目次 1−5


POINT

  • 納税者に対し、財産債務調書の提出が任意ではなく義務であることを周知するようにしましょう。
  • 新しく判定の基準とされた、「財産額基準」には特に注意すること。
  • 財産債務調書の提出義務者が、財産債務調書制度の趣旨を十分に理解するよう努めるとともに、財産債務調書の作成にあたり、必要な資料、その収集方法等につき十分な説明をするようにしましょう。
  • 財産債務調書の提出義務があると考えられる者については、できる限り早期の準備体制をとるようにしましょう。
  • 財産債務調書への記載漏れ等が生じないように、提出義務者との間で、預かり資料確認書等の書面を作成し、相互に確認をするようにしましょう。
  • 収集した情報はいずれも重要な個人情報であることを忘れないこと。その保存に関しては万全を期すようにしましょう。
1 財産債務調書制度に対する税理士の役割
 

 財産債務調書の前身である財産債務明細書は、所得税法232条において提出が義務付けられていたものの、提出しない場合の罰則は規定されていませんでした。このため、納税者や関与する税理士が、提出は任意であると捉えたり、網羅的な記載は不要であると考えたりするケースがあり、法定文書としての実効性に欠けていました。

 これに対し、財産債務調書は国外送金等調書法6条の2において提出を義務付けたうえで、同法6条の3において、過少申告加算税、無申告加算税の軽減措置及び加重措置が設けられ、さらに同法7条2項において財産債務調書に対する質問検査権等が規定されました。これにより納税者や関与税理士は、財産債務調書は従来の財産債務明細書とは異なり、提出は義務であり正しい記載が必要であると考えることになるでしょう。

 ただ、本制度は創設されたばかりであり、納税者だけではなく税理士への周知も十分ではありません。そのため、制度の趣旨・内容を正しく理解せず、従来の財産債務明細書と同様、その提出は不要であると判断する人がいないとは限りません。

 本制度の周知に関しては、国に頼るだけではなく、税の専門家である我々税理士も納税者に対し積極的に対応すべきです。本制度の趣旨とその必要性、内容等について、納税者に詳細かつ丁寧に説明すべきです。そうすることで、適正な申告が担保されることとなり、ひいては申告納税制度の理念が守られることにつながるのです。

2 具体的な税理士の対応

(1)事前の周知と納税者との信頼関係の構築

 まず税理士は、財産債務調書制度が設けられ、財産債務調書の作成が義務付けられたことを納税者に周知する必要があります。その際には、新しく判定の基準とされた「財産額基準」について、特に周知する必要があります。実際のところ、所得がいくらであるかは確定申告で捕捉することが可能ですが、その納税者がどれくらいの財産を保有しているかということを正確に捕捉している税理士は少ないものと考えられます。また、納税者の意識として、税理士とはいえ、個人のすべての財産債務の状況を伝えることに抵抗を覚える人も少なくはないでしょう。

 しかしながら、提出義務の判定にあたっては、何よりも正確な財産の捕捉が必要となります。制度の趣旨、目的、内容等を丁寧に説明するとともに、納税者の抵抗感を拭うための信頼関係を構築することにも努めなければなりません。

 特に、所得の額が毎年2,000万円を超える納税者には、事前の早急な対応が必要となるでしょう。

(2)提出対象者の把握

 次に、財産債務調書の提出対象者となる可能性が高い納税者を速やかに把握し、該当する者について所有する財産の聴取りを行う必要があります。

 順序としては、制度の趣旨等を十分に説明したうえで、簡単な聴取りを行い、その時点で保有する財産の価額が3億円に届かないことが確実と見込まれる者については、その聴取りによる財産の状況を記録するに留めればよいでしょう。ただし、記録は個人情報であり、また数年後に必要となる可能性もあることから厳重に保存しておかなければなりません。

 簡単な聴取りの段階で、保有財産の価額が3億円以上になることが確実視され、又はその可能性がある納税者については、財産について個別に詳細な聴取りを行う必要があります。

(3)財産債務の把握

 財産債務調書の提出が必要と考えられる納税者に対しては、財産債務の内容について詳細な聴取りを行うことになります。この段階で、税理士は納税者に対して十分に制度の説明を行い、財産債務調書の提出義務があること、財産の内容については、納税者だけがその実態を把握しているため、調書の作成には納税者の協力が不可欠であること等につき理解し、納得してもらう必要があります。

 そのためには、財産債務調書の提出によるインセンティブや、財産債務の価額等を算定することが、今後の相続税対策等においても有用であること等を丁寧に説明する必要があります。

 次に、聴取りにより把握した財産債務について、その内容が分かるもの、あるいは見積価額の算定に必要な資料の提出を依頼することになります。納税者が資料の収集をスムーズに行えるよう、財産債務の種類ごとに、どのような資料を準備するのか、事前に一覧表にまとめておくなどの対応も考えるべきです。

 なお、その聴取りにあたっては、納税者の過度な負担とならないよう心掛けるべきです。国税庁の通達あるいはFAQの取扱いは、納税者の事務負担に相当配慮した内容となっています。実際の聴取りは、相続税の申告を行う場合と同様の方法で行うことが考えられますが、財産債務調書に記載する価額は、簡便な見積価額によることが一部認められているため、これらを効果的に利用すべきでしょう。

(4)財産債務調書の作成

 次に、納税者から収集した資料に基づき、財産債務の価額の算定を行います。財産債務調書は原則としてその年の12月31日現在の財産債務の価額等を記載するものであるため、翌年にならなければ資料が収集できないものもあります。ちょうど、この時期は、所得税の確定申告期と重なるため、収集したものから順次算定に着手するべきです。

 また、財産債務調書の提出義務者の多くは、ほぼ毎年提出することになるので、パソコンを活用するなどして翌年以後の作成事務の省力化が図れるような方法も検討すればよいでしょう。

(5)財産債務調書の提出

 財産債務調書の提出期限は所得税の確定申告書と同じ翌年3月15日です。また、過少申告加算税等の加減算措置等を考慮すると、できる限り、確定申告書と同時に提出することが望ましいといえます。

 とはいえ、財産債務調書の作成には多大な時間と労力を要するうえ、例えば提出期限の直前に作成が必要であることが判明した場合など、提出期限までにその提出が困難となるケースも想定されます。

 しかし、本制度の趣旨、あるいは過少申告加算税等の加減算措置等についても一定の配慮がなされていることから考えて、期限後の提出となったとしても、できる限り速やかに提出すべきです。

(6)財産債務調書の修正、再提出

 提出した財産債務調書の内容に、記載漏れや価額等の誤りがあった場合には、速やかに内容を修正した財産債務調書を提出します。

 過少申告加算税等の加重措置は、提出期限内に財産債務調書の提出がないとき、提出期限内に提出された財産債務調書に修正申告等の基因となる財産債務の記載がないときに加え、「財産債務調書に記載すべき事項のうち重要なものの記載が不十分であると認められるとき」についても、その財産債務に関する申告漏れに係る部分の過少申告加算税等が、5%加重されるものです。

 つまり、財産債務の記載があっても、その記載が不十分である場合には加重されるおそれもあるため、記載漏れや誤りが発見された場合には速やかに修正した財産債務調書を提出するべきです。また、数年前から記載が漏れていたことに後日気付いた場合には、記載が漏れていたすべての年分の財産債務調書について修正、再提出が必要となります。

3 その他留意すべき事項

 財産債務調書は、これまでの財債債務明細書と異なり、法定調書として、税理士が作成、提出を行う場合には税理士の署名、押印が必要となるものであり、作成にあたっての税理士の責任は重いと考えられます。その意味からも、納税者との信頼関係を構築し、財産債務調書の正しい記載に努めなければなりません。

 また、財産債務調書を期限までに提出しないこと等による、過少申告加算税等の加重措置についての説明が不十分な場合、その責任を問われるリスクもあります。

 さらに、財産債務調書作成にあたり収集した個人情報の管理についても、その情報が流失するおそれのないよう、その保管に十分配慮しなければなりません。


目次