詐取される医師たちへの処方薬
Rx FOR DEFRAUDED DOCTORS
医療現場における職員の窃盗
Employee Theft in Medical Practices

ジョン・L. ・ヒューズ、CFE:著
John L. Hughes, CFE



 医療は特に横領などの内部の不正行為が発生しやすい分野であり、その要因としてほとんどの医師が財務会計、事業経営についての教育を全く受けていないことが挙げられる。この記事では、不正実行者たちが小規模事業者の経営の甘さにつけ込んだ3つのケースと4つの犯罪手口、またそのような犯罪の防止を可能にする実践的な手法を紹介していく。


 週末の休養は気分を一新するために不可欠なものであった。医師である彼は、月曜日に職場であるクリニックに戻って、その日の難題に取り組むための心構えはできていると思っていた。だが、クリニックに着くと、郡保安官代理を伴った電力会社の販売代理人と面会することになった。彼らは医師に、現在クリニックへの電力供給サービスは停止しており、医師とスタッフ全員は家賃不払いで強制退去させられることになっていると告げた。医師は何年もクリニックでオフィスマネージャーをしている「ジョシー(Josie)」が支払いの手続きをしており、すべての口座に滞納はないと明言していたので、それは何かの間違いだと反論した。だが実際には、信頼していたオフィスマネージャーが過去7年間に190万米ドル以上のお金をそのクリニックから横領していたのだった。

 医療現場は、信頼する職員による不正行為の主要な標的になっている。基本的な簿記や会計手続きの知識不足に加え、保険会社とのやり取り、損金処理、医療費控除、そして医療サービス機関への保険の雇用者負担支払いの処理の複雑さにより、しばしば開業医たちは事業の会計や経理処理に積極的に関わる気を削がれてしまうのだ。これに患者に対するケアや付随するペーパーワークが加わることを考えると、医師たちがクリニックの適切な管理業務に関して、職員の力に依存してしまうのも不思議ではない。援助や快適さを提供したいという保険会社の基本的な姿勢に加えて、他者に対する依存により、不正が起こりやすい環境が作りだされてしまう。(冒頭の甚だしいケースについての分析は後述。)

 職員が首尾よく事業資産を盗めるか否かは、不正に走りやすい職員の性質、不正を実行可能とする機会、犯罪テクニック、そして窃盗可能な豊富な資金の存在によってのみ決定づけられる。その職員に対する信頼や評価が高ければ高いほど、彼らの不正が検知されにくくなるのと同様、彼らの私利私欲に利用される額は比例して増加していくのである。



疑惑を持ったマネージャーがついに動く (A SUSPICIOUS MANAGER FINALLY ACTS)


 私が専門家として関わったこれから述べるケースでは、資金管理担当者の多くがどのようにして横領のサインを見逃してしまっているのかを示している。ある開業クリニックのオフィスマネージャー(冒頭のケースとは別人物)から「キャロル(Carol)」というある職員に対する懸念について、私に連絡があった。それは小口現金ボックスからわずかな現金が紛失していることに関してだった。

 しばらくの期間、オフィスマネジャーは何かがおかしいという感覚を抱いていた。つまり、キャロルの「望ましくない生活習慣の問題」がクリニックに何らかの悪影響を与えるだろうと考えていたのだ。彼女が最も懸念していたのは、キャロルの新しいロマンスの相手だった。彼は態度が荒っぽく、決して名誉あるとは言えないできごとで軍隊から最近除隊されてきたばかりだった。キャロルは自分のアパートでその恋人と同居していたが、それは賃貸契約に反していた。このようなケースにはよくありがちだが、キャロルの気持ちを害したくなかったため、オフィスマネジャーは自分の疑念を行動には移さなかった。

 私はそのクリニックの財務会計記録をレビューしたあと、オフィスマネージャーの懸念は当たっていたと気づいた。そして、小口現金からの窃盗はクリニック全体の損害のほんの一部分にすぎないこともわかった。オフィスマネジャーが疑っていたとおり、これらの不正行為はキャロルの生活習慣に変化があったと感じた頃から始まっていたのだった。

 キャロルはクリニックのオーナーたちやオフィスマネジャーから信頼と信任を得ていた。彼女は雇用される前に適切な採用審査もパスしていた。前職の雇用者を始めとした照会状には彼女に対する賞賛や肯定的な推薦の文言しかみつからなかった。信頼を得た職員として、彼女は監督なしでの夜間就業を許可されており、また最低限の監督下のもと週末勤務することも許されていた。キャロルの担当業務は、保険会社への保険申請に加え、患者や保険の支払いを転記することであった。彼女は日々の口座預け金を準備し、それを銀行へ持参していた。これらの条件が不正を犯すのに最適な環境を提供し、彼女はその機会を最大限に利用したのだ。

 キャロルはまず預金口座を流用することから始めた。つまり以前自分がある預金口座から引き出した資金を補うために別の口座から現金を拝借したのだ。これは預金口座の銀行側の記録に遅れとなって現れてきた。つまり、それらはクリニック側で預金がなされた日付と一致していなかった。しかし彼女はそのまま誰にも気づかれず切り抜けられるとわかったとき、さらに進んだ不正に手を染めていったのである。

 その手口は単純かつ効率的であった。キャロルは適切に預金伝票上のすべての現金と小切手をリスト化し、そこにはクリニックにある預金通帳に残されたカーボンコピーが含まれていた。彼女は入金伝票の銀行側のコピーのみを変更し、預金口座の現金の額を減少させて、総預金額の減少に対応させた。彼女は伝票の現金額を修正液で消して、小切手の合計額に合わせるためだけに、合計額に変更を加えた。その改ざん行為は、ちょっとしたチェックで明らかになることだったが、銀行がそれに関して問い合わせしてくることは一度もなかった。誰も預金口座に現金がないことや手を加えた入金伝票について対処することはなかった。

 キャロルは大胆になるにつれ、預金伝票の銀行側のコピー上にある現金額をまったく記入をしなくなり、小切手だけを記録するようになった。しかし、彼女は預金伝票のクリニック側のコピー用カーボン紙を使って、正しい現金と預金額を記録していた。彼女は、その後、現金受領額を横領していた。

 数ヶ月に渡る現金損害額の合計は12,000米ドル以下だったが、その処理に関わる時間とエネルギーはクリニックに大きな損害をもたらすこととなった。開業当初は、この手の不正を防止し、検知するための統合的な防止手段があったが、医師たちは全面的にキャロルを信頼していたため、その防止措置を強化しなかった。また、クリニックは経理を自動処理システムに変更していたが、オフィスマネージャーにそのシステムを使いこなすためのトレーニングを施してなかった。よって、彼女は銀行残高調整機能を外注し、4半期ごとの残高調整のみを受けざるを得なかった。

 目の前に証拠をつきつけられると、キャロルは自白し、横領の重罪を認めた。彼女は執行猶予付き禁固刑を言い渡され、損害額の返還を命じられた。幸運にも、損害の大部分はクリニックの加入していた保険によって補填された。



教育費の不足 (LACK OF EDUCATION COSTS)


 もう一つのケースでは、会計や事業経営の知識不足がいかにクリニック運営の成功にマイナスの影響を与えるか、について例示している。信頼の厚いマネージャー「ネート(Nate)」はそのクリニックで長年勤務しており、医師の1人が彼に子供の名付け親になって欲しいと頼むほど、非常に尊敬されている人物だった。

 医師たちは自分たちの直感を追及することには消極的だった。彼らは何度も危険信号のサインを見て取っていたが、ネートが自分たちの事業から騙し取っているなどとは想像もできなかった。もしオーナーたちが多少でも会計の基本を学んでおり、抱いた疑念を追及していたならば、ネートが銀行口座から現金を盗み取っていたことに気づいていただろう。ネートは、銀行は通常現金取り扱いのために手数料を課すが、代わりにネートが現金を口座から出金し、彼個人の小切手と差し替えることを許可してくれれば、銀行からの課金を回避することが可能だと、オーナーたちに納得させていた。 彼はそれから自分の個人小切手で相殺した金額より多額の現金を引き出していた。損害は37,000米ドルと予想された。

 またネートは、クリニックでの立替経費の精算として、自分あてに小切手を振り出すことによって、銀行口座を完全に自分の管理下に置いていた。彼は裏づけ資料を全く提出せず、医師たちもまったく要求しなかった。それから彼は、自分あてに小切手を振り出すいっぽうで、小切手帳や会計システムには支払先として仕入先やサービス提供会社の名前を記していた。この損害は87,000米ドルと予想された。

 クリニックの共同経営者たちは他の警告信号も検知していたが、それらを無視していた。その前年、クリニックはネートが新しいBMW745i を私的利用のためにクリニック名義でリース契約をしていたことを知った。この件を問われたとき、ネートは毎月自分の給与から差し引いてリース代を返済していると答えた。クリニックはネートの説明を受け入れ、それ以上の行動には及ばなかった。数ヶ月後、共同経営者たちはネートが欧州への旅行費用支払いにクリニック名義のクレジットカードを使用していた証拠をみつけた。ネートは、いつでも回答できるように心得ており、クレジットカードを私用に利用したことを認めたが、その費用をクリニックに返済すると答えた。共同経営者たちは彼の主張に対して検証もせず、意外なことにネートへの信頼を維持し続けた。ネートはオフィスマネージャーとして勤務し続け、そのクリニックを騙し続けていた。

 最も明らかな手口の一つは、ネートがクリニック名義で2つのクレジットカード口座を開設していたことであった。彼はこの2つの口座を利用して、2回の休暇を含む私的費用を支払っていた。そのうち1回は海外旅行であった。この損害は90,000米ドルと予想された。

 ある共同経営者は2つのクレジットカード口座の両方がクリニック名義であることに気づいた。その共同経営者がネートに2つの口座の必要性について問いただしたとき、彼はクリニックの全体的な信用格付けを向上させるために2つ目の口座を開設したと説明した。クリニックが別の共同経営者を迎え入れたい際に有利に働くだろう、という趣旨であった。彼はネートに口座を1つ閉じるように言い、口座についてそれ以上は考えなかった。

 その2年後、ネートが休暇中、その共同経営者は送られてきた郵便物の中に2つのクレジットカードの明細書を見つけた。ネートが出社後、彼はなぜそのクレジットカードの口座をがまだ存在するのかを問いただした。ネートはただ口座を閉設する機会がなかったのだと述べた。その時から、クリニックのスタッフは全ての郵便物を未開封のまま共同経営者に渡すように指示された。それから2ヶ月も経たないうちに、支払期限を経過した口座の情報が次々と郵送で届きはじめ、共同経営者たちはやっと現実に向き合うことになったのである。彼らは自分たちが不正の被害者だと認識してようやく、不正の懸念を初めてもったときに取るべきだった行動をとったのである。彼らはすぐに:

 ・業務の監査を先延ばしにしていたオフィスマネージャー(ネート)を停職にし、

 ・事業用の銀行口座と会計ソフトの暗証番号とパスワードを変更し、

 ・クリニックの施設の鍵を付け替え、

 ・ 銀行、クレジット会社、ベンダーに対して、ネートは今後クリニックの代表者として行動することは認められていないと通知した。

 確固たる証拠を突きつけられ、ネートは窃盗を認め、横領の罪を認めた。そして、彼は2年の服役を言い渡され、損害額の返還を命じられた。クリニックはその損害額をカバーできる保険や保証人を有しておらず、その額はおよそ254,000米ドルにのぼった。



多大な被害を招いた不正行為 (A BLOCKBUSTER FRAUD)


 上述した犯罪もかなりのものであるが、これらも冒頭で言及したジョシー(Josie)のケースと比較すると見劣りするであろう。ワシントン州のオリンピアの歯科クリニックで働いていたこのパートの帳簿係は、7年間で190万米ドル以上を横領したのだ

 彼女の手口は基本的なものだったが、内部の監視がほとんどなかったことにより、非常に有効だった。ジョシーは個人的な経費とキャッシングの目的で、数多くのクレジットカード口座を自身と家族名義で開設した。口座の支払い期限がくると、彼女はクリニックの当座預金口座から振り出された小切手で支払いを行った。彼女はその小切手を既存の取引先への支払いとして経理システムに入力したり、クレジットカード会社へ手書きの小切手を振り出すことにより横領を隠ぺいしていた。

 クリニックはその警告サインを無視していた。しかし、これは内部不正のケースにおいて珍しいことではない。他の職員たちは共同経営者たちにジョシーの行動の変化について報告していた。しかし、共同経営者たちは何の行動も起こさなかった。ジョシーは週に3日しか就業しておらず:

 ・ 羽振りが良く、しばしば他の職員に対してグルメ向けコーヒーや菓子パンをご馳走していた。

 ・ 長期間のぜいたくな休暇を頻繁に取っていた。例えば、レンタルリムジン、5つ星ホテル、イルカとの遊泳などを年間に何度も利用していた。そして

 ・ 高額なジュエリーやデザイナーブランドの洋服を身に着けていた。

 クレジットカード会社が共同経営者たちに直接、未払い分についての問い合わせをすると、彼らはオンラインで融資限度枠を調査した。彼らはジョシーがクリニックの当座預金口座から振り出された小切手分を補填するために、クレジットカードの融資枠分から現金を転送している事実を発見した。共同経営者たちはクリニックの支払い済み小切手のコピーを入手し、クリニック名義で契約しているはずのない複数のクレジットカード会社向けに振り出された小切手を見つけた。

 共同経営者たちは現地の法執行当局に連絡を取り、事件として調査が始まった。ジョシーの住居に対する家宅捜査の間、警察はクリニックの顧問CPA(公認会計士)が作成したある報告書を発見した。それにはある経費勘定科目において異常で説明不可能な金額の増加があったと報告されていた。しかし、そのCPAはジョシーに報告するというミスを犯してしまい、彼女は共同経営者たちに報告をしていなかったのだ。

 その検察官はCFEのケン・ウィルソン(Ken Wilson)に協力を求めた。ウィルソンの調査により、経理係が服飾に223,000米ドル、休暇に348,000米ドル、そして前払い金として83,000米ドルを消費していることが明らかになった。彼女はスターバックスで、なんと32,000米ドル以上のお金を使っていた。ジョシーは、10年の刑期を言い渡された。



職員の不正に見られる共通の特徴 (FRAUD COMMON DENOMINATORS)


 これら3つのどのケースにおいても職員の不正には多くの共通の特徴が見られる。つまり不正実行者は、オーナーの全面的な信頼と信任を得ており、オーナーたちは財務会計の不規則性に対して迅速に対応しておらず、不正実行者の行為に関して限定された程度の監視、もしくは全く監視をしていなかった、という点である。その他の欠陥として挙げられるのは、監督者がトレーニングを受けていない会計システムを使用したり、現金管理手続きに対する内部管理がお粗末であったり、オーナーからの指示なしに財務的決断が可能な権限を一人の職員に付与しまっていた点である。

 もし、医師たちが患者たちに常々与えるアドバイスを自ら実行していたら、大半の不正は、もっと早期に発見され、クリニックに対する被害ももっと少なくて済んであろう。それは「定期的に検査を受け、病気の兆候に気付いた初期段階で専門家の意見を求めなさい」、つまり、公認不正検査士に協力を求めなさい、ということである。



ジョン・L・ヒューズ(John L. Hughes)CFEはバージニア州の監査サービス部門に勤務するフォレンジック・アカウンタントである。(Audit Services of Virginia)。


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