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木下 浩嗣(きのした・こうじ) 1952年、金沢市生まれ。1978年、木下建築デザインを創業し、社長に就任。もともとは一級建築士で、回転寿司メーカーの方と知り合ったのが縁で1999年に「金沢でかねた寿司・八日市店」を開店、株式会社エムアンドケイを設立。「金沢まいもん寿司・金沢駅西本店」をはじめ、全国に「金沢まいもん寿司」を展開。単純にお寿司を広めるというよりも、お寿司を社会貢献や文化交流に役立てたいという想いが強く、貧しい子供たちに「寿司学校」でお寿司の作り方を教えて稼げるようにさせたり、エコの精神が日本食を通して広まればという考えをもっている。 【3つのキーワード】 1.凡事徹底〜整理整頓、清掃、あいさつ 2.社員は宝〜手作りの社員教育で人間づくり 3.「寿司道」を通じて日本の文化を啓蒙したい 【起業の頃について】
――起業のきっかけは。木下: もともと私は建築士で、事業主としては27歳からずっと経営にたずさわってきました。 平成6年に飲食業を始め、異業種交流会を世話していました。石川県には回転寿司の機械メーカーが多く、そのうちの1社の社長と友人になりました。そこで、私がプロデュースし、彼がノウハウを提供して、平成11年3月に現在の回転寿司を始めました。 ――苦労したことは。 木下: 以前の会社からたもとを分けたのですが、半ば会社を乗っ取られたような形でした。それで、また新しい会社をゼロから始めなくてはいけなくなったわけです。その時が苦労といえば苦労でしょうか。 小さな設計事務所からやってきて、人をたくさん雇ったことがなかったので、克服していこうとしたのは人間作りですね。社員教育を、下手ながらでも一生懸命、自分たちの手作りでやってきて、それが今、功を奏しているかなと思います。 【経営について】 ――社員にはどういったことをいつも伝えていますか。 木下: 『凡事徹底』です。整理整頓、清掃とあいさつですね。小学校3年生程度でもできる内容が、きちんと元気に覇気を持って前向きに取り組めるかというのは、社員教育の絶対的な要だと思っています。複雑なことや難しいマニュアルだけを教えてもだめです。簡単なことをできない者が、膨大な量のマニュアルを見ても、それを一つずつクリアしていくことは、なお逆にできないでしょう。 教育の要として、私が常に言い続けていることは、『素直で勉強好きでプラス思考』ということです。これをきちんとできうる人材に特化してきました。頭がいいからといって地位や立場を与えても、素直でなかった場合には、組織が硬直化します。たとえ今は能力がなくても、自分が何を目的に何をやらなければいけないかを判断して前向きに進んでいく姿勢を大切にしたいのです。 私は自分で寿司を握ったこともない、寿司に関しては全くの素人でした。ですから、人に任せていかなくてはいけない。その任せるというところまで、とことんできました。出来上がったことに対して、いつも社員とともに喜んでいましたね。素直に勉強するプラス思考の人間が育っていくのを見届けていった感じです。今はそういう人間が戦力になって我社を支えてくれています。――休みの日に、社員が家族で会社のお店によく食べにくるとか。 木下: そうです。ものすごく多いですよ。休みといったら必ず食べにきますね。アルバイト、パートさんもです。 1年に1〜2回は研修会をやっています。しっかりと礼に始まって礼に終わるような研修会です。また毎日、本社を含め各店で朝礼をやっています。そうした習慣も、継続は力なりで、功を奏しているかなと思います。社員のモチベーションは高いですね。 二子玉川の高島屋では、おととし、340店舗の全テナントでホスピタリティの覆面調査を行い、うちがナンバーワンでした。 ――すごいですね、340店舗の中で。 木下: もともと強力なメガチェーン店に打ちのめされて多くの店が撤退していったあとにうちができました。その中で、よく健闘していると思います。 ――『金沢まいもん寿司』をはじめ、国内外に海鮮料理や和食店を展開されています。今後の展開は。 木下: 銀座では高級店をオープンしたのを契機に、海外へ積極的に進出したいと考えています。 ――ほかにはどのような計画がありますか。 木下: 『国際寿司学校』という、寿司職人の学校を作ろうと計画しています。「寿司道を通じて日本の文化を啓蒙したい」というのが私の理念です。世界の人たちに日本の食というものを、文化も一緒に教えたいのです。 世界に広がっている和食全体を見渡すと、日本人が経営している店はとても少ないのです。日本食の看板を掲げるとお金が高く取れるものですから、日本に来たこともなければ日本の職人に会ったこともないような人がつくる日本食が蔓延しているのです。農水省では、正しい日本食を紹介していこうと、認証制度を計画し世界に発信したところ、内外から批判され、推奨という形で決着しました。日本食レストラン海外普及推進機構を作り、店からの申請により、日本食として正当ですということを認定するものです。ところが、これが壁に突き当たっています。どの日本食レストランが正当なのかを、誰がどのように評価して認定するのか、日本食のレベルはどうするのかなど・・・。 ――「寿司道」ですか。寿司職人の学校というのはないのですか。 木下: 少ないですね。2〜3週間行って終わりのような、短期の講座はありますが。 私たちは、寿司の評価基準を世界に発信しようと企画しています。継続してきちんと評価していくようなシステムを作り、卒業後も実績と共にレベルを評価していく。その時に、技術だけではなく、日本のわびさびなどの文化も教えていく。それからHACCPという、安心・安全についてもきちんと教育していく。生ネタを扱うわけですから。 今は日本食がとても普及しており、世界各国で優秀な職人を欲しがっています。中国国内でも日本食ブームですから、今後は需要があります。 ――業界全体を発展させていくことをいつも考えておられるのですね。 木下: やはり、みんながよくなっていかないとね。金沢は回転寿司のメッカでおひざもとですから、お互いに競い合っています。私どもはあとから新参者で入って、現在はナンバーワンになっています。それは、同業者は敵だという意識がなかったからです。共に切磋琢磨してノウハウを学び、商品をよくして、みんなで繁盛しようと。 石川県は寿司屋がおいしいというイメージになってきました。うちだけではなくて、地域全体でどこの寿司屋も甲乙付けがたいということで、共存共生しています。みんなでもっとレベルを上げて、一生懸命おいしくしようと。ですから、私は業界の人間と非常に仲がいいです。 【パーソナル情報について】 ――好きな言葉は。 木下: 『疾風に勁草を知る』。大好きな言葉です。 普段は甲乙つけがたいが、いざ突風が吹いたときに、ほかの草がみなバタバタ倒れても、自分は大地にどっしりと構えるということです。ですから、大企業になっても浮かれずに、本当に修羅場になったときに人間の本領を発揮するというか。 ――達筆ですね! ほかにもあったら是非教えてください。 木下: 『縁尋機妙』。縁を尋ねて機妙なり。 今日お会いしたこともそうですが、いいご縁というのは、どんどん縁をまた尋ねて、その縁を触れて、広がりを持っていきます。
『多逢聖因』。多くの素晴らしい人と会うことが、自分の聖なる原因になる、つまり自分を高めていくという意味です。『人間万事塞翁が馬』。有名な言葉なのでご存知でしょう。 いいと思うことが悪いことだったり、悪いと思うことがいい原因になる。そういうことで一喜一憂せず、悪いからとじたばたしたり悩んだりせず、人として今まで信じてきたことを、凡事徹底することが大切なのではないかと思います。 ――尊敬する人は。 木下: 安岡正篤さん、中村天風さんが大好きです。稲盛和夫さんも好きですね。 ――中小企業の社長さんにお薦めの本は。 木下: 清水馨八郎先生の『日本の心』です。 ――本日は、お忙しいなかありがとうございました。 木下: こちらこそありがとうございました。 |
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木下社長の温和で誠実なお人柄が伝わってくるインタビューでした。自社のことだけでなく、金沢の、日本の、世界の和食業界の発展に真摯に取り組み尽力されている姿勢が、大変印象的でした。取材前に、銀座店でランチをいただきました。カウンターの職人さんに、とても心のこもった接客をしていただきながら、美味しいお寿司に心もおなかも大満足! でした。 取材:2008/08/08
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