目次 I−3


3 特別受益

1.特別受益の意義

 民法は、共同相続の場合における各相続人の相続分を一応法定することにより(法定相続分。なお、「一応」の語は、遺言により法定相続分と異なる相続分を指定し得る(指定相続分)ことを示唆する)、共同相続人間の実質的公平を図るとともに、その経済生活の安定を制度的に担保しようとしている。一方、一部の相続人が被相続人から特別な利益(特定目的の贈与、または遺贈)を受けているときは、当該贈与または遺贈は、実質的に見て、いわば“相続分の前渡し”の性格を有するものともいえる(被相続人が日常生活の中で推定相続人に対して行った贈与は、事実上、親族間の扶養義務(民877マル数字1参照)を体現したものと見ることもできる)。

 こうした制度趣旨を踏まえ、民法は、他の相続人に比べて被相続人から特別な利益を受けたと見られる相続人、すなわち「特別受益者」について、その受けた利益を原則として法定または指定相続分から控除すべきこととしている。


2.特別受益者の範囲

 現行法は、次に掲げる者を特別受益者としている(民903マル数字1)。

(1) 被相続人から遺贈を受けた者
(2) 被相続人から婚姻のために贈与を受けた者
(3) 被相続人から養子縁組のために贈与を受けた者
(4) 被相続人から生計の資本として贈与を受けた者

  (注) 「贈与」には、死因贈与(民554)を含む。

 なお、ある者が特別受益者に当たるか否かについては、以下の点に注意を要する。

(1) 限定承認または相続放棄をした者

 共同相続人全員が限定承認(民922以下)をした場合には特別受益者制度の適用があるのに対し、相続放棄(民938以下)をした者は、初め(相続開始の時)から相続人とならなかったものとみなされる(民939)から、特別受益者制度の適用を受けることはない。

(2) 代襲相続人

 代襲原因の発生後に被相続人から生前贈与を受けた代襲相続人は、特別受益者とされ得るのに対し、代襲原因の発生前の生前贈与については、被相続人からの“相続分の前渡し”とは言えないから特別受益に当たらないとするのが登記実務である(昭和32年8月28日民甲第1609号回答。ただし、共同相続人間の公平を図るという特別受益者制度の趣旨に照らし、相続開始の時に共同相続人である以上、当該生前贈与は特別受益に当たる、との見解もある)。

 なお、被代襲者が被相続人から特別受益となる生前贈与を受けていた場合(同時存在の原則(民994マル数字1)により、被代襲者が受遺者となる余地はない)にも、その代襲相続人について特別受益者制度の適用があると解するのが登記実務の立場である(昭和49年1月8日民三第242号回答)。この場合には、代襲相続人が被代襲者の特別受益を証明すれば足りる。

(3) 推定相続人となる前に生前贈与を受けていた者

 たとえば、被相続人Aがその子Bの内縁の夫Cに対し、生計の資本として贈与をした後、BCの婚姻を機にAがCを養子にした場合には、CはAの相続について特別受益者となる、との見解に立つ学説、審判例が多い。

(4) 相続人の配偶者、子

 いずれも被相続人の直接の相続人ではないから、原則として特別受益者とはならない。しかし、これらの者に対する遺贈または贈与が、実質的に見て相続人に対する遺贈または贈与と同視すべき事情があるときは、当該遺贈または贈与について特別受益者制度の適用があると解されている。


3.特別受益となる行為

 遺贈については、その目的を問わず、すべて特別受益となる。

 生前贈与については、次に掲げるとおりである。ただし、一部の(推定)相続人に対する生前贈与が特別受益に当たるか否かは、最終的には、各事例に即して判断せざるを得ない。

(1) 婚姻または養子縁組のための贈与

 主として、婚姻または養子縁組に際して被相続人から持参金、支度金等の名目でされた金品の贈与がこれに当たる。

 なお、結納金または挙式費用としての贈与が特別受益に当たるか否かについては、学説上の争いがある。このうち、挙式費用に関しては、特に高額な場合にのみ特別受益に当たるとする見解が有力とされる。

(2) 生計の資本としての贈与

 基本的には、受贈者である推定相続人が生計を維持するために用いることを予定して行われた贈与を指す。すなわち、居住用・事業用の不動産またはその資金の贈与が典型であるが、その他にも会社設立・運転資金や、不動産を無償で使用させることなど、その対象は相当広範にわたる。

 ここで問題となるのは、高等教育を受けさせるための財産上の給付(高等学校、専門(専修)学校、大学(短期大学を含む)、大学院等の入学金、授業料その他諸費用)の取扱いであるが、被相続人の扶養義務の範囲に属するものと認められるか否かをその社会的地位、資産状態等に即して判断し、その範囲を超えない限りは特別受益に当たらないと解するのが妥当とされる。

 

目次 次ページ