重要租税判例ガイド
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東京地裁平成25年7月26日判決(判例集未登載)
―相続財産である土地の譲渡と二重課税―
(2015/01/13)

1.事案の概要

 本件は、X(原告)が、相続により夫から取得した不動産の譲渡に係る所得を分離長期譲渡所得の金額に計上して平成21年分所得税の確定申告をした後、譲渡所得のうち既に相続税の課税対象となった経済的価値と同一の経済的価値(相続税評価額)は所得税法(平成22年法律第6号による改正前のもの。以下同じ。)9条1項15号(訴訟当時。現行16号)の規定(以下「本件非課税規定」という。)により非課税とすべきであることなどを主張して、上記不動産に係る譲渡所得を零円とする平成21年分所得税の更正の請求(以下「本件更正請求」という。)をしたところ、所轄税務署長から、上記主張を容れない内容の減額更正処分(以下「本件更正処分」という。)を受けたため、Y(被告)に対し、本件更正処分の一部の取消しを求めた事案である。


2.争 点

 本件各譲渡に係る譲渡所得の計算において、相続税の課税対象となった経済的価値と同一の経済的価値(相続税評価額、すなわち〔1〕被相続人の取得価額と〔2〕被相続人の保有期間中の増加益との合計額)の部分は、本件非課税規定により譲渡収入金額から控除し、非課税とすべきか否か。


3.判決の要旨

 東京地裁平成25年7月26日判決は、大要、次のとおり判示して、Xの請求を棄却した。

 すなわち、東京地裁は、相続により取得した資産に係る譲渡所得に対する課税について、所得税法は、「〔1〕被相続人の保有期間中に抽象的に発生し蓄積された資産の増加益と〔2〕相続人の保有期間中に抽象的に発生し蓄積された資産の増加益とを合計し、これを所得として、その資産が後に譲渡された時点において、上記の所得が実現したものと取り扱って所得税の課税対象としているものであるということができる。したがって、所得税法は、被相続人の保有期間中に抽象的に発生し蓄積された資産の増加益について、相続人が相続により取得した資産の経済的価値が相続発生時において相続人に対する相続税の課税対象となることとは別に、相続発生後にそれが譲渡された時において、相続人に対する所得税の課税対象となることを予定していると解される。」という理解を前提として、「上記譲渡所得に対する所得税の課税対象となる被相続人の保有期間中の増加益は、被相続人の保有期間中にその意思によらない外部的条件の変化に基因する資産の値上がり益として抽象的に発生し蓄積された資産の増加益(被相続人がその資産を譲渡していれば被相続人に帰属すべき所得)が相続人によるその資産の譲渡により実現したものである。そうすると、被相続人の保有期間中の増加益に対する譲渡所得税の課税は、被相続人の下で実現しなかった値上がり益(被相続人固有の所得)への課税を相続人の下で行おうとするものであり、理論的には被相続人に帰属すべき所得として被相続人に課税されるべきものであるから、相続人が相続により取得した財産の経済的価値に対して二重に課税されるという評価は当を得ないものである。」と判示した。

 また、同地裁は、いわゆる年金二重課税事件の最高裁平成22年7月6日第二小法廷判決(民集64巻5号1277頁)(以下「平成22年最判」という。)は、本件非課税規定による相続税又は贈与税と所得税との二重課税の排除の対象について非課税所得とされた所得が後に実現した場合の所得にも及ぶことを明確にしたものであり、また、本件においては、Xが相続により取得した本件各不動産の経済的価値と同一の経済的価値について二重課税が生じている旨の同人の主張に対し、「平成22年最判で問題とされた所得は、相続人が原始的に取得した生命保険金に係る年金受給権に係るものであるところ、この年金受給権は、それを取得した者において一時金による支払を選択することにより相続の開始時に所得を実現させることができ、その場合には本件非課税規定が適用されることとの均衡を重視して、平成22年最判は、年金による支払を選択した場合においても、年金受給権の金額を被相続人死亡時の現在価値に引き直した価額に相当する部分は、相続税法の課税対象となる経済的価値と同一のものということができるとして本件非課税規定の適用を認めたものと理解することができ、そうであるとすれば、年金による支払を選択した場合であっても、現在価値に引き直した価額に相当する部分については相続の開始時に実現した所得として取り扱っていると理解することができる。」とした上で、「これに対し、本件で問題とされている所得は、所得税法60条1項1号により、相続人が被相続人から承継取得した不動産を更に譲渡した際に実現するものと取り扱われるものであって、同号が存在する以上、単純承認をした相続人は、相続時点において被相続人の保有期間中に蓄積された増加益を実現させるという選択ができないという点で、平成22年最判で問題とされた所得とはその性質を異にするものである。そして、平成22年最判の判示には、原審及び第一審の各判決の判示とは異なり、本件非課税規定が被相続人の死亡後に実現する所得に対する課税を許さない趣旨のものか否かという点に関する明示的な言及がなく、また、平成22年最判が是認することができないとした原審の判断の内容(平成22年最判の判示3の部分)には、その点に関する原審の判断部分が引用されていない。これらの点からすると、平成22年最判は、本件非課税規定が、相続時には非課税所得とされた所得が後に実現するものと取り扱われて課税される場合の所得にも一般的に適用される旨を判示したものということはできないと解すべきである。」と説示した。

 以上により、本件判決は、本件各譲渡に係る譲渡所得のうち既に相続税の課税対象となった経済的価値と同一の経済的価値について、本件非課税規定により譲渡収入金額から排除すべきであることを理由とする本件更正請求は理由がなく、また本件更正処分は適法であるとして、Xの請求を棄却した。

(執筆:一般社団法人アコード租税総合研究所)