「賞与」の支払いでトラブらないための法律知識
   
作成日:10/23/2006
提供元:月刊 経理WOMAN
  


「賞与」の支払いでトラブらないための法律知識




 12月に賞与を支給する会社は一般的に多いでしょう。ところでこの賞与、会社の判断で支給したりしなかったり、あるいは、人によって大幅に金額を増減することは許されるのでしょうか? ここでは「賞与」の支払いをめぐる法律知識を分かりやすく解説します。

◆賞与の支払い方、こんなトラブルに気をつけよう!

 日本の多くの会社では、毎年決まった時季(一般的には夏季、冬季の年2回)に賞与を支払います。デパートや家電店の店頭でも、その時季になると「ボーナス一括払い」を看板にした商戦が始まります。もらう側からすれば、とても楽しみですし、もらうのを当然のことと考えがちです。賞与を見越して大きな買い物をしたり、住宅ローンを組む際にも、賞与での返済を併用したりする人も多いでしょう。

 ところが、長期間に渡る景気の低迷を背景として、「経営事情の悪化などが原因で賞与が支払われない」というケースも起きています。人事・賃金制度をスリム化して人材資源の効率化が図られ、会社側としては経営改革が実現されたとしても、労働者からすると、〝もらえるはずの賞与が期待どおりもらえなかった〟ということになりかねないのです。

 また、生活費の一部として捉え、保証されて当然と考えられてきた賞与を、賃金体系の見直しの中で業績連動タイプに変えていく会社も多くなっています。そうしたケースを見てみても、賞与に対する企業での捉え方が変わりつつあることが分かります。


◆そもそも「賞与」とは何?

 賞与も、労働基準法上の賃金に該当します(労基法第11条)。

 賃金は通貨で、直接労働者にその全額を支払わなければなりません(労基法第24条第1項)。また、臨時に支払う賃金・賞与に準ずるものを除いては、毎月1回以上、一定の期日に支払わなければならないと定められています。(労基法第24条第2項)。

 臨時に支払う賃金・賞与については、労基法施行規則第8条の中で「一箇月を超える期間にわたる事由によって算定される奨励加給金又は能率手当」とあります。通達でも、賞与とは、「定期又は臨時に、原則として労働者の勤務成績に応じて支給されるものであって、その支給額が予め確定されていないものをいうこと。定期に支給され、かつその支給額が確定しているものは、名称の如何にかかわらず、これを賞与とはみなさないこと」(昭和22・9・13発基第17号)とされています。

 したがって、業績によって賞与の支給額に多少が生じることや、あるいはまったく支給されないこともありえる、というのが賞与の法律上の性格といえるでしょう。

 賞与の経済的な性格としては、「賃金後払い」とする考え方や「収益の分配」とする考え方などありますが、毎月払いの賃金とは違って、会社が労働者に必ず支払わなければならないものではなく、支給の有無や、支払う場合の支給基準は、原則として自由に定められるものなのです。


◆賞与のルールとは?

 賞与がある会社の場合、その基準を定めなければなりません。「ウチの会社はいつも社長が個人ごとに、その都度金額を決めて支給している」というケースも耳にしますが、これでは、支給できない経営事情があった場合に合理的な対処ができかねますし、基準が明らかでなく公平性を欠くため、労働者のやる気を引き出すことはできません。

 実務的には、賞与の支払いのある場合は会社のルールとなりますから、就業規則に支給基準を規定しておくことが必要です。10人未満の会社で、就業規則をまだ作成していないという場合は、個別の労働契約において、書面で明示しておくべきです。

 定めるべきルールとしては、支給基準(支給にかかる査定対象期間や査定方法)、支給方法、支給期日、支給対象者、などです。

 これらの規定があって初めて、支給する必要のない労働者や、逆に支給されなかったが請求できるはずの労働者が明確になります。

 ここでは、査定の方法や具体的な記載に関しては触れませんが、あまり詳しく規定し過ぎても、後で身動きが取れなくなる場合がありますから、運用の幅を持たせた規定がおすすめです。

 以下に、トラブル防止のために知っておきたい法律知識を具体的に解説していくことにしましょう。


◆賞与支給日直前に退職する労働者にも支給すべき?

 さて、賞与に関するトラブルでもっとも多いと思われるのが、支給日直前に退職する労働者への対応です。これについて、考えてみましょう。

 賞与を年2回、6月と12月に支給している会社で、6月賞与の査定対象期間は、前年11月1日から当年4月30日まで、12月賞与は、5月1日から10月31日までとしているケースを例に取ります。

 今年の6月に賞与を支給したところ、今頃になって、4月末日で退職した労働者が「6月分の賞与の査定対象期間には在籍していたのだから、自分にも賞与をもらう権利がある」といってきた場合、支給日に在籍していない者にも、賞与は支給しなければならないのでしょうか?

 ここで重要なのが就業規則上の規定です。「賞与は支給日現在に在籍する者に支給する」あるいは「支給日現在に在籍しない者には支給しない」と明記されているかどうかです。この規定があれば、退職者には賞与を支給しなくても、労基法違反でもなく、契約不履行にもなりません。

 しかし、この定めがない場合はどうでしょう。この会社に、支給日に在籍していない者には賞与を支給しないという慣例があり、労働者にもそれが周知されていた場合は、退職者からの請求権は退けられるでしょうが、過去において支給した例もあるという場合は、請求権をめぐってトラブルは拡大します。

 支給日在籍を賞与の支給要件としておくのは、トラブル防止の第一歩です。

 ただし、注意しなければならないのは、賞与の支給日が通常予定していた時期より遅れたために、本来なら在籍していたはずの労働者が、退職に至ったためにもらえなくなったというケースです。

 判例では、「賞与を受給する権利を一方的に奪うものである」として、退職者からの賞与の請求を認めているものがあります(ニプロ医工事件 昭和60・3・12最高裁判決)。


◆賞与支給日直前に解雇した労働者にも支給しなくて良い?

 就業規則に賞与支給の在籍要件を明記したとして、次に考えてみたいのは、支給日前に会社が解雇した労働者の扱いです。

 賞与支給日があらかじめ分かっているのに自己の都合で退職した労働者については、右で見てきたように、就業規則の規定を根拠に、賞与不支給には合理性があります。しかし、支給日に在籍していないことの原因が労働者自身の都合ではなく、解雇されたことによって支給日に在籍することができなくなった、というケースはどうでしょうか。

 一般に支給日の在籍を要件としている場合、労働者の退職の理由とは関係なく「支給日において会社との雇用関係がある者を支給対象とする」という意味合いと解されますから、自己都合退職か会社都合による解雇かあるいは懲戒解雇かということは、在籍要件に影響しません。したがって、支給しなくても良い、ということになります。

 しかし、経営悪化という事情があったにしても、会社が、賞与の支給を免れることを目的として支給日直前に解雇したような場合は、解雇そのものの有効性が問われ、あるいは、公序良俗に反する、という点で問題です。

 したがって、懲戒解雇や諭旨解雇など労働者側に解雇される原因がある場合は別として、会社都合で解雇した場合には、在籍要件を満たしていなくとも、査定対象期間に応じて賞与を支給するのが妥当なケースもあります。

 このようなことにならないためにも、就業規則に、「賞与は、会社の業績によっては支給しないこともある」旨の記載を加えておくべきです。


◆賞与算定の際の出勤率の考え方

 次に、賞与算定の際によく起こりがちな出勤率に関してのトラブルについて解説します。

1)年次有給休暇と出勤率

 賞与算定の基準については、会社によりさまざまな定め方をしていますが、支給基準としてよく挙げられているのが出勤率です。

 中でも、もっとも注意しなければならないのは「年次有給休暇」の取扱いです。労基法は、年休を使用する権利を定めているわけですから、それを使ったことを理由としての賃金の減額やその他不利益な取扱いをすることは禁じられています。

 したがって、賞与額の算定の際には、年休を取得した日を欠勤扱いとして出勤率を算出することはできません。


2)産前産後、育児休業と出勤率

 次に注意を要するのは、産前産後休業や育児休業期間の取扱いです。

 賞与支給の対象者をたとえば出勤率90%以上とした場合、それ未満の者は不支給ということになります。このような出勤率条件を設けること自体には何ら違法性はなく、その目的は、「労働者の出勤率の向上、貢献度の評価により、より高い出勤率を確保することにあり、一応の経済合理性を有している」との裁判所の判断(平成10年、東朋学園事件、第2審)もあります。

 しかし、賞与査定の出勤率に関し、病気欠勤や遅刻・早退といった労働者の責めに帰すべき理由による不就労と区別なく、産前産後休業や育児休業をした日を欠勤日に加算した結果、規定の出勤率を下回って賞与が不支給になれば、労働者として被る不利益は小さくないでしょう。

 このような取扱いは公序良俗に反し、また基準法や育児休業法の趣旨にも反して、出産や育児の場合の継続勤務を抑制する恐れがあり、無効となる可能性は高いといえます。先の東朋学園事件でも、最高裁判決は、「(労働者は)多大の不利益を被り、その結果、(産前産後休業等の)権利等の行使を差し控えるなど権利行使を抑制し、法による保障の趣旨を失わせることとなる」といっています。

 しかしながら、産前産後休業、育児・介護休業期間は本来欠勤ではあるものの、年次有給休暇の付与に際しては出勤したものとみなすことにより、これを有利に取り扱うこととされています(昭和22・9・13発基第17号)が、この期間中の賃金支払いや、すべて一般の出勤として取り扱うべきことまでもを使用者に義務付けたものではありません。

 したがって、産前産後休業や育児休業などによる不就労期間については、賞与の額を一定の範囲内でその欠勤日数に応じて減額するという措置ならば、合理性はあるといえるでしょう。

 そもそも出勤率が高いことをどのように評価するか、という観点からも再考の余地はあります。業績査定においては、営業成績や生産量などのように明確に量把握できるものもあれば、客観的に数量で表わすことが困難なことも多くあります。

 当然ですが、査定の基準は明確であることが重要です。出勤率は労働者の勤務状況を数量的に把握できますから、これを賞与の査定に利用することは少なくありません。しかし、出勤率の高低が、業績貢献に直結するとは限らない職務もあります。そのような場合は、出勤率を査定基準にする必要はありません。賞与の性格により、また、賞与査定では何を評価すべきかによって、賞与という制度設計は会社ごとに異なってくるでしょう。


◆賞与の性格をはっきりとさせる

 初めにも述べましたが、労使間では賞与に対する期待は異なっています。労働者側にとっては、賞与は自分に対する評価の反映だと理解はしていても、現実には毎月の生活費を補うものだという考えも根付いています。

 これに対し、業績貢献度を基準に利益を公平に分配したいと考えるようになった会社側とのギャップこそが、トラブルの原因になります。会社にとっての賞与の性格を明確にするため、「利益配分一時金」「利益還元金」などという呼び方に変えてみるのも一法です。もちろん、呼称だけでなく支給基準なども再検討することが必要です。

 会社は、毎月の賃金を勝手に増減させたり、一方的、頻繁に賃金制度を変えたりするわけにはいきません。「賞与」こそ、法律で支払うことが義務付けられていないのですから、会社の裁量を大きくし、労働者にもそれが明確に伝わるような仕組みが望まれます。


〔月刊 経理WOMAN〕