さらなる信託の進展には何が必要か
(2016年10月)
1.信託が実務に浸透しないのはなぜか
いわゆる家族信託が実務で浸透しているかというと、まだそこまでの段階にはないようです。もちろん熱心な税理士や司法書士などの専門は積極的に提案しています。そして実際に家族信託を実行している経営者や資産家ももちろんいますが、遺言や生前贈与に比べると家族信託はまだ一般に馴染みの手法とは言えません。 しかし、信託をテーマにした書籍やセミナーは盛んです。信託を使った財産移転、成年後見に代替する財産管理、遺言代替手法、節税手法など今までにない手法が提案され、期待の大きさが感じられます。 そうすると現実に実行されている家族信託が少ないことと、業界の注目度の高さのギャップは何が原因なのでしょうか。 2 理解されていない信託の基本
法律としての理解が進んでいないところにも利用をためらう面があるのかもしれません。 例えば信託を活用すれば受託者が議決権を独占できるかのような記述を見受けます。仮に長男を受託者にすれば株主として議決権を行使することになりますが、それはあくまで受益者のためであり、受益者の意思を実現する結果として議決権を行使するにすぎません。 もちろん信託の内容として議決権の行使を信託することはできますし、議決権の行使を受託者の意思に任せることも可能です。配当期待権と議決権が分離することは会社法とは矛盾しないと解釈されています。しかしそれはあくまで受益者のために委託者から託されている議決権です。そもそも信託では利益相反が禁止されています。受託者は、受益者の利益に反した行為を行うことはできません。議決権を確保するために受託者になるという発想は信託からはあり得ないのです。 さらに、財産を信託受益権に転換しておけば、遺留分の問題を遮断できるというような解説もあります。しかし受益権を取得することが遺留分の対象になるのであり、遺留分の問題が生じないと言うことはあり得ません。ただし、受益者連続信託や複層化した信託でどのように遺留分減殺請求が行われるのかという課題があるのは事実です。 信託の基本思想が理解されていないために都合の良い解釈が出回っているのも、一般の人が信託の利用に躊躇してしまう理由なのかも知れません。専門家もよくわからず結局実行されないままになってしまう。そのような実務の空気があるのかも知れません。 3 信託は必要な知識
信託の基本に立ち返ることが必要です。信託の主人公は受益者であること、受託者には大きな責任があることを理解することが必要です。 基本さえ理解すれば、信託は、欠点が見あたらないほど優れた財産管理制度です。他の手法では解決できない事案や税負担の問題が解消できる有力な制度です。信託を提案しなかったが為に顧客が損失を被ったとなれば、法律上の任務懈怠がなくても専門家として自信を失ってしまいます。 従来の相続・事業承継や資産防衛対策の一つに、信託を加えるべきであることに疑問の余地はありません。
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