「恭しく進む」〜足の裏で大地を踏みしめて着実に
株式会社ハートランド
お客様の笑顔に出会うために……(株)ハートランド。
 
らーめん むつみ屋
「愛の貧乏脱出大作戦(テレビ東京系列)の出演により「むつみ屋」の名は全国区に。

 
プロフィール
竹 麓輔(たけ・ろくすけ)

1957年9月生まれ。大手学習塾の管理職の時に副業で始めたラーメン店が人気を呼び、生業のサラリーマンを退職して「らーめん むつみ屋」を立ち上げた。2000年6月に株式会社ハートランドを設立して年商100億円の企業に育てている。日本国内のみならず、アメリカ・中国にまで出店。お客様の笑顔に出会うために、飲食業界の風雲児として、これからも我々は新風を巻き起こしながら走り続け、売上高500億円の総合飲食業を目指す。



   
【3つのキーワード】
 
1.逆境からの再出発〜再起をかけた情熱と挑戦
2.原点回帰〜北海道ラーメンの美味しさを伝えたい
3.走れば風が吹く〜信頼できる仲間達と共に
 
 
【起業の頃について】

――起業のきっかけは。

竹:
 30歳までに何かやりたくて、サラリーマン時代に副業でラーメン屋を始めて大当たりしました。ところが、そんな甘い世界ではなくて、きちんと会計をやっていなかったものですから、借金までできておかしくなってしまい、何にもなくなってしまいました。周りの人にも迷惑をかけたし、離婚もして、自分の親とも離れ、とにかく人に会うのも嫌でした。
 そんなときに、ある社長が「ここからもう一回人生やり直せ」とログハウスを無償で貸してくださいました。問屋さんも「当面はお金いらないから、あんたならきっとやってくれるだろう」と応援してくれました。
 1996年12月24日に、北海道月形町にむつみ屋1号店をオープンしました。本当に何もないところで、はじめは食べていくのも大変でした。まず生きていかなければということだけで、周りにこれ以上迷惑をかけられないから、早く自立しなくてはと、毎日必死でした。
 そうこうしているうちに、北海道を旅している人たちに声をかけたり、弟子入りしたいという人が現れたりして、一人二人と仲間が増えていきました。自分一人ではなくなり、そういう連中の人生を預かっているのだから、ちゃんとやらなければいけないなと。
 
 
――会社が成長したきっかけは。

竹:
 1997年の道新スポーツ主催「あなたが選ぶラーメン大賞」の受賞をきっかけに、沢山のお客様が来てくださるようになり、道内に支店を出しました。
 1998年に、本州1号店を川崎市溝の口にオープンしてから、マスコミにも多く取り上げられるようになりました。
 2000年に、みのもんたさんの『愛の貧乏脱出大作戦』というテレビ番組に出演して、それで東京でもすごく有名になりました。視聴率を稼ぎまして、瞬く間に全国区になってしまって。目立たないようにと思って変装したら、それがまた目立って逆効果(笑)。あれが一つの運命でしたね。2002年放映の『ラーメンカップ2002』では、日本を代表するラーメン職人10人に選ばれました。


――FC店舗も増えていきましたね。

竹:
 開業希望者には、どんなに忙しくても必ず会って話をしました。1999年に笹塚店(現祐天寺店)をはじめ関東地方に続々とFC店がオープンしました。
 北海道月形に、スープ工房を建設しました。ラーメンの要であるスープを工房で製造・冷凍し、各地に直送しています。FC店ではスープを解凍するだけで、むつみ屋の味を安定して提供できる体制を整えたことで、スピード出店を可能としたのです。


【経営について】

――今は何店舗ありますか。

竹:
 ひところは150店ありましたが、今は100店舗ぐらいです。結局、FC店もすべてに渡ってお金の管理ができていませんでした。サラリーマンからいきなり起業家になる人たちが多かったのですね。いくら指導しても、シフトの体制であったり、レジにあるお金を自分のお金だと錯覚して、そのままわしづかみにして夜飲みに行ってしまったり。そういう人たちが非常に多かったです。
 材料を無駄にすると原価率がすぐ上がりますから、そういったことで、私たちもロイヤリティどころか、材料代ももらえない。あっという間に、未収もあっという間に膨らんでしまいました。もうこれでは駄目だと、どんどんやめさせていきました。今残っているのは、健全な、一緒にやっていってくれる人たちです。
 去年の夏辺りから新しいハートランドに生まれ変わろう、ということで、いろいろなことを見直し始めているところです。一度しかない人生、縁を大事にしていきたいと思いながらやるようになってから、良くなってきました。おかげさまで、売上も伸び、立て直しが奏効しています。
 

――これからはどんなことを。

竹:
 これからは原点回帰。この数年は、今あるラーメンに特化していきます。中心が北海道ですから、北海道を前面に出したことはしっかりやっていきたいと思っています。
 われわれが今やらなければいけないのは、直接的にお金を稼ぐこと。後ろ向きだけでなく前向きなこともたくさんしめてしまって、また作り直そうということで、いろいろなことでカットしていきました。まずは出るところを止めようと。もたもたしているとすぐに赤字になってしまいます。そういったことでいろいろなものにメスを入れました。
 今は本当に仕事が楽しくて、ここ数年。特に今年に入ってから、もうやるんだと。僕は北海道の人間なので、開拓者魂といいますか、必ず成せば成る、と思っています。黙って人が何かをやってくれるだろう、風が吹くのを待つなんて、とてもできない。走れば風が吹くじゃないか。僕はそんな生き方をしているつもりです。
 これから夢を描けるようになって、それならば、小さくしてへこむ必要はない。やっといろいろなことが吹っ切れたので、これから後輩たちと一緒に頑張っていきたいですね。


【会計・財務について】

――会計については。

竹:
 顧問会計事務所の先生方の指導の下で、いろいろと手を入れてもらっている状態です。こまめに来てよく指導していただいています。去年から足を1回止めて、随分と見直しをしました。半分ぐらいのエネルギーで、以前と同じぐらいの会社の規模を動かせるようになりました。それだけ無駄が多かったのですね。どんどん改革していきたいと思っているので、もっと知恵を借りて変えていきたいと思っています。
 おかげさまで、会社としては売上が上がってきています。売上が上がると元気が出るんですね、げんきんなもので(笑)。どちらが先かなと思いながら。


――会計の勉強はどのように。

竹:
 起業したころは、自分で会計から給与計算から、あれもしてこれもしていましたので、自然に覚えたという感じです。


――資金調達する上で大事なことは。

竹:
 やはりきちんとビジョンを持たないといけませんね。自分たちの体力に合わせた返済方法、可能な資金調達をしていかないと。何でも貸してくれるから、審査も緩いから、そんなことで頼りすぎていたら、やはり痛い目にあいます。最近はちゃんと見直そうということで、むしろ、早く借金は返してしまいたいと。


【パーソナル情報について】

――竹麓輔というのは芸名だとか。

竹:
 昔はみんなから「竹」と呼ばれていました。月形に入ってもんもんとしている時に、ある方に「名前を変えてみたら」と言われて、「竹麓輔」という名前を考えたら、すごくいい名前だと。


――好きな言葉は。

竹:
 「恭しく進む」です。
 きちんと自分の足の裏で、今歩いているところを感じながら慎重に進みなさい、というような意味です。
 調子に乗って「行け」と信号ラッパばかり吹いて、「ああ、疲れた」と思うときに、大体失敗するんですよ。だから、信号ラッパを吹きつつも、この「恭しく進む」という気持ちを思い起こすようにしています。


――尊敬する人は。

竹:
 坂本龍馬が好きです。
 ああいう一直線な生き方に惹かれます。若くして亡くなったでしょう。本当に純粋で。
 この間も鹿児島に行く機会があって、いろいろと彼のことを書いたものを見て感動して、体の震えが止まりませんでした。ものすごく大きな志で、本当にこの人たちがついこの間までいたのだ、そこに立っていたのだと思うと、おれは一体何をやっているんだろうと思いました。純粋な大きな志のために体を張って、あの時代を、激動の時代を生き抜いて。


成功はゴミ箱の中に ――中小企業の社長にお薦めの本は。

竹:
  レイ.A.クロック『成功はゴミ箱の中に』です。
  50代でマクドナルドのビジネスを始められ、すごいと思います。今の時代の50代ではないですから。


――ありがとうございました。

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税理士 内田麻由子
インタビュー
内田麻由子会計事務所
税理士 内田麻由子
 
取材後記 竹社長は、温かく人を包み込むような優しさと、リーダーとしてのオーラ・情熱を併せ持った、とても魅力的な方です。
 逆境のときに、もうだめだと思うか、よしもう一度やるぞと思うか。人のせいにするか、まわりの人に感謝して黙々と努力するか。考え方次第で、運は切り開けるのだと思いました。
 取材前日、事務所近くの「むつみ屋 青山一丁目店」へ行ってみました。北海道の大自然の味と愛情がたっぷりつまった、とても美味しいラーメンでした。

取材:2008/06/03