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II.会社をめぐる法律の基礎知識


1 契 約

 会社は、事業を営むために、日々さまざまな取引をします。その取引は、取引の相手方と何らかの「約束」を伴うものです。たとえば、原材料を購入しようとする際に、その原材料を売ってくれる相手方と「○○円で購入します。」という約束をします。また、その相手方は、「○○日までに、その商品を渡します。」という約束をします。このような約束が成立することによって、取引が成立しています。会社は取引をしなければ、事業を営むことができません。このようなさまざまな約束を、「契約」といいます。会社は、日々多くの契約の中で業務を行っています。契約は、法律に基づく行為ですので、どのような手続きをとった場合に契約が成立することになるのかを、理解しておく必要があります。また、会社が事業として行う行為やその事業のために行う行為は、「商行為」といわれます。

 会社が日常行う取引行為は、契約によって成立しています。その契約はどのように成立するのでしょうか。


(1) 意思表示

[1] 意思表示の原則

 契約は、当事者の意思表示の合致によって成立します。意思表示は、「申込」と「承諾」が必要であり、例えば、一方当事者は、「この車を買いたい」という意思表示(申込)をし、一方当事者が「この車を売る」という意思表示(承諾)をすることによって、意思表示が合致することになります。この意思表示の合致により契約は成立したことになり、互いに契約成立に基づく権利や義務を負います。

 意思表示は、その通知が相手方に到達したときに効力を生じます。契約には、「申込」の意思表示とそれに対する「承諾」の意思表示の双方が必要になりますから、一般的に「承諾」の意思表示が相手方に到達した時に契約が成立することになります(到達主義)。

 契約は、意思表示の合致で成立しますので、その意思表示が真意に基づくものでない場合等は、その意思表示を取り消しすることや、無効であると主張することができます。意思表示の無効を主張できる場合を次に説明していきます。


[2] 意思の欠缺(けんけつ)

 i 心裡留保

 その意思表示をした者が、真意ではない意思表示であると思いながら意思表示をした場合であっても、その意思表示の無効を主張することはできません。たとえば、冗談で「この車を100円で売ります!」と申込の意思表示した場合であっても、相手方が「100円で買います。」と承諾の意思表示をし、売買の契約が成立した場合には、冗談の意思表示であったことをもって、その契約の無効を主張することができません。ただし、相手方がその意思表示した者の真意を知っていたり、知ることができる場合であったときは、その意思表示は無効になります。つまり、意思表示を受けた相手方が、その意思表示が冗談であることを知っていたり、冗談であることを知ることができた者であった場合は、「この車を100円で売ります!」という申込の意思表示は無効となり、契約は成立しません。このように、自分自身は冗談のつもりでも、相手方に冗談だと理解されなければ、意思表示の無効を主張することができません。言葉に表現することは、責任を伴う可能性が高いのです。

 ii 虚偽表示

 相手方と通じてした虚偽の意思表示は無効になります。つまり、お互いに嘘だと理解しながら契約を締結した場合には、その契約は無効です。ただし、この虚偽の契約を信頼して新たに取引に入り、契約を締結した者に対しては、嘘の契約であったことを主張することができません。虚偽の契約を信頼して取引に入った者は、保護されるべき存在であるからです。

 iii 錯誤

 意思表示の重要な部分に錯誤があったときは、その意思表示は無効です。重要な部分とは、判例では、その点に関して錯誤に陥っていなければ、意思表示をせず、かつ、その意思表示しないであろうことが一般取引上の通念に照らし妥当であると認められるものとされています。ただし、重要な部分に錯誤があった場合であっても、その錯誤に陥った者に、重大な過失があった場合は、無効の主張をすることができません。つまり、錯誤に陥ったことについて、本人に大きな責任がある場合には、その意思表示の無効を主張することができません。


[3] 瑕疵ある意思表示

 i 強迫

 強迫されたことにより意思表示を行った場合は、その意思表示は取り消すことができます。強迫とは、「害悪を示して他人を畏怖させて無理強いをすること」です。そのような強迫による意思表示は、取り消すことができることとされており、その意思表示をした者が、「取り消す」という新たな意思表示をしない限り、有効に成立していることになります。これは、強迫により意思表示をした場合であっても、強迫状態から解放され、冷静な意思表示ができる状態で考えた場合に、その行為を取り消すか取り消さないかの判断の余地を与えたものです。

 また、強迫により意思表示をしたことによって契約が成立し、その契約が成立していることを信じて新たな取引に入った第三者に対しても、取消の意思表示を主張することができます。つまり、強迫による意思表示で成立した契約であることを知らずに新たに取引に入った第三者の権利は取消の意思表示がされた場合は、保護されることはありません。

 ii 詐欺

 詐欺により意思表示を行った場合は、その意思表示を取り消すことができます。詐欺とは、「他人に騙されること、つまり欺瞞行為により錯誤に陥れられること」をいいます。詐欺による意思表示も、その意思表示をした者が、「取り消す」という新たな意思表示をしない限り、有効に成立していることになります。

 これは、強迫による意思表示の場合と同様の効果です。ただし、詐欺による意思表示の場合は、強迫による意思表示と異なり、その取消の意思表示の効果は、善意の第三者に対抗することができません。つまり、詐欺による意思表示による契約を信じて新たに取引に入った第三者が存在する場合は、その契約が詐欺によるものであることを新たな第三者に主張することができません。これは、詐欺に陥った場合には、強迫の場合よりも、その本人に過失があることから、取引の安全と本人の保護を比較し、取引の安全を保護すべきものとされています。

 このように、契約は意思表示の合致で成立しますが、その意思表示に関することは、このように法律でさまざまな規定がなされています。

 

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