世界各地の不正対策事情
GLOBAL FRAUD
中東諸国における不正疑惑の調査
Investigating Suspected Frauds in the Middle East

スラクシュ・R・シャー(CFE/CFA/CA) 著
By Sulaksh R. Shah, CFE, CPA, CA



 国際的金融不正の調査のために遠い外国に出張することは、厄介で、尻込みすることがある。ここでは、中東諸国でホワイトカラー犯罪調査を開始する前に、CFEが知っておくべき事柄を示す。

 私が最近担当した中東での事件は、米国国内のある企業の顧問弁護士(general counsel)のもとに舞い込んだ一通の匿名メールから始まった。そのメールには、中東の調達部門に勤務する2人の従業員が業者と結託し、キックバックを得る見返りに極秘の入札情報を流したという内容が書かれていた。我々は、6週間に及ぶ調査によりこの疑惑の事実確認を行った。

 中東で金融不正疑惑の調査を実施する場合には、独特のスキルや調査の進め方、考慮すべき事柄について理解する必要がある。私は、クウェートに3年間、ドバイ及びアラブ首長国連邦に数ヶ月間滞在し、中東で多くの調査を実施してきた。以下に、世界各地から調査に訪れる不正検査士に役立つと思われる、中東に関するいくつかの知識を紹介する。



調査の相手はどういう人物なのか? (WHOM ARE YOU INVESTIGATING?)


 もちろん、調査を開始する前に全般的な環境を見極めることが必要不可欠であることは言うまでもない。中東の多くの国々は王族によって統治されており、欧米諸国に比べて成文法(written laws)が少なく、統治者が制定、発布する行政命令又は布告(executive orders or decrees)によって統治される傾向がある。私の中東滞在中には、国家元首が新しい規則を定める行政命令を発布したと伝える地方新聞の朝刊をよく目にしたものである。



文化 (CULTURE)


 中東地域には様々な宗教が広まっているが、やはりイスラム教の勢力が群を抜いて大きい。イスラム教では金曜日が祈りの日であるため、週末は木曜日と金曜日または金曜日と土曜日となる。(かつて中東では金曜日のみが休日と考えられていたが、現在では政府職員は木曜日も休日とするという方針を採用している所が多い。多国籍企業と同様に民間企業に勤務する従業員は金曜日と土曜日が休日とされている。)中東地域で調査を行う場合には、この地域における文化的・宗教的影響を認識しておく必要がある。中東人が翌日情報を提供するという約束は、「時間があったら対応しましょう。幸運を祈ってください。」を意味することがある。

 ドバイのように外国人に寛容な地域もあるが、宗教と政治に関する話題は避けるのが賢明である。そして何よりも、目立つ行動をとってはいけない。誰かが物理的な危害を加えることを心配する必要はないが、中東人に調査に協力しない理由を与えてしまうと、それが調査の妨げとなってしまうであろう。



言語 (LANGUAGE)


 アラビア語はセム語に属しており、数字は左から右へと表記されるが、アラビア文字は右から左へと書かれる。しかし、中東の国々はかつてのイギリス植民地であったため、いまだにイギリスの影響を色濃く残しており、英語圏からの調査員にとっては、幾分生活しやすいであろう。それでもやはり、調査チームにはアラブ地域と言語に明るい人物をメンバーとして加えておくべきである。たとえ非公式であっても、面接相手は、調査員がアラブ地域やそこでのビジネス慣習に疎いことを見抜く並外れた能力を持っており、そう思われてしまうと彼らは情報を提供しなくなる。



商慣習 (BUSINESS PRACTICES)


 中東は(世界の他の多くの地域と同様に)、キックバック、賄賂、利益相反、贈物、影響力の行使に関し、非常に寛容な地域である。西洋社会では違法と見なさる「袖の下」のやりとりは、日常的によく行われている行為である。「それのどこがいけないのでしょう?」というのが、利益相反の容疑者を面接した際に、我々が良く耳にする返答である。もう一つは、「みんながやっているのだから、私がやってはいけない道理はないでしょう?」というものである。ある地域ではこれらの行為が広く普及しており、通常の業務で賄賂を受取ることが当然と見なされ、その結果、従業員の給料が業務に見合わず薄給なことが多い。アメリカ海外汚職行為防止法(U.S. Foreign Corrupt Practices Act)の規定に関する知識が必要であるが、これについては当記事の最後で考察する。



国際的な社会 (COSMOPOLITAN SOCIETY)


 中東で働く人々の大部分は祖国を離れて働く外国人労働者であり、中東の職場には、インド人、パキスタン人、バングラディシュ人、スリランカ人、イギリス人、南アフリカ人、フィリピン人、エジプト人、(イランから)ペルシャ人、イラク人、レバノン人、シリア人、アメリカ人など、さまざまな国籍の労働者がいる。どこの国の人々もそうであるが、国籍、人種、宗教の同じ人々が集まる傾向があり、勤務先でもグループを形成することがある。不正事件の犯人には、国籍、宗教のどちらか、または両方が同じ共犯者が存在する傾向がある。もちろん、特定の少数民族グループの調査を実施することが分かっている場合、それと同じ少数民族のメンバーをチームに配置することが決定的に重要になるであろう。前述のように、情報は、調査対象である人物の生活環境や文化に明るい調査員に対して提供される傾向がある。



身元調査 (BACKGROUND CHECKS)


 個人の身元調査は、西半球では非常に一般的な調査ツールであるが、中東諸国においては、不可能ではないにしても困難である。なぜなら、(1)入手可能な公開情報が非常に少なく、(2)湾岸協力会議(the Gulf Cooperation Council:略GCC)の非加盟国の国民が証券、不動産等の投資を行う場合にはいくつかの制限があり、(3)労働者(外国人労働者)の大多数が、自分の蓄えを自国へ送金しているからである。つまりこれら事実により、一般的な「資金追跡」による調査手順の多くが困難になってしまうのである。

 例えば、銀行口座を持つことができない外国人労働者は、母国にいる自分の家族に送金するため、非公式な「ハワラ(ヒンドゥー語で「信託」の意)」という規制されていない国際金融ネットワークを利用することになる。彼は送金する現金(と手数料)を「資金ブローカー(a money broker)」に渡し、その金融業者は彼の母国の同業者を手配して彼の家族へと金銭を届ける。書類が残らないため、送金者と受取人の名前は実質的に残らない。そのため、調査地域出身の信頼できる民間調査員だけが、ハワラ取引の詳細情報を入手することができる。それ以外は、情報を必要とする理由をハワラ業者に説明しながら、彼らを説得するというのも選択可能な方策かもしれない。

(詳細情報はこちらを参照:http://www.acfe.com/newsletters/6-2006-tfe-hawala.asp)



通貨 (CURRENCY)


 中東諸国の会計データは通常、現地通貨及び米ドル(USD)で作成したものが入手可能である。しかし、数字の前に「$」記号がついているからといって、その金額が実際に米ドルを表していると決め付けてはいけない。不正実行者は往々にして為替レートを利用し、委託金横領を隠蔽する。このため、無料の国際通貨変換ウェブサイト(http://www.xe.com/ucc/)などの外国為替変換ツールを用いて、完全なデータを受取っているのか確認する必要がある。



データマイニング (DATA MINING)


 従業員住所と業者住所を照合するといった標準的なデータマイニング手順は役に立たない。なぜなら、多くの中東諸国には所在地住所(street addresses)が存在しないからである。従業員は会社が所有する私書箱(中東ではポストボックスと呼ばれている)を自分の個人的な住所として使用する傾向がある。例えば、クウェートで働いていた当時、私が勤める会社では、代表者が郵便局から従業員あての郵便物を、仕事関係も私用のものも含めて週に2回回収していた。(郵便局が会社に郵便物を配達したことはなかった。)そして我々は、会社の私書箱を自分の住所として使用していた。したがって、住所の照合により架空の業者を暴く可能性は低い。しかし、もしその会社が口座振込みで給料を支払えば、自らの住所宛に送付された給料小切手が異常を明らかにする可能性はある。



海外汚職行為防止法 (FOREIGN CORRUPT PRACTICES ACT)


 米国政府は、長年にわたり外国高官の汚職に対し多額の罰金を課すことで、国際汚職に対する強硬姿勢を貫いてきた。一般的に、アメリカ海外汚職行為防止法(the U.S. Foreign Corrupt Practices Act:略FCPA)は、子会社、支店も含め、アメリカ企業が外国高官に対し賄賂を贈ることを禁じている。中東諸国においては公営企業(政府所有企業)の活動が盛んであり、加えて政府が一連の複雑な構造(子会社や合弁事業など)を通じて様々な投機的事業(business ventures)にも関わっている。このため、知らないうちに外国高官を相手にする可能性があり、特別な注意を払う必要がある。

 中東の多くの外資系企業で働く経営管理者は、それらの国々での利益相反、財務情報の完全性の欠如、不正取引慣行に対する認識が不十分な可能性がある。もちろん、中東企業はすべての地域において、従業員が重点的に取組むべき共通の責任のためだけでなく、従業員が監視されているという認識を与えるために、定期的にコンプライアンスの状況をチェックしなければならない。

 政府高官に対する一定の支払は、「物事を円滑に進めるための支払(Facilitating Payments)」として容認されている。しかし、どの支払が許され、どの支払が許されないのかを見きわめる際には、次に挙げる基準で判断することが最良である。もし、自分の提案や要求に対する評価手続きを早めるために政府高官に金銭を支払うのであれば、通常はFCPAによって認められるが、自分の提案や要求に対し好都合な決定をしてもらうために支払うのであれば、それは恐らくFCPA違反となるであろう。これらの問題に直面した場合には、迷わず弁護士に助言を求めるべきである。

 この考察は、中東でのホワイトカラー犯罪調査を開始する前に注意すべき考慮点を簡単にまとめたものである。中東及び北アフリカを旅する旅行者に対する重要な注意点を含む詳細情報は、米国国務省のウェブサイト(http://travel.state.gov/travel/tips/regional/regional_1175.html)で参照可能である。質問または詳細情報の入手を希望する場合は、気軽に連絡して欲しい。



スラクシュ・R・シャー氏(Sulaksh R.Shah,CFE,CPA,CA)は、イリノイ州シカゴにあるプライスウォーターハウスクーパーズ(PricewaterhouseCoopers)の調査&法廷サービス業務部のマネージャーである。



湾岸協力会議(the Gulf Cooperation Council:略GCC)にはアラブ首長国連邦、サウジアラビア、クウェート、バーレーン、カタール首長国、オマーンが加盟している。


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