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12.中小企業経営者の必要保障額


 中小企業経営者を対象として法人が生命保険に加入する際,その枠組みは概ね表1のとおりである。

表1
  死亡に備えて 生 存 中
事業保障 経営者死亡の際の企業の継続性確保のための資金準備 取引先の倒産などに備えた含み資産の形成
退  職 死亡時の退職慰労金弔慰金準備 経営者退任の際の退職慰労金準備

 退職慰労金準備の際の保険金額設定については前章まで整理してきた。

 ここでは,表1の経営者死亡の際の事業保障としての必要保険金額の設定について整理しよう。


1)経営者に万一のことがあった場合の影響を整理する

 中小企業において経営者=社長が死亡するような事態になった場合の影響は,様々に想定できる。そこでそれらを列挙してみよう。

・売上の減少
・買掛金など支払条件の悪化
・借入金の返済を迫られる,あるいは条件の悪化(自宅を担保に入れる等)
・役員や従業員の退職(人材流出,退職金支払いによる資金繰りへの影響)
新製品開発の中断などの事業への影響,ここから派生する設備投資による当初予想収益の悪化,そのための借入返済への影響
・社長の遺族の生活資金

 これらは,それぞれの企業によって個別的に影響度合いは相違する。社長に万一のことがあった場合,売上が減少する場合も多いだろうが,たとえば小売店で,立地条件と商品が調達できるのであれば,影響は売上面では特にない場合もあるだろう。しかし,買掛金などの支払条件の面では,従来手形支払いであったものが,突然現金での支払いを要求されるというような悪化として大きく影響があるということも考えられる。

 いずれにしろ,経営者の必要保障額を事業保障の観点で設定する場合,列挙したものを中心にそれぞれの影響度合いを自身の企業において算定する必要がある。

 従来,保険業界の一部では,「買掛金など短期支払債務,人件費の1年分」が,経営者死亡の際の必要保障額であるという簡易的な説明を行ってきた経緯があるが,実際には企業の置かれた状況によって事情が違いすぎるため,この簡易説明の考え方で設定している中小企業はほとんどないと思われる。

 結局のところ,考慮すべき対象は,経営者死亡の際に企業を継続することを前提として,
(1)当面の資金繰りへの影響、
(2)長期借入金の返済を考慮する必要があるかどうか
の2点が考えられるのである。

 まず,(1)の当面の資金繰りであるが,ここには,短期の借入金の返済負担の問題も,人件費など販売管理費一般の支払い,支払条件の悪化(買掛金の支払いについて手形の支払いを現金支払いにすることや,手形サイトの短縮を求められるなど)や役員・従業員の退職による社員の流出の際の退職金支払いの影響も,集中的に現れると考えられる。したがって,この金額を算定すれば必要保障額の目安となるということになる。

 また,(2)の長期借入金の返済を保険でカバーするかどうかについては,中期的に資金繰りに問題があるかどうかによる。もともと,事業のために設備投資などの理由により長期の借入れをしていたわけであるから,その投資に対応する事業計画上の回収が,経営者死亡によっても影響がなく予定通りであれば,そのまま金銭消費貸借契約どおりに返済していくことができる。しかし経営者死亡によって,この投資による事業上の収益が予想通り確保できない可能性が強い場合には,長期の借入金についても,経営者死亡の際の必要保障額の算定に入れる必要があることになるわけである。

 したがって,これらは個別企業の状況によって判断すべき事項となる。

 概ね整理すると以下のようになる。経営者死亡において,その後も事業を継続していくことを前提としては,(1)資金繰りへの影響の算定,(2)長期借入金の取扱いの決定によって必要保障額を算出する。

 他方,経営者死亡の際には事業を停止・精算するというような場合には,(1)修正バランスシート(時価評価)の作成による超過負債分の金額算定,(2)役員・従業員の退職金の財源確保を考慮して必要保障額を算出することになる。



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