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事例5 戸籍上に、本人も知らない相続人が判明したケース

 Eさんは東京の一等地で事務所用の収益物件を保有していました。

 ただし、その物件は後妻として夫から相続したもので、その所有権は建物はすべてEさんに、敷地は法定相続どおりEさんが2分の1、先妻の子(長男、長女)が各々4分の1ずつ相続していました。

 Eさんと先妻の子供達とはそれほど仲が悪いという状態ではなかったのですが、やはり義理の仲特有のモヤモヤ感はいつもありました。

 それだけに一つの収益物件を、このような遺産分割により相続登記を勧めた税理士の思惑が理解できないのでしたが…。

 本来、不動産はできるだけ単独で持つべきものです。

 当然のことながら不動産所得が発生し、その収益はすべてEさんが取得し、固定資産税等もすべてEさんが支払っていました。しかしながらEさんは敷地を「使用貸借」として利用し、先妻の子供達へ持分相当の地代の支払いはしていませんでした。

 Eさんと先妻の子供達との間における養子縁組はなく、このままでいけば将来Eさんの相続発生の際には問題が生じるおそれは明白でした。

 Eさんは長年自分の法定相続人は、亡くなった兄の息子(甥)1人だと理解していました。しかし、仮にいざEさんの相続が始まると、Eさんが先妻の子供達への遺贈遺言を書いていない限り、この物件はEさんの甥と、まったく他人である亡夫の先妻の子供達との共有物件となり、今以上に非常にややこしい状態となります。

 そこで、この状態を解決するためには

 (1)先妻の子供達への遺贈遺言作成
 (2)先妻の子供達への生前贈与
 (3)先妻の子供達への売却または子供達の持分の買取
 (4)先妻の子供達との同時売却のうえ持分比例で売却金分配

等が考えられます。

 Eさんの基本的な考え方は、先妻の子の長男にすべての財産を遺贈するつもりでしたが、自分自身がいつまで生きるかわからず、そのための生活資金確保と、また、血のつながっている甥にも若干の財産を生前贈与したい意向でした。そこで、この物件の売却をする決心をしました。幸いにも先妻の子供達も自分達もお金の要ることがあり、売却に同意してくれました。

 そして取引を決済し、各々持分に応じ売却金を分配しました。

 ここまでは相続対策として、事前の準備、整理は合格点です。

 次にEさんは遺言書を書く準備に入りました。念のため自分の法定相続人確認のため戸籍謄本を遡って取ってみますと、自分には本人の知らない戸籍上の両親がおり、兄弟姉妹、代襲相続人である甥、姪等合わせて別に12人の相続人がいることが判明しました。

 なぜか? 実は昔はたまにあるケースだったのです。Eさんは生まれたときから体が弱く、迷信で一度何処かへ捨てられ、預けられた子供を養女としてもらう、そうすれば一生丈夫な体で過ごせると。それでEさんの実の両親は戸籍上養父母となり、戸籍上の両親はまったく知らない人で、当然のことながらその子供達(Eさんからみて戸籍上の兄弟姉妹)もつながりのあることすら認識していなかったのです。

 世の中にはこんなこともあるのです。もしEさんが収益物件を売却することなく、また、遺言書作成等の相続対策の準備もしないで仮に相続開始となったとしたら、考えただけでゾッとします。なぜなら一つの物件を相続人13人と共有持分権者2人、計15人で対応しなくてはならないのですから。なおかつその15人は年齢、血族関係等バラバラ状態なのです。

 本来、他人の子が戸籍上実子の場合は問題があり、実際はそもそも12人の相続人がいるかどうか問われるところですが、その場合そのことの立証等が必要で、時間の経過具合から見ても本件の場合かなり複雑になるものと思われます。

 本件は結果オーライでしたが、誰でも同じことが起こらないとも限りません。ひょっとしてあなたの場合は大丈夫ですか?


問題点

 夫の残した収益不動産を、先妻の子供達(後妻本人と養子縁組なし)と共有持分で相続したことは大いに問題ありでした。本来不動産は基本的には単独所有すべきものです。せいぜい配偶者間においてまでが、共有もやむなしとされますが(贈与税の配偶者控除制度あり)、たとえ親子間、兄弟間であっても将来の相続事態により、その関係は複雑化する可能性が大です。ましてや本件のような戸籍上において「赤の他人同士」の共有物件は、将来の紛争のおそれが必至と思われます。

ワンポイント解説

 本件は人間の感情とは、決して節税等の金銭面だけで割り切れない義理の関係の難しさを物語っています。また日頃の付き合いのない相続人に対し、遺留分が無いとはいえ、完全に割り切れない思いも「血縁」のなせるところでしょうか。これからの高齢者は良い意味での割り切り、自分本位の生き方が必要だと思います。もちろんそのためには金銭的な裏づけが必要であることはいうまでもありません。

成功・失敗理由

 本件は、将来の紛争のおそれを事前に交通整理することにより、関係者のみならず自らも余裕のある生活を享受することとなりました。また遺言書を作成することにより、結果的に本人も知らない推定相続人の存在が判明しました。その結果、すべての相続人が遺留分権利者以外ゆえ、本人の遺志どおりの遺言が作成できました。

 

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