1.事案の概要 原告Xの祖父(委託者)は、平成16年8月に、米国ニュージャージー州法に準拠して、券面額500万ドルの米国債を信託財産、米国籍のみを有するXを受益者とする信託を設定した。 本件信託契約書には、受託者が、自己の裁量により、Xが生存する限りにおいて、Xの教育、生活費、健康、慰安及び安寧のために妥当と思われる金額を、元本及び収益から支払うことが記載されていた。 また、同契約書には、委託者は、本件信託の目的を満たすための適切な投資戦略は生命保険証券への投資であると信ずる旨及び投資顧問としてXの父であるAを指名する旨が記載されていた。 これを受けて、Aは受託者に対して、本件生命保険の契約締結を指示し、受託者は、同年9月15日に440万ドルを一時払保険料として支払い、Aを被保険者とする生命保険契約を締結した。 本件信託行為につき、Aは贈与税の申告をしていなかったところ、課税庁は、相続税法(平成19年法律第6号による改正前のもの。以下「旧相続税法」という。)4条1項を適用して贈与税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分をしたので、Xがその取消しを求めた。 2.争 点 本件の争点は次のとおりである。 1)本件信託の設定行為は旧相続税法4条1項にいう「信託行為」に該当するか、 2)Xは同項にいう「受益者」に該当するか、 3)本件信託は生命保険信託に該当するか、 4)Xは日本国内に住所を有しないものとして、相続税法上の制限納税義務者に該当するか、 5)本件信託財産は日本に所在するものであるか、 であった。 3.判決の要旨 名古屋地裁平成23年3月24日判決は、次のとおり、争点1)について肯定し、争点2)について否定し、その他の争点については判断せずにXの請求を認容した。 まず、旧相続税法4条1項の「信託行為」とは信託法による信託行為を意味するものと解した上で、旧信託法1条を参照し、本件信託の設定行為は、同項にいう「信託行為」に該当すると判示した。 次に、旧相続税法4条1項の「受益者」の意義について、同条と同じように贈与があったとみなす旨を定めた旧相続税法5条ないし9条がいずれも、受贈者とされる者が贈与とみなされる行為によりもたらされる利益を現に有することになったと認められる時に、贈与があったものとみなす旨規定していること、及び国税通則法15条2項5号が贈与税の納税義務は「贈与…による財産の取得の時」に成立する旨規定していることを併せて考えると、贈与税は、受贈者とされる者が贈与による利益を現に有することに担税力を認めて、これに対して課税する制度であると理解できることから、旧相続税法4条1項にいう「受益者」についても、「信託行為により、その信託による利益を現に有する地位にある者」と解するのが相当であると判示した。 そして、Xが旧相続税法4条1項の「受益者」に該当するか否かについては、
といった事情を総合勘案すれば、Xは、本件信託の設定時において、本件信託により利益を現に有する地位にあるとは認められず、同項の「受益者」に該当しないため、本件信託の設定に関し、Xに贈与税を課すことはできないと判示した。 (執筆:一般社団法人アコード租税総合研究所) |