シェロン・ワトキンスへのインタビュー
Interview with Sherron Watkins
警告は続く
CONSTANT WARNING

ディック・カローザ 著
By Dick Carozza



 エンロン事件における主役たちは服役刑を受けたが、企業不正に終わりはない。エンロン の「監視役(sentinel)」、シェロン・ワトキンス(Sherron Watkins)が、エンロン破滅について詳細を語り、再び同じような事件が起こりうると、警鐘を鳴らしている。

 2001年12月3日は暗黒の月曜日であった。その日、エンロンが破産を申し立てたのであ る。CEOであるケン・レイ(Ken Lay)は全ての従業員にボイスメールを残し、とにかくオフィスへ集合するように指示を出した。その後、集まった5,000人近い従業員を前に、彼は、前回渡した給与小切手が最後のものになると発表した。クリスマスの3週間前のこ とであった。

 同年8月、当時エンロンのVice Presidentであったシェロン・ワトキンスは、匿名のメモをレイに送った。そこには「我々が会計スキャンダルの渦中で破綻することをとても恐れています」と書かれてあった。

 それはまさしく現実のものとなった。会社が消滅した後、連邦議会は捜査の過程でワトキンスがレイと上級幹部に宛てたメモを発見した。(メモを送った後、彼女はレイと会った が、何の収穫もなかった。)ワトキンスは程なく「内部告発者(internal whistle-blower)」として賞賛を浴び、彼女は議会と上院聴聞会で自分の元上司を追求するために証言し、タイム紙からワールドコムのシンシア・クーパー(Cynthia Cooper)、FBIのコリーン・ロウリー(Coleen Rowley)と共に、”Person of the Year”に選ばれた。

 暗黒の月曜日から5年、シェロン・ワトキンスがFraud Magazineにおいて、何が間違っていたのか、なぜ同じような事件が再発する可能性があるのか、道徳観の根本を揺るがすもの、そして、倫理観の高い経営陣の不足について語る。

 エンロンの破滅にはとても複雑な要因が絡んでいますが、どのような原因があったのでしょうか。経営陣が血迷ってしまったのか、あるいは、最初から時限爆弾が埋まっていたのでしょうか。

 多くの専門家は、エンロンで「何が起こったか」について、二つの言葉で表現しようとしています。強欲(greed)とごう慢(arrogance)です。これは的を射た表現ですし、私も同感ですが、エンロンの破滅から何かを学ぶという意味では、これだけでは役に立ちません。いかにして、この強欲性とごう慢がエンロンで猛威を振るったのか。いかにして、企業文化が内部の腐敗だけではなく、外部の監査人、弁護士、コンサルタント、貸し手(lenders)によるいかがわしい行為まで引き起こしてしまったのでしょうか。

 エンロンはかつて、総収入ベースで、全米第7位の規模を誇った企業でしたが、四半期赤字を一度も計上しないまま破綻してしまいました。600億ドルを超える株主の投資価値はゼロになり、2万人の債権者に対して670億ドルの負債を負うことになりました。債権者は、平均、1ドルあたり14セントから25セントをすでに受け取ったか、これから受け取ることになります。5千人近い従業員が、退職手当や医療保険なしで職を失いました。エンロンに投資して、年金貯蓄を行っていた非常に多くの従業員は、仕事と同時にその貯蓄も失いました。

 何が起きたのでしょうか。それは、道徳的価値観の完全な崩壊でした。しかし、恐ろしいことに、その崩壊は(経営者の)明確な意図によるものではなく、組織全体が少しずつに間違った方向へ向かうという形で進行したのです。

 明らかに、初めからエンロンに時限爆弾が仕掛けられていたわけではありませんでした。実際、この会社は1985年、数十年の歴史をもつ米系ガスパイプライン業者2社の合併によって産声を上げました。初期のエンロンにおける企業理念の一つは「北米において、主要な天然ガスパイプライン業者になること」であり、それは称賛すべき目標で、ごう慢なものではありませんでした。しかし、90年代半ばまでに、エンロンは企業理念を変更しました。先ずは「世界一の天然ガス業者になること」でしたが、1995年には「世界一のエネルギー業者になること」になりました。使われた用語や目標に注目して下さい。1995年の企業理念には、ごう慢さが現れています。エンロンは大きな会社でしたが、所詮、天然ガス業者にすぎず、エネルギー業界でエクソンやシェルと肩を並べるものではありませんでした。(2001年におけるエンロンの企業理念は、「世界のリーディング・カンパニーになる」であった。)

 1995年までに、会社は大きな成功を遂げていました。退屈で規制まみれのパイプラインビジネスから、最先端のエネルギー・トレーディングビジネスへと転換し、全米のガス・電気取引の25%を扱うまでになりました。天然ガスの規制は緩和され、エンロンは新しく登場したエネルギー・トレーディング業界において、トップに躍り出ました。エンロンの社員たちは天狗になっていました。会社はエネルギー・トレーディング業界の最高位に君臨し、競合企業はこぞって(エンロン本社のある)ヒューストンへ移転するか、少なくとも自社のトレーティング部門をヒューストンに移しました。エンロンは、ヒューストンをエネルギー・トレーディングのウォール街にしたのです。

 米国におけるエネルギー業界を発展させ、確かなものへとしていくエンロンの能力は、多方面から賞賛を浴びました。ハーバード大学はケーススタディの題材とし、ビジネスウィーク、フォーブス、フォーチュンの各誌は、定期的にエンロンに好意的な記事を掲載しました。実際、フォーチュン誌は、エンロンを1996年から6年連続で、北アメリカで最も革新的な企業であるとしました。不幸なことに、革新における闇の部分が不正であったのです。

 エンロンのリーダーたちは、間違った経営姿勢(a wrong tone)を示してしまいました。それは、(エンロンの外部監査人であった)アーサー・アンダーセンのリーダーも同様でした。結局、両社とも収益増強を何よりも優先し、収益を上げる手段は問わなくなったのです。法は破られ、それにより人々の生活は台無しにされたのです。

 あなたは、ケン・レイが、業務関連の出張に際して、他社と比べて割高であるにもかかわらず、自分の姉妹の旅行会社を使うよう従業員に強制していたと述べました。適切な「経営者の姿勢」の重要性について、あなたの考えを聞かせて下さい。

 (この事件を通じて)痛感したことは、リーダーシップを発揮するのは非常に難しいということです。リーダーは常に周りから見られていて、CEOの価値観が少しでもおかしくなると、現場レベルに深刻な悪影響を及ぼします。

 ケン・レイ(CEO)は、慈善事業に積極的なことで有名でしたし、エンロンの4つのコアバリューである尊敬、誠実、コミュニケーション、卓越の大切さを常に口にしていました。しかし、彼には行動が伴っていませんでした。

 彼は我々に対し、いつも彼の姉妹の旅行会社を使わせました。問題は、その業者の費用が安いわけでも、サービスが優れているわけでもなかったことです。国内出張はまだましでしたが、海外出張となると、この旅行会社はひどいものでした。私は途上国で足止めをくったことがあります。そこでは言葉も分からず、ホテルの部屋もなく、書類上問題のない航空券も実際には不備がありました。これはとても理解し難いことでした。他の業者を使おうとしましたが、経費申請を何度か行った後、他の業者を使うことは許可しないという内容の留守電や電子メールを受け取り、エンロン推奨の業者、「パーク旅行会社(Travel Agency in the Park)」を通すよう念を押されました。我々は皆、「暗黒の旅行会社(Travel Agency in the Dark)」と呼んでいました。

 ケン・レイは間違った経営姿勢を示しました。彼はマネージャーたちに対して、一旦役員室に辿り着いたら、会社の資産を自分自身や家族のために自由に流用できるかのように思わせていました。皮肉にも、アンディー・ファストウ(Andy Fastow、エンロンのCFOで、当初、98の罪状で起訴された人物)は、以下のように自身に言い聞かせ、自身の行為を正当化しようとしました。「私の独創的なオフバランス取引は、エンロンの財務目標達成に貢献した。なぜ、その「組成手数料」として、自分のために百万ドルをもらうことが許されないのだろうか。レイがエンロンの資産を少しだけ着服し、数年に渡って彼の姉妹の会社へ移していたように。」

 従業員に倫理的な行動を期待するならば、企業のCEOは汚れのない倫理観を持たなければならないのです。

 CFO アンディー・ファストウは、LJMパートナーシップを経営(部分的に所有)していました。彼は、このパートナーシップを、エンロンの投資における、数億ドルの損失の隠れ蓑として使いました。どうやって、ファストウはこのような複雑な企みを編み出し、上級幹部や内外の弁護士、会計士から暗黙の了解を得ることができたのでしょうか。

 それは良い質問であり、私を含め、多くの人々が未だに理解していないことでもあります。適格で能力があり、独立した取締役会が、なぜエンロンの行動規範を二回も無視し、ファストウに(LJMという)投資パートナーシップを設立、運営させることを許してしまったのでしょうか。ほとんどの場合、このパートナーシップは、エンロンを相手に資産を購入、売却、ヘッジすること以外、何もしていなかったのです。

 エンロンはアンディー・ファストウに、先例のない利益相反行為を許してしまいました。彼はCFOだったのですから、彼の受託者義務(fiduciary duties)とは、会社にとって最善の策を講じることでした。一方で、彼はLJMという投資パートナーシップのジェネラルパートナーとなり、出資者(limited partners)の資金を5億ドルも募り、出資者への見返り を最大化する役割を担ったです。

 問題は、LJMのビジネスとは、エンロンと取引きすることに他ならないことでした。あらゆる取引において、ファストウの選択肢は、エンロンかLJMかのどちらかでした。いかなる人も、そのような利益相反の状況に身を置くべきではありません。なぜ、エンロンの取締役会は、そのようなことをファストウに許してしまったのでしょうか。私が確信するに、取締役として受け取っていた報酬額のために、彼らの判断が非常に鈍っていたのだと思います。エンロンのディレクターは、エンロンの取締役会のメンバーということで、年間350,000ドルを支給されていました。これは、普通規模の公開企業における取締役報酬の最高額の二倍です。取締役会は、いつもエンロンの経営陣について自慢していました。彼らが受け取っていた報酬額が、どれだけ彼らの「エンロンは悪事を成し得ない」という姿勢 に影響を与えたでしょう。

 エンロンの役員、財務、法律、会計専門家の多くが、問題のある(いくつかのケースでは不正な)オフバランス取引に同意してしまった理由は、多面的です。取締役会と同様に、高額な報酬、ボーナス、ストックオプションによる利益によって、判断が鈍ってしまった 面もあるでしょう。もう1つの理由は、責任の分散です。アーサー・アンダーソンの仕事は、複雑な会計構造について意見を述べることでしたし、会社の対応の適法性を保証するのは弁護士の仕事でした。また、取締役会には取締役会の役割がありました。

 お金に目がくらんだ判断ミスと責任の分散に加え、私は、ファストウと彼のチームの行為について、しばしば「裸の王様」の寓話を引き合いに出します。この物語では、自分の国家よりも外見ばかり気にしている王様が登場します。これがレイです。そして、とても美しいが、愚かだったり身分不相応の人には見えない服地という、ペテンが仕掛けられています。ペテン師たちは人々の不安感につけこみます。王は服の仕立て状況をチェックするために、ある大臣を送りますが、その大臣には服地が見えず、彼はうろたえます。自分は愚かではない。でも、もしかしたら大臣の器ではないのかもしれない。そう思った彼は、(大臣の職を失わないように)服地を見たと嘘をつきます。後に続いた大臣たちも同じ事を繰り返し、しまいには、町は王様がパレードのために新調する美しい服の話で持ちきりになります。

 会計士、銀行員、弁護士といったファストウのチームは、非常に手の込んだ仕組みを考案しました。それらはあまりに複雑だったので、私が2001年の7月に最初に調査したとき、担当マネージャーが1つの仕組みの流れを私に説明するのに2時間も掛かった程です。これらの仕組みが編み出された時、口封じのために、人々は脅迫されました。CEOのジェフ・ スキリング(Jeff Skilling、ケン・レイの後任)は、エンロンや特定の仕組みを理解しない者を「物分りが悪い」愚か者として非難することで知られていました。

 従業員が自身の弱点や能力の低さを見せたがらないような、競争の激しい環境を作り出したことが、エンロン問題の根源でした。要領の良い人たちは「物分りが悪い」と思われることを恐れ、質問することをやめたのです。

 あなたはかつて、エンロンにおける不正の懸念を社外に持ち出すことは望んではいなかったと述べました。「エンロン巨大企業はいかにして崩壊したのか(原題:The Smartest Guys in the Room)」には、「企業が帳簿操作を行う時、生き残るための唯一のチャンスは、一部始終を白状することである」というあなたのコメントが引用されています。あな たは、当時のエンロンや他の企業不正の状況にも当てはまると、今でも信じていますか。

 はい。企業が不正を犯すとき、生き残るための重要なチャンスは、不正を発見し、開示し、自身の手で解決することです。2001年までに、エンロンは金融商社と化していました。金融商社にとっては、投資格付と評判が命です。トラブルの兆候が見られた瞬間に、水がザルを通るように取引は枯渇してしまいます。私がレイと対面したとき、私は楽観的で世間知らずでしたが、徹底的な調査が行われることだけでなく、会計情報が開示された場合に不可避となる財務危機に備えて、エンロンは危機管理チームを組成するだろうとも思っていました。長い目で見れば、帳簿操作を隠し続けられるケースはほとんどないのです。しかし、誰一人として私の力になってくれる上級幹部はおらず、ケン・レイは耳障りのいい話にのみ耳を傾け、私が言うことには耳を貸そうとしませんでした。

 おそらく、多くの人々は、あなたがケン・レイに書いたメモは一つだけだったと思っているでしょうが、実際には、あなたがレイに送ったメモは7ページにわたり、さらに他の上級幹部にも送っています。これらのメモの多くにおいて、あなたは状況の複雑な詳細を記載し、いくつかの勧告を記しています。そして、あなたはレイと直接会うことになります。なぜ、あれだけの規模の企業において、「権力に対しても真実を述べるべき」という格言を実行しようとする者が他に誰もいなかったのでしょうか。

 エンロンの全ての捜査と裁判が終わってから、私は他の人も警笛を鳴らしていたことを知りました。何人かは非常に早い時期にです。エンロン内で問題のある一連の会計スキームが生み出された時、その場に居合わせたマネージャーの中にも異議を唱え、それを阻止しようとした者がいました。しかし、彼らはことごとく潰されました。何人かは、抵抗することが無意味であることを悟り、単に会社を去っていきました。または、彼らが知る唯一の方法を使い、ヤフーのメッセージボードにコメントを載せるということをしました。

 2001年4月12日、以下のメッセージがエンロンのメッセージボードに掲載されました。「エンロンの幹部たちは手の込んだ不正を働いており、最も優秀なアナリストさえも欺いています。最初の問題の兆候は、収益の悪化として現われ、その後、多くの警告が相次ぐでしょう。不正行為によって、ENE(訳者注:エンロンのニューヨーク証券取引所での 略号)の幹部には刑事罰が科せられ、集団訴訟がエンロンを終焉へと追いやるでしょう。」 その時、エンロン株は50ドルから60ドルで取引されていました。

 あなたはレイと最後の会合を持ち、彼に取るべき対応の手順を書いたメモを手渡しました。「正直に公表し決算修正をしない場合についての私の結論、これらの事態はいずれにしろ不可避である、これ以上ケン・レイが不正に関与すれば、彼がエンロンに元の名声を取り戻すチャンスはなくなる」と。彼もまた不正に関与していたと最終的に気付いたのは、どのような理由からですか。

 私がケン・レイと最後に会合を持ったのは、10月の終わりでした。会社は私が懸念を抱いていた仕組み(に関わる収益)を償却しましたが、それは当期の数字上の処理に留まり、本来行うべき過年度の損益修正は行いませんでした。ウォールストリートジャーナルは、すっぱ抜き記事を長々と掲載し、株価は暴落しましたが、エンロン、特にケン・レイは正直に対応せず、「我々は会計不正をしていません」「エンロン株は今が買い時です」、「アンディー・ファストウに絶対の信頼を置いています」「そのような関係会社取引を他の業 者と行なうことも可能でした」などと言い続けました。これらのコメントは、後に司法省がレイを有罪にするのに役立つこととなりました。

 かつて、元ニューヨーク南部地区連邦検事、マリー・ジョー・ホワイト(Mary Jo White)は、90年代における企業経営者たちは、(かの有名なドナルド・クレッシー博士による不 正トライアングルの第三の要素である)「集団正当化(group rationalization)」を行っていたと述べました。今世紀に入ってからも、まだこの指摘は当てはまりますか。

 私は、経営者は自分たちの報酬、アグレッシブな会計処理、他の問題についても正当化していると強く思います。私が今、アメリカ産業界に関して最も懸念しているのは、真に倫理的なリーダーが非常に少ないことです。エンロンが発端となり、多数のスキャンダルが相次ぎました。そして、それぞれの事件において、投資家を守るべき監視役、つまり、監査人、社外弁護士、ウォール街のアナリスト、全米最大の銀行が機能しなかったということが分かりました。

 企業スキャンダルに続いて、ウォール街でも不適切な株価リサーチなどの問題が発覚しましたし、投資信託スキャンダルにおいては、ファンドマネージャーが顧客の利益に反し、自身の利益のために取引したり、時間外で取引したり、大型顧客に便宜を図ったりという事件も起こりました。更に、エリオット・スピッツァー(Elliot Spitzer)によって暴かれた、保険業界のスキャンダルもありました。現在では、巨額のCEO報酬やストックオプション日付操作の問題が取りざたされています。

 何が起こってしまったのでしょう。自分たち(米国)が世界で最も道徳的で、公平なシステムを持つと主張し、他国にはそれに従うことを強いるという高飛車な態度をとりながら、実は足元のシステムが完全に崩壊していたというのはとても皮肉なことです。

 繁栄を得るためには、資本主義制度は(実際には、教育、医療、商業、政府などあらゆる制度は)、公平、正直、誠実を前提としなければ成功しません。実際、多くの学者は、資本主義制度を三本足の椅子になぞらえます。経済的な自由、政治的な自由、そして道徳的な責任のいずれの足が欠けても、その椅子は倒れてしまうのです。

 カトリック教会の聖職者であったマイケル・ノヴァックは(Michael Novak)は、1982年に「民主資本主義の精神(The Spirit of Democratic Capitalism)」を執筆しました。この高い評価を受けている書籍において、彼は民主資本主義制度の長所である、不幸であったり貧しかったりする人々の生活水準を高める力を賞賛しています。しかし、彼は、経済的自由や政治的自由、指導者の道徳観に生じる問題を直ちに修正することのできる抑制と均衡のシステムが、資本主義制度には備わっていると想定していました。

 過去において、児童労働の乱用、環境汚染、労働者の安全などの道徳的な問題が発生するたびに、新しい法律が制定され、当時のビジネスリーダーは、それらの過度な規制によって、政府が経済システムを崩壊させようとしていると不満をあらわにしました。我々は同じ過ちを繰り返しつつも、何とかなってきました。しかしながら、今日の状況にはわずかな違いがあるように思います。資本主義の純粋な唯物論に対する道徳的な怒りはトーンダウンし、CEOの高額な報酬に対して憤りよりも妬みを感じる人が増えているように思えるのです。

 ジェフ・スキリングとケン・レイは、後悔の念をもって彼らの行為に対する責任を受け入れているようには見えません。判決の時でさえ、スキリングは「心の底から私は無実だと信じています」と述べています。しかし、ニューズウィーク誌に掲載されたとおり、スキリングの母親でさえ、「CEOであり取締役会メンバーである者は、自分の会社で何が起こっているかを知っていなければならないはずだ」と語っています。自分の母親にまで疑われるのであれば、観念すべきです。経営トップがこのような間違った考えを持つ理由は、どのようなものだとあなたは考えますか。

 私は、指導者の資質が試される、困難な決定的瞬間があると思います。そして、もし、それに対して正直に対処し、厳しい決断を下さなければ、正しい道へ戻ることは不可能になります。正当化については既にお話しました。一度正当化してしまえば、あなたはそこで身動きが取れなくなってしまいます。

 ゆでガエルの話を聞いたことがあるでしょう。もし、カエルが熱湯の入った鍋の中へ放り込まれたら、飛び上がって逃げるでしょう。もし、カエルを冷たい水に入れて、水を徐々に温めていったら、カエルは鍋の中でゆで上がって死んでしまうでしょう。

 リーダーも従業員も、善悪の違いが明らかな選択肢を与えられたときには、間違った判断はしません。しかし難しい判断をせまられる状況では、まずいと感じつつも正当化してしまうようなグレーゾーンが生じてしまいます。例えば、エンロンの会計処理が独創的(creative)なものから強引(aggressive)なものへ移行したとき、鍋の中の水はぬるま湯になりました。不幸なことに、誰も異を唱える者はおらず、独創的な取引に関わっていた人々は強引な取引にも関わり、ついには不正取引を行うという不幸な事態に至ってしまったのです。水は沸騰し、彼らは身動きがとれなくなってしまいました。

 ボスからマネージャー、スタッフに至るまで、我々は冷たい水がぬるま湯へ変わった時に気付かなければいけません。我々はそのような決定的瞬間を認識し、問題提起をして、行動を起こさなければなりません。一旦、ぬるま湯の段階を越えたら、外へ飛び出す気力を 失ってしまうのです。

 あなたが現在講演する際には、どのような点を強調していますか。また、エンロンを去ったすぐ後のお話の内容とは違いがありますか。

 今、私が力説していることは、いかにして、そしてなぜ企業のリーダーは、倫理的に問題のある従業員に対し、ゼロ・トレランスで臨まなくてはならないかということです。それはおそらく、CEOにとって最も辛い役割だと思いますが、自社の価値体系(value system)に違反する従業員を放置してはなりません。

 それは、多くの人にとって辛いことです。しばしば、我々は違反者を許し、(不正行為を)水に流し、二度目のチャンスを与えようと同情したくなるものです。そして、特に違反者が優秀な従業員で、顧客受けが良かったり、収益に大きく貢献している場合には、あなたは本当に全てを水に流そうとするものです。

 問題は、一度そうしてしまうと、数字を上げ、顧客にいい顔をしていれば、組織の価値観は二の次でよいというメッセージを組織全体に送ることになります。危ない橋を渡って足を踏み外しても、二度目のチャンスをあげるからやってみなさい、と。

 企業の内部統制システムによりすべてを防御できると思ってはいけません。内部統制は、非倫理的な従業員の存在を浮き彫りにし、経営者が彼らを解雇できるようにするシステムなのです。もし、企業が非倫理的な従業員に対して断固たる処分をとらなければ、内部統制システムは無意味なものになってしまうでしょう。

 組織には、倫理的に問題のある従業員を抱えておく余裕などないのです。それはリスクが高すぎます。懲戒処分にして、二度と規則を破るなと厳命するだけでは、このような輩を増長させるだけです。彼らは、次は捕まらないようにとより秘密裏にことを進めるようになり、会社に大損害をもたらす前に捕らえることが困難になってしまうでしょう。

 2002年、あなたはACFEの第13回年次総会において、「財務会計システムは規則主義(rule-based)になり過ぎ、規則の本質を忘れてしまっている」と述べています。SOX法の制定に加え、エンロン破滅後の5年間で何が変わったと思いますか。

 エンロンやその他の企業、ワールドコム、タイコ、ヘルスサウス、アデルフィアなどの事件を受けて、アメリカでは2002年にSOX法が制定されました。

 SOX法は実質的に、既存の法規制が実際に意味するところを明確化しようとしたもので、コーポレート・ガバナンス、内部統制、財務の透明性などの分野におけるベストプラクティスの法制化を目指しています。

 SOX法は、企業文化の根本的な変化を要求しています。それは、形式主義のコンプライアンス文化から脱却し、既存の法規制の精神に則って行動しようと真剣に取り組む文化を醸成するという変化です。

 SOX法は、形式主義のコンプライアンス文化からの脱却を目的としていますが、我々が得たものは、より多くの規則であって、現行法の精神に則っていない行動を正当化するために(SOX法が)利用されるのではないか、と私は危惧しています。我々が大きな進歩を遂げたのかどうか、私は確信が持てません。

 エンロンでは、不正検査士はどこにいたのですか。内部統制に力点は置かれていたのですか。不正を監査する部署は存在したのですか。今日、エンロンのような不正事件の解明に着手するために、不正検査士はどのようなことに特に注意すべきでしょうか。

 エンロンには不正検査士はいませんでした。実際、エンロンには内部監査部門は存在せず、1990年代半ばにアーサー・アンダーセンに外部委託されました。私があちこちで講演する際、その事実は聴衆に驚きとショックを与えます。典型的な反応は次のようなものです。「エンロンで不正が起こったのも無理はない。」

 不正検査士がエンロン事件を調査するとしたら、始めに目を付けるところは、ムラのある(spotty)営業キャッシュフローの数字でしょう。なぜ、すべての営業キャッシュフローが、第4四半期に集中していたのか。なぜ、LJMとの関係会社取引を大量に行なう必要があったのか。なぜ、行動規範の適用が除外されたのか。なぜ、あのような高額な監査・コンサルティング料が、外部監査人に支払われたのか。また、私はよく、以前にフォーチュン誌が取締役会向けに示した一連の質問リストに回答することを勧めます。(「取締役会メン バーのための10の質問(Ten Questions Every Board Member Should Ask)」を参照)もし、企業が答えに窮する質問があれば、不正検査士はその問題を調査する価値があるでしょう。

 能力と勇気を持った不正検査士は、どうすればこのような惨事を食い止めることができたのでしょうか。エンロン事件を受けて、あなたが不正検査士に与える重要なアドバイスを一つ挙げるとすると、どのようなことですか。

 私は、勇気ある不正検査士は、エンロンにおいては解雇されてしまったのではないかと危惧しています。もし、エンロンのような状況下に踏み入るならば、正義を追及するあなたの活動を支援してくれる仲間を見つけるよう、私はいつも勧めています。一人で踏み込んではいけません。

 ACFEのような団体は、いかにして不正対策の専門家を育成し、第二のエンロンを生み出す状況を阻止することができるでしょうか。

 ACFEのような団体は、不正対策の専門家に対して、あらゆる不正の手口、不正事例、過去に企てられた突飛なスキームなどに触れる機会を提供しています。私は、多くの専門家は、自分が目にしたものを本当は信じていないと思います。ACFEの創設者であるジョー・ウェルズ(Joe Wells)は、全てを見てきました。事実は小説より奇なりということを理解することは、思いのほか役に立つのです。エンロンで直面した全ての事柄について、私が正しく対処できたわけではありません。なぜならば、自分が目の当たりにしていた行為の重要性をすべて理解してはいなかったからです。私はまた、正当化の奥の深さ、人々に真実を受け入れさせなくしてしまうその威力を把握していませんでした。(不正との)戦いの記録は、不正対策の専門家を教育するのに役立つはずです。

 私は、1980年代初めに、アーサー・アンダーセンの監査人として、自分のキャリアをスタートさせました。不正の発見は公認会計士の仕事ではないと言われ、私は困惑しました。健全な懐疑心を保つようには指示されましたが、我々が行った監査は、不正を発見するためのものではありませんでした。しかし困ったことに、ほとんどの株主は全く逆に、監査とは監査人が不正の兆候を捜し求めることを意味すると考えていたのです。

 私はACFEに深く感謝しています。ACFEのような組織を立ち上げるには、情熱と血のにじむような努力、汗と涙が必要です。ジョー・ウェルズは、不正を発見し、阻止することが会計士の仕事であると堅く信じていました。情熱と懸命な努力により、ACFEは健全な成功を収め、不正撲滅のための組織として、世界125カ国以上、38,000以上の会員を有するまでになりました。

 私はしばしば、聴衆に対して「悪がはびこるために必要なことは、善良な人々が何もしないことだ(all it takes for evil to prevail is for good people to do nothing)」ということわざを繰り返し強調します。ACFEは、行動する善良な人々を支えており、私はこれからも良い活動を続けてほしいと願っています。ACFEは、正しい行いの普及、不正行為の防止に多大な貢献をしているのです。

 もし、あなたが企業の幹部職に戻るとしたら、その職に就く前に、どのような環境が整っていることが条件になりますか。

 既にお話した、非倫理的な行為に対するゼロ・トレランスの徹底に加え、悪いニュースがトップまで伝わり、それに対処するための効果的な規定と手順が会社に備わっているかどうかを確認します。また、企業の内部統制・危機管理の担当者が独立した立場にあり、営業部門の幹部と同等の権限を持っていることも必要です。経営トップが内部統制や危機管理に価値を見出し、これらの部門のスタッフは社内で嫌われることもあり、彼らの業績は決して数値化することはできないということを認識しているかどうかも確認しておきたいです。

 あなたは、スキリングに対する24年4ヶ月の収監判決により「(エンロン事件は)終結したように感じる」と述べました。あなたにとって「終結」とは何を意味しますか。あなたはエンロン事件にどのように折り合いをつけ、先に進んでいきますか。

 司法省はエンロンの上級幹部を追跡しました。彼らは正しいことをしました。ジェフ・スキリングなしでは、エンロンの不正事件は起きなかったと私は思います。もし、司法省(の追跡)がエンロンのCFOで止まっていれば、私は正義が果たされたとは思わなかったでしょう。

 メディアの怒りは収まりました。今では、人々はどのような反応を示しますか。

 私に対する人々の反応はとても好意的です。もし、私の立場にいれば、同じ行動をとっただろうと、ほとんどの人々は考えているでしょう。そして、私の後に続く必要がある場合に備えて、私の経験談や別の対応は可能であったかなどを直接聞きたいと思うでしょう。

 あなたは他の企業における「監視役(sentinel)」と連絡を取り合っていますか。

 私は元ワールドコムのシンシア・クーパー(Cynthia Cooper)、元FBIのコリーン・ロウリー(Colleen Rowley)と連絡を取り合っています。

 あなたのコンサルティング会社の計画はどのようなものですか。

 現在、他の専門家やエグゼクティブ・コーチングの会社などと連携して、リーダーシップ開発プログラムを構築しており、次世代のリーダーを育成したいと考えています。このプログラムは、CEO登用前の人材を対象としています。複数月にわたるプログラムであり、同業他社の仲間との交流も含まれています。プログラムが目指すのは、受講者がCEOとして直面するであろうあらゆる困難に対応できるだけの人脈と経験を備えることです。たとえそれがエンロンで起こったような大嵐であってもです。

 あなたが最近読んだ本は何ですか。最近、誰に興味を持っていますか。

 私は多くのキリスト教関係の本(Christian books)を読みます。有名どころではデレク・プリンス(Derek Prince)やウォッチメン・ニイ(Watchmen Nee)です。ビジネス関連では、ビル・ジョージ(Bill George)の「Authentic Leadership」、マイク・ユシーム(Mike Useem)の「Leadership Moments」、そして、「The Go Point: When It’s Time to Decide:Knowing What to Do and When to Do It」をお勧めます。また、スー・ハモンド(Sue Hammond)とアンドレア・メイフィールド(Andrea Mayfield)の「The Thin Book of Naming Elephants: How to Surface Undiscussables for Greater Organizational Success」も読んでおくべきでしょう。「Naming Elephants」では、スペースシャトルコロンビア号の惨事とエンロンの崩壊について効果的な分析が書かれてあります。それは素晴らしい本で、部屋の中の象(elephants in the room、訳者注:皆が気付いているが目をそむけている問題)を認識し対処する力を高めることができるようになります。たった45分で読めるので、是非、読んでください。

 これは、あなたが何度も質問されたことだとは思いますが、その物語の教訓は何でしょうか。

 倫理的な人になるためには、善悪の判断ができる以上の力が必要だということです。危険な状況下で(逃げずに)正しいことをするためには、不屈の精神を持たなくてはなりません。



取締役会メンバーのための10の質問
Ten Questions Every Board Member Should Ask
1. 自社はどのようにして収益を上げているか。(How does the company make money?)
2. 顧客の支払いは順調か。(Are our customers paying up?)
3. 今後2,3年で、企業に致命的な影響を及ぼすものは何か。(What could really hurt, or kill the company in the next few years?)
4. 自社の業績は競合他社に比べてどうか。(How are doing relative to our competitors?)
5. もし、CEOが明日交通事故にあったら、誰が自社を経営できるか。(If the CEO were hit by a bus tomorrow, who could run this company?)
6. 自社はどのようにして成長を遂げていくのか。(How are we going to grow?)
7. 身の丈にあった経営をしているか。(Are we living within our means?)
8. CEOはいくらの報酬を得ているか。(How much does the CEO get paid?)
9. 悪いニュースはどのようにしてトップに伝えられるか。(How does bad news get to the top?)
10. 自分には、1〜9の質問への答えが分かるか。(Do I understand the answers to questions 1 through 9?)



シェロン・ワトキンス氏
テキサス州オースチンにおけるAICPAのカンファレンス中にワトキンス氏の写真撮影の便宜を図ってくれたAICPA のバーバラ・バーマン氏(Barbara Berman)に謝意を表する。
(編集長)
ディック・カローザはFraud Magazine の編集者である。


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