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(4) 契約書作成のポイント

 契約書の内容を検討する必要があることは前述のとおりですが、契約書の形式面がきちんと整えられているかどうかも重要なポイントです。形式面が整っていない契約書は有効とならず、トラブル発生の際には、ただの紙切れと化してしまう可能性があります。


[1] 署名・記名押印

 契約書は、契約当事者の「署名」又は「記名押印」がされて有効な契約書となります。

 「署名」とは、当事者自らが自己の氏名を記載することをいいます。つまり、本人自身のサインのことをいいます。

 「記名」とは、氏名を彫ったゴム印を捺印したり、パソコンから出力した名前のことをいいます。つまり、本人自身が署名するのではなく、書類に名前が記載されているものをいいます。

 契約書には、本人の署名又は記名捺印をする必要があり、法律上は、本人の署名がある場合は、捺印がなくても有効に契約は成立することになります。実際に裁判で争いになった場合には、その契約の有効性について慎重な検討がなされる可能性が高くなるため、実務上は、署名がある場合であっても、捺印をしておく必要性は高いといえます。

 記名の場合には、必ず捺印が必要になります。当事者が法人や個人事業者の場合には、自署されるケースはほとんどなく、記名捺印する場合が多いでしょう。これは、会社法32条により、会社法中署名すべき場合においては記名捺印をもって署名に代えることができると定められているためです。

 捺印する印鑑は認め印でも有効ですが、裁判になった際に、実印が捺印されている方が書類の有効性が争われる危険性は低くなります。特に、契約の相手方が個人の場合は、実印を捺印してもらうことをお薦めします。

 実印とは、個人の場合は、市区町村の役所に登録した印鑑のことをいい、法人の場合は、法務局に登録した印鑑のことをいいます。実印は、印鑑証明書により、実印かどうかを確認することができます。印鑑証明書は、原則本人しか取得することができないので、本人かどうかを確認するためには、契約書に実印を捺印してもらい、その印鑑証明書の提出を要求するとよいでしょう。捺印された印鑑の印影と印鑑証明書の印影を照合することで、本人の実印かどうかを確認することができます。なお、最近ではさまざまな技術が発達しているため、実印の印影の一致だけをもって必ずその者が本人であるということを確信できるわけではありません。


[2] 当事者の表示

 契約書は、当事者の記載についても注意を要します。当事者は次のように表示します。

 i 個人の場合

 個人の場合は、当事者の住所・氏名をもって、当事者を特定します。この氏名については、本名だけでなく通称名でも問題ありません。ただし、その個人を特定できる名前でなければなりません。

大阪市北区●●1丁目1番1号
  甲  野   太  郎  (印鑑)

 個人事業主の場合には、氏名の前に屋号を表示することをお薦めします。

大阪市北区●●1丁目1番1号
 甲  野  商  店
  甲  野   太  郎  (印鑑)

 ii 法人の場合

 法人の場合には、本店、商号、権限ある代表者の肩書き、その代表者の氏名を記載する必要があります。

大阪市北区●●1丁目1番1号
 株式会社 甲 野 商 事
  代表取締役 甲  野  太 郎

 当事者が、法人の場合は、その代表者が実際に代表権限を有するかどうかを確認する必要があります。名刺や企業案内、ホームページで確認するだけではなく、相手方の会社の登記簿謄本を取得し、登記簿上の代表者かどうかを確認することをお薦めします。

 iii 代理人の場合

 代理人が契約書に署名又は記名押印する場合には、その旨の表示をする必要があります。また、その者がその契約締結につき代理する権限を有するかどうかについては、委任状で確認する必要があります。

大阪市北区●●1丁目1番1号
 甲  野  太  郎
大阪市北区●●1丁目2番2号
 上記代理人 甲  野  花  子

 iv 未成年者の場合

 未成年者が契約の当事者となる場合には、親権者(両親)の同意を得るか、親権者が未成年者に代わって契約をする必要があります。

大阪市北区●●1丁目1番1号
 甲  野  太  郎
同所同番同号
 上記法定代理人 甲 野 一 郎(父)
  甲 野 花 子(母)


[3] 契約書の名称

 契約書には、その契約書の表題を見ただけで、どのような契約の内容かを理解することができるような名称を付けます。たとえば、物の売買に関する契約であれば、「売買契約書」、不動産の賃貸借契約に関する契約であれば、「不動産賃貸借契約書」といった表題をつけます。ただし、この表題については、法律上、特に効果が定められているわけではありません。契約書は、契約書の表題よりも、内容が重視されています。たとえば、「契約書」という名前の表題でも問題ありせんし、「協定書」「合意書」などの表題であっても、法律上の効果は同じです。

 また、「念書」や「覚書」という表題をつけ、一方当事者から相手方へ差し入れる形式の文書もよくみられます。契約はお互いに合意することで成立するものですから、一方当事者から相手方への差し入れする形式では有効に成立しないようにも思えますが、金銭消費貸借契約のように、契約成立後に一方当事者が優越的立場に立つような場合には、一方当事者が自分の義務の履行を承認する形式の書面を相手方に差し入れる形式の契約書も有効です。

念  書
平成●年●月●日
甲 野 太 郎 殿
乙  川  花  子(印鑑)
 私は、下記事項について、下記のとおり遵守することを貴殿に対し誓約し、後日の証として本念書1通を差し入れ致します。

 この差し入れ形式の契約書の場合は、一方当事者が義務を負うことを相手方に約束しているのみで、その相手方の義務については一切記載されません。この場合、相手方は、何らの義務を負わないものではありません。当然に法律上に規定された義務は負います。この形式の契約書はやはり、差し入れた側にとって不利な契約内容となるケースが多く見られますので、極力、当事者双方が両者の権利義務を記載した契約書を作成し、両当事者が記名捺印することをお薦めします。


[4] 契約書の通数

 契約書の作成通数については、法律上の定めはありません。契約書は1通作成すれば、契約は有効に成立します。ただし、契約は、複数当事者が存在し、その当事者の双方が、契約書の原本を保有するべき立場といえますので、通常は、次のような条項を契約書に定め、契約当事者の人数分の契約書を作成します。

この契約の成立を証するため、本証2通を作成し、甲乙各自記名押印のうえ、各1通を保有する。

 また、この場合、それらの契約書はすべて正本といえますので、どの契約書にも、印紙税法で定められている金額の収入印紙を貼付する必要があります。

 契約書は1通作成すればよいのですから、複数の契約書を作成することにより、印紙税を余計に納める必要がでてきますが、やはり対等な関係で契約を締結している場合は、両当事者ともが契約書の正本を保管する必要があるでしょう。これは、相手方に勝手に契約書の内容を改ざんされることを予防するためです。また、対等な契約であることを印象づけることとなり、トラブル発生の際も、対等な関係で交渉をすすめやすくなるでしょう。


[5] 公正証書

 契約書を作成しても、その契約書をもって、即時に相手方に契約内容の履行の強制をすることはできません。相手方が契約内容を履行しない場合は、その契約書を証拠書類として、裁判所に訴えの提起をし、裁判所で勝訴判決を得た後でなければ、その契約内容について強制執行することはできません。これは、契約書が私文書であるためです。更に契約書の内容の効力を高めたい場合は、その契約内容について公正証書にすることをお薦めします。

 公正証書とは、公証役場で公証人が作成した契約書のことをいいます。公正証書を作成するには、公証人法で定めるところにより公証人手数料を支払う必要があります。

 次の場合には、契約書を公正証書で作成する必要があります。

事業用定期借地権設定契約
定期借地権契約で契約期間の更新を認めない旨の特約を締結する場合

 また、金銭の支払いを目的とした内容の公正証書は、民事執行法において、裁判所における確定判決と同じ効力が認められていますので、その契約に基づき裁判所に訴訟を提起することなく、その公正証書により強制執行することが可能です。たとえば、金銭消費貸借契約を公正証書で作成した場合に、相手方がその契約に基づく返済を滞った場合には、公正証書をもとに相手方の財産に強制執行することができます。ただし、その公正証書の内容に、契約違反の場合は強制執行を受けても異議はありませんという条項を入れる必要があります。

 

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