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太宰治の窮状

(2016/09/26)

 我が国の近代文学の代表的作家である太宰治(明治42年〜昭和23年)は、ベストセラー作家でありながらも、晩年その生活は必ずしも経済的に豊かなものであったとはいえないようだ。

 それを裏付けるものとして、太宰が武蔵野税務署長宛てに提出した審査請求書の下書きが残されている(神奈川近代文学館『生誕105年太宰治展―語りかける言葉―』)。そこには、「さきに納税額の通知書を受取りましたが、…調査費の支出(たとへば、旅行、探訪、資料入手等のための支出)おびただしき上に、昨年は病気ばかりして、茅屋に小供たくさん、悲惨の日常生活をしてまゐりまして、とても、納入の可能性ございません」として、「ご出張の上、再審査のほど願ひ申し上げます」と記されている。

 ベストセラー作家となり、飛躍的に増えた租税負担に困惑した太宰は、収入の大半を酒代などに費やしていたため、このように税務署長に窮状を訴えたのであろう。

 これは1948年(昭和23年)4月1日付けの嘆願であった。

 太宰はその年39歳。その翌月の5月には、身体疲労のためたびたびの喀血をしながらも、代表作『人間失格』を完成させたのであるが、6月には入水自殺を図り、その短い生涯を閉じたのである。

 
(出所:酒井克彦・税のしるべ平成26年7月28日号)