ。彼は、一言も発せず、何のためらいもなくそのCDを受け取った。そして、私が大切にしていたマイルス・デイビス(Miles Davis)のレアな日本輸入版は、彼が何気なく開けた引き出しの奥へと消えていき、二度と私の目に触れることのない運命となった。この検査官は明らかに熱狂的なジャズ・ファンであった。男は、パンパンに膨れ上がった残りの5つのスーツケースは検査もせず、素早く手で合図をし、私たちを通過させた。通関エリアを抜けるすぐ、母はCDについて私に謝ったが、自分の寛容な振る舞いのおかげで多くの時間と面倒ごとを避けることできたのだと、と言った。ああ、あのCDに代わりなるものは絶対なかったのに。



中国における汚職 (CORRUPTION IN CHINA)


 何年も前に空港税関で盗られたCDひとつを理由に、その国を糾弾することなどほぼ不可能だ。しかし、深く根付いてしまっている(国全体としての)慣習は、そう簡単に消え去ることはないのである。現在、中国の深せん(Shenzhen) の少なくとも4人の上級裁判官が、受益者への好意的な判決と引き換えに、賄賂を受け取った罪を含む汚職疑惑で捜査を受けている。「司法における腐敗は、大陸(中国本土)において蔓延し続けている問題である」とサウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙(the South China Morning Post)は伝える。2

 現在、注目を浴びている事件の中には、上海の政府高官が、仲間が取りまとめた不動産取引に5億米ドルの年金資金を流用した事件で調査を受けたあと、免職処分になった、というケースがある。この事件の捜査により、過去10年で最も大規模な汚職スキャンダルのひとつを世に知らしめることになり、中国全土に衝撃が走った。汚職事件の捜査は上海に始まり、中国全土へと拡大している。この捜査の動きは、現在まだ特定されていないが、何らかの腐敗行為により、捜査の対象となっている別の高級官僚がいることを示唆している。

 このように、アジアではいまだに汚職が横行している、という一般通念を生み出す素地が存在するようである。



腐敗まみれの国家を突き止める (TRACKING CORRUPT COUNTRIES)


 毎年、トランスペアレンシー・インターナショナル(Transparency International)3 は、調査を行い、多数の要素を評価し、各国の「腐敗認識指数」(“Corruption Perception Index” 以下CPI)を決定している。2006年の調査では、以下の国々が、最もスコアが低い(最も腐敗している)10カ国と、最もスコアが高い(最も腐敗していない)10カ国にランク付けされた。スコアの範囲は、0から10である。

最も腐敗している   最も腐敗していない
ハイチ(1.8)   フィンランド(9.6)
ミャンマー(1.9)   アイスランド(9.6)
イラク(1.9)   ニュージーランド(9.6)
ギニア(1.9)   デンマーク(9.5)
スーダン(2.0)   シンガポール(9.4)
コンゴ民主共和国(2.0)   スウェーデン(9.2)
チャッド(2.0)   スイス(9.1)
バングラディッシュ(2.0)   ノルウェー(8.8)
ウズベキスタン(2.0)   オーストラリア(8.6)
赤道ギニア共和国(2.1)   オランダ(8.7)

 トップ10とワースト10を大雑把に見ると、腐敗度は国の裕福さと高い相関性があることが見えてくる。従って、CPIにおいて最も腐敗していないトップ10には、「新興成長市場」(“emerging market”)経済と言われる国は一つも見当たらない。しかし、アジア諸国の何カ国かが証明するように、「先進」経済国であるからといって、CPIでの上位ランクインが可能であるとは限らない。例えば、1960年初頭以来、韓国は多くの新興国の羨望の的となるような経済成長を享受し続けており、今日では世界で11番目の経済大国である。しかしなお、このような成長にも関わらず、韓国はまだ2006年の調査結果おいて、非常に低いCPIランク付けに留まっている。(スコア5.1、調査をした159カ国中42位)腐敗は実際、同国内では横行しており、地方のビジネス・コミュニティにおいては、腐敗はビジネスの必要悪として広範に受け入れられている現実があるため、この結果も驚くべきことではない。(ちなみに、日本と香港のスコアは各々7.3と8.3。CPIランキングでは17位と16位になる。)

 下の表は、抽出したアジア諸国のCPIランキングである。

CPIスコア ランキング
マレーシア 5.0  44
タイ 3.6  63
中国 3.3  70
インド 3.3  70
フィリピン 2.5 121
インドネシア 2.4 130

 表中のスコアは、認識されている各国のビジネスでの腐敗の数量に関する参考基準を提供しているが、現在、文書化されている不正のケースは、いっそう洞察力に富んだ内容になっている。過去1年間に、当社は、数多くのFCPAに関わる調査を世界各国で実施してきた。その中には、米国に本社を構え、アジアに複数の子会社を持つ株式公開会社2社に対する調査も含まれていた。両社のケースにおいて、一人の従業員(複数犯に及ぶ可能性もあった)による企業資金の横領だけでなく、様々なFCPAの違反行為に陥るような誤りの見落としや監督不行き届きの事実があった。

 後述するケースは特異な例であるが、関係者が口を揃えていうのは、海外(今回のケースではアジアだが)における会社や、子会社の運営の難しさである。



クライアントA:東南アジアに地域本部を置く米国企業
(U.S. FIRM WITH REGIONAL HQ IN SOUTHEAST ASIA)



 クライアントAは、米国に本拠を置いているが、アジアで際立った存在感を放ち、グローバルに企業活動を行う株式公開会社である。4 アジア地域本部担当の社内監査人が、最初にその会社の不審な取引に気づいた。この事実により、米国本社のマネジメント能力に対して、懸念が高まることになった。

 私たちは、インドネシア税務官僚に対する賄賂疑惑と、地域本部の経理部長(コントローラー)である「X氏」による企業資金の横領について調べを進めた。両ケースともX氏を中心に行われていた。彼は、何百万米ドルの資金を会社から盗み取るよう、巧妙に画策し、恐らく何人かの従業員の協力を得て、身元不詳のインドネシア税務官僚への送金を指示していた。

 この送金を促したインドネシアのジョイント・ベンチャー(以下JV)は、疑惑の税務官僚の身元を明かすこと拒んだ。このJVは、曖昧に定義されたサービスに対してインボイスを発行し、その支払いが合法的なものだとする、見え透いた見せかけ行為をしていた。

 税務官僚への支払い手段や、身元の特定はいまだに掴めてないが、相当な額が“複数の”個人の手に渡っていた。私たちが、フォレンジック分析と、電子的および紙媒体による財務記録のレビューを行った結果、JVが不正な支払いをしていたという強い裏づけをもった状況証拠が明らかになった。確認できた事項は以下のとおりである。

 ・ 会社とJVのある社員間のEメールにおいて、「問題解決手数料(“resolution fee”)」を暗示するような、税金問題に関する議論があった。

 ・ 会社とJVのある社員間のEメールにおいて、「分割支払金」の受取りを切望する、端的に「受益者」とだけ表現された、ある第三者の存在について言及されていた。

 ・ JVのレターヘッドで作成された会社への書面の中で、受領資金(税還付金と推測される)の60%に相当する小切手の発行が可能である、と述べられていた。

 ・ JVから会社に宛てた何百万米ドルのインボイスには、曖昧で、通常は目にしない表現である「税務相談サービス」が含まれていた。JVが自社の中心事業に関連のない分野で、これだけの規模の業務責任を負っていたという事実は、私たちに警告を発した。

 ・ 会社の税担当マネジャーが作成した税務分析には、還付税額の60%にも相当する使途不明な手数料への引当金が毎年含まれていた(ある年度では、60%をも超えていた)。また別の税年度では、その引当金は、JV発行のインボイスと全く同額であった。

 ・ 私たちは、JVからの請求金額への支払いを裏付ける、総勘定元帳転記と銀行取引明細書を確認した。

 これらの調査結果に基づき、レビューした8年のうち2年を除く、全年度の財務記録の分析を電子的および手作業で行った。そして、FCPAの違反に当たる可能性のある、更なる別の支払い記録を確認した。しかし、このモザイクにおける行方不明のパーツは、身元不明の税務官僚に実際に支払いが行われた、という証拠だった。私たちは、JVの会計帳簿と記録にアクセス権がなかったため、この推論を決定付けるための根拠を欠いていた。

 パズルは未完成だったが、不正行為を行っていた期間(1997年から2004年)、そのような不適切な行為を容認してきたという、会社側の多くの監督不行き届きの事実を明らかにできたことは有益であった。紛れもない最大の過ちは、地域の財務部長であるX氏に、あまりにも多大な権限を一任していたことであった。

 X氏が担当する何十ヶ国における彼の権限については、全く何のチェックもされていなかった。彼は、支払を促すために社内の会計を操作し、精密な調査から不正処理を隠ぺいするために、のちに自分のマネジメント裁量権を利用したのだった。

 殆ど全てのケースにおいて、違法な送金は、地域内の企業内債務として記帳されていた。そして、のちにマネジメント権限における手作業での調整により、内容が全く別のものに変更され、X氏がエクセル計算表で管理していた。収益の一部を未払い債務勘定へ転用することにより、変更された内容は、何年もの間積み上げてきたと推測されるX氏の秘密の不正資金に転記されていた。アジア地域のビジネスは非常に堅調だったため、X氏は自由自在に会計操作することができた。X氏が、蓄えを蓄積するために収益の超過額の一部をかすめ取っても、最終利益は予算を楽々上回っていたのだ。

 本社に送るアジア地域の財務データは、X氏により手直し済みであったので、その地域における企業間取引は、あたかも発生していないように見えた。地域内では、表面上は合法的なインボイス、社内の借方伝票(debit memo)、そして、それらに対応した会計簿の記帳が処理の裏づけとなっていた。よって、彼らは現地の監査人から何の疑いも受けなかったのである。

 クライアントAは、その汚職税務官僚が、彼自身との相互的な送金と引き換えに税還付金を受け渡す条件を提示し、その子会社を人質に取っていたと、主張できるかもしれない。そして、X氏は、少なくとも還付金の一部を確保することによって、会社の利益を最大化するために行動したのだ、とも言える。しかし、X氏が、私腹を肥やすために行った何万米ドルにも及ぶ会社資金の窃盗行為には、そのような高尚な正当化は適用されてないであろう。

 X氏は、何百万米ドルにも及ぶ不審な送金リストを目の前に突き出されたとき、資金を盗んだことを認め、すぐに問題となっていた額を返還した。そして、調査により更に不審と思われる何百万米ドルの金額が明らかになったとき、X氏は、再び横領を認め、それらを返還するために小切手をきった。当時、盛んに論じられていた問題点は、もしX氏が、自分を取り囲む資金を手にすることが可能だったのならば、もっと多くを盗むことも可能だったのではないか?ということだった。

 私たちは、まず、よく世に知られた不正がどのように実行されたのかを調べることによって、その疑問の解答を得る方法に行き着いた。その分析を簡素化するために(実際、その分析を実現可能にするために)地域ごとにある会計システムの全ての総勘定元帳のデータをダウンロードし、ニューヨークにある当社の技術チームに転送した。そして、そのデータ内容を検索可能なデータベースに変換した。私たちは、総勘定元帳データの自動検索をし、自白された横領と似た特徴をもつ銀行取引明細書を手作業でチェックした。私たちは、サンプルをいくつか抽出し、不審な支払い案件ごとに、入手可能な全裏づけ資料の書面での提出を要求した。

 500以上の抽出サンプルの中にあった支払済み小切手のコピーを含め、裏づけ資料を作成するのに数ヶ月を要し、その量はダンボール30箱にも及んだ。内容が確認された多数のサンプルから、判明していなかったX氏の横領の余罪が明らかになり、その額は何百万米ドルにも及んだ。私たちが、余罪追及のために考案した調査手段は、その捜査結果からして、そして、X氏の一貫した(不正処理を含め)送金の記帳のおかげで、手堅いものだったと言えるだろう。しかし、何千何百もの取引の一つ一つを手作業で検査するには限界があり、完全に内容を特定するのが不可能な余罪もあったかもしれない、いや恐らくあっただろう。

 今にして思えば、X氏は米国本社になんの不信感を抱かせることもなく、人目に付かないようにどうにか首尾よくこなしていたものだ。殆どの横領行為において、資金は直接X氏の私的な銀行口座に電子送金されており、小切手の多くで、彼が受取人に指定されていた。

 以前に類似の不正を調査したことがある者なら誰でも、X氏は、無能な犯罪行為を犯し、どうぞ捕まえくださいと言わんばかりに思えてしまうだろう。しかし、X氏は窃盗行為を実行するにあたって、単に誰にも監視されてなかったおかげで、これといった精巧な手口をひねり出す必要がなかったのである。

 X氏は、アジア地域の連結財務諸表の管理と、最終承認の権限が自分に一任されていることで、アジアと米国本社との間の管理体制に大きな隔たりがあることを認識していた。このような状況が、外見上は合法的な支払いを多数記帳し、のちに、それらを簡単に抹消できるという権限を、X氏に付与してしまったのである。

 そして、誰もアジア地域の会計帳簿を詳細に精査していなかったため(つまり、それはX氏の仕事だったので)、彼の不正な会計記帳や、マネジメント権限による記帳内容の改ざんや、アジア地域の社内取引勘定が、調整困難、もしくは調整不可能なほど不均衡になっていることは、問題にならなかったのである。X氏が本社に連結決算のデータを提出する前に、その内容を手直ししていた限り、本社にも、彼に対して疑問を投げかける者はいなかったのである。



クライアントB:過半数に所有されていた韓国オペレーション
(CLIENT B: MAJORITY-OWNED OPERATIONS IN SOUTH KOREA)



 クライアントBは、米国に本社を置きグローバルな存在が際立つサービス・プロバイダーであり、その海外利益の半分以上は、韓国における事業が占めている。米国本社に提出する月次マネジメント財務報告をいつものようにレビューしている際、マネジメントは、ある特定の経費項目の計上値が、異常に高いことに気づいた。

 米国本社のマネジメントが説明を求めたが、当初の返答は曖昧であり、明確な回答が得られなかった。しかし、韓国子会社のマネジャーはその後すぐに、その経費急増の原因の詳細をすべて明らかにした。米国マネジメント・チームが衝撃を受けたことには、そのメールには非常に簡潔に、その経費は膨大な納税債務を「なきものに」するために、ある税務官僚に支払われたものであり、会社の利益保護の観点からその必要があった、と説明していた。選択肢は、課税評価額を全額支払うか、このような状況において「慣習となっている」ように、担当税務官が見てみぬふりをするように、評価額の1%をその税務官に支払うかであった。同様に驚くべきことは、このケースにおいて、マネジャーが贈賄を奨励し、韓国の企業の多くは、実際このようにして税金問題を解決していると発言したことである。

 私たちは、事実確認をし、まだ表面化していない違法な支払い行為を検知するために、独立した調査業務に着手した。まずソウルと米国本社のマネジメント、および社員に面接を行った。そして、会社の会計帳簿と記録をレビューし、電子的な証拠品を収集した。

 主要な3人の関係者(社長・副社長・財務部長)に対して、私たちは、贈賄に結びついた状況の再現を試み、何度も面接を行った。その経費の本当の役割を説明した決定的なEメールに始まり、複数の面接を経て、主要な人物たちは、心の底では正しいことをしたと思っており、私たちの調査を我慢しなければならない厄介ごとと考えていることが分った。

 財務部長が、調査が始まった段階から、支払いの全業務を指示していた全責任を負う、と主張したのは異例のことだった。業務を遂行したのは彼一人だが、他の二人の主要人物である、彼の上司の同意と知識の手助けを得た行為だったと彼は述べた。この二人は、その韓国子会社の少数株主持分を所有していた。パズルの主要な部分は既に出来上がっていたので、残されているのは、いつ、どのように、不正が行われたのかを明らかにすることだった。のちに明らかになるのだが、現実は「言うは易し、行うは難し」であった。

 今回の事件は、一見すると、多額の脱税を目的に税務官僚に贈賄をした、という単純なものに思えたが、のちに状況や関係者が複雑に絡んでいくことになった。順序立てて調べるごとに細部が変容していく一方 、更に多くの人物と面接するにつれて、重大な内容を含むと思われる予想外のできごとが展開した。

 ・ 賄賂は、税務署の複数の人物の手に渡った。最初に摘発された税務官僚、中堅職員、彼らの上司たち、そして部下たちである。しかし、物理的な現金の受け渡しに関わっていたのは、二人の中堅税務職員だけだった。

 ・ 賄賂で支払われた現金は、故意に会計記録を複雑化させるため、複数の口座から10日間にわたって引き出されていた。

 ・ 引き出された現金は、財務部長への前払金として記帳してあり、帳簿上に記載された未収金は、個人所得税を補てんするために増額された、実体のないボーナスと後に相殺された。

 ・ (証明されてはいないが)国際的な会計事務所の現地事務所が、関与している疑いがあった。

  税務官僚の一人と、現地会計事務所のパートナーが、大学時代の親友だった。
  会計事務所が業務提携している会社が、その贈賄計画を勧めていた。
  会計事務所のスタッフの一人は、この支払いの仲介者(または、運び屋“bagman”)とされていた。

 ・ 税債務額のおよそ半分は、過去の報酬の取り扱いと関わりのある、現地少数株主たちが負担することになっていただろう。

 発覚した事実の中で、最後の2点は特に問題がある。もし、国際的な大手会計事務所が本当に海外の税務官僚への贈賄に関与していたのであれば、深刻な結果を伴う大スキャンダルに発展していただろう。税理士たちは当初、面接の協力要請を拒んでいた。彼らは最終的に折れたが、その面接は、私たちの執ような要請をなだめるための形式的なものに過ぎなかった。

 税理士全員が、贈賄への関与を完全否定し、わずか6ヶ月ほど前に実施したばかりの税務監査そのものの記憶も殆どなかった。その会社の財務部長は、疑惑を否定し、情報元(決定的なEメールで説明を記述した人物)による詳細情報は、誤報であると述べた。

 しかし、その二人の主要な人物(社長・副社長)の税務責任は、さらに曖昧である。彼らは、確かに、双方で何百万米ドルの税金支払いを回避するための強い動機付けがあった。公務員への贈賄の違法行為のコミッション(手数料)に加え、その主要人物たちは、国庫金からかなりの税金歳入を、効果的に奪い取っていた。

 このケースにおける政府の厳格な懲罰措置は、犯罪者予備軍へ影響を与え、この国がもっと透明性のあるビジネス環境に向かって進んでいくために、さらに必要とされる後押しとなるだろう。



得られた教訓 (LESSONS LEARNED)


 親会社と海外子会社を隔てる、物理的および精神的(文化・伝統の違い)距離を考慮すると、世界的な事業活動を効果的に監督することに、困難が伴うのは当然のこととして理解できる。実際、地域によっては、現地の体質を変えようとすることは不可能かもしれない。

 極端な例をあげると、政府機関にてまん延し、要求される賄賂により、米国企業が実質的に事業を展開していない特定のアフリカ諸国も存在する。ここまで腐敗が横行していなくとも、少なからず腐敗が存在する国々において(例:韓国や他のアジア諸国)、地球の反対側で事業を展開する子会社における不審な行動を防止し、検知するためには、思慮深く入念に海外事業を管理することが有益である。

 クライアントAのケースにおいては、現地会計(regional account)における、監督不行き届きという点で、紛れもない落ち度があった。マネジメントが、過大な信頼と権限を一人の社員である現地の財務部長に委ねすぎていた。X氏の上司は、X氏を信頼していたため、多数の白地小切手に署名をしていた。それにより、上司はX氏に会計管理の権限を事実上委譲してしまっており、最も基礎となる管理手続きである連名署名を無意味なものにしていたのだ。

 X氏は(犯罪の)好機を見出した直後から、何年もの間、立場を悪用し、誰にも非難されることなく私腹を肥やしてきた。証明されていないが、彼はまた、その金をしばしば手下の共謀者に現金ボーナスとして与え、買収していた疑いがある。少額単位(5千米ドルから1万米ドル)での現金引き出しが頻繁に行われ、X氏宛ての支払小切手や、彼の口座への送金は1回につき通常10万米ドルを超えていた。このような状況では、X氏に委譲されていた権限や他の共謀者の存在が妨害となり、例え不正防止のための方策を取っていたとしても、殆ど効果がなかったであろう。もし、会社がいくつかの非常に初歩的な管理手続きを遵守していたら、そう簡単に会社は、横領体質に陥らなかったであろう。

 インドネシアのJVの財務記録が調査に利用できなかったため、インドネシアでの疑惑の賄賂供与は曖昧のベールに覆い隠されたままである。全てが作り話であり、税還付を承認にするためのキックバックを要求した事務官僚など存在しなかったという疑いもある。これも証明されてないが、JVがX氏を騙し、現地の税金問題を解決すると見せかけて、その会社からお金を強奪した疑いもある。

 疑惑の賄賂供与問題に直面させられると、そのJVは社員の一人に責任を負わせ、署名入りの供述書を作成し、利子を含め何十百万米ドルをその会社に返還した。驚くことではないが、JVは調査で疑わしいと判明した金額とぴったりの金額を支払ってきたのだった。

 JVは、現金を利息付の銀行口座に保管していたので、税務官僚の手には全く渡っていなかったと主張した。しかし、この主張を裏付ける、銀行支払明細書が作成された形跡は全くなかった。もし、これが真実ならば、明らかに詐欺的で、故意的なJVとその社員の行動により、彼らの不正行為がなかなか表面化しなかったのであろう。しかし、JVの会計帳簿に対して定期的な監査が実施されるような合意があれば、そのようなあからさまな不正行為に、歯止めがかかっていたかもしれない。

 一方、クライアントBのケースにおいては、親会社の韓国の子会社への監視の目は(A社と)比較すると、しっかりしていたようだ。最終的に、異常が判明したのは、経費報告書の日常的なレビューであった。そして、これにより調査の必要性が発生したのだ。このケースでの落ち度とは、米国に本社を置く公開会社が満たさなければならない厳格な規制基準に対する理解が、現地の社員間で不足していたことである。

 贈賄事件の主要な役者たちは、事件に対する本社からの反応の大きさに驚がくしていた。 彼らはFCPAには全く精通しておらず、それを遵守しなかった場合に起こる結果に関しても知識不足であった。改善策の一環として、現地のスタッフへの社内啓発プログラムや、定期的な社内監査の実施することにより、現場でのマネジメントの見落としを低減することが可能になるであろう。事件以前、本社の社内監査人は、単純にアジアへの出張は気が進まないという理由だけで、めったに現場を訪れたことがなかったのだ。

 日常的な報告業務で、ある程度は十分であるが、将来の不正と戦うための唯一の手段として、それだけに頼りきってはいけない。頻繁な現地での監査や、本社からの駐在員の存在があるだけでも、ガバナンスの層を更に厚くすることが可能であろう。さらに、最も包括的な不正防止対策が失敗に終わったとしても、FCPAコンプライアンスのような最新の話題に関する研修や、思慮深い方針を設けることで、刑罰の重さを和らげることにかなりの効果をもたらすだろう。


 この記事における見解は筆者自身によるものであり、必ずしもFTIコンサルティング社(FTI Consulting Inc.)の総意でないことをお断りしたい。



ジョン・J・キム(John J. Kim)CFEは、FTIフォレンジック・訴訟コンサルティングにおけるディレクターであり、(FTI Forensic and Litigation Consulting practice)ニューヨーク市を拠点としている。係数分析と大規模データ解析手法を駆使し、経済係争・ビジネスにおける訴訟・企業調査を専門としている。



1 「レイ・パーソンのFCPA法への手引き(2001年6月)、米国司法省」
“Lay-Person’s Guide to the FCPA Statute (June 2001) , U.S. Department of Justice.” www.usdoj.gov/criminal/fraud/fcpa/dojdocb.htm
2 「大規模な腐敗事件での判決 深センの『最大の司法汚職事件』において、更に多数の人物が調査を受けている」チョウ・チュンヤン、深セン、サウスチャイナモーニングポスト 2006年10月19日“Judges held in massive corruption inquiry. Many more facing investigation in Shenzhen’s ‘biggest judicial graft case.’” Chow Chung-yan in Shenzhen. Oct. 19, 2006. South China Morning Post
3 トランスペアレンシー・インターナショナル(Transparency International)は腐敗と戦う国際的なNGOである。(www.transparency.org/about_us)
4 機密性確保のため、該当企業や人物に対しては一般的な言及に留めておく。


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