目次 1−1


1 創設の経緯(財産債務明細書の問題点)

 財産債務明細書の提出制度は、「高額所得者の貸借対照表の提出」とのシャウプ勧告により、昭和25年税制改正において富裕税法の創設とともに導入されました。導入当初は、一定の未提出者に対し、1万円の加算税が徴収されていた点は特筆すべきです。その後、数次の改変を経て、昭和47年からは現在に至るまで、所得基準が2,000万円に据え置かれてきました。またその提出は、所得税法232条により義務付けされていました。

 財産債務明細書の趣旨については、「一般に高額所得階層の者になれば、所得の発生も多様化し、特に配当所得等資産所得のウエイトが高くなるのが通常であり、また、これらの所得階層の者においては、年間のフローとしての所得は、保有する資産と密接な関係にあるといえます。このような事情から、適正な課税を確保するための補助的な手段として、一定の高額所得者については、確定申告に際し財産債務の明細書の提出を求めることとされている。」と解説されています。このような解説、あるいは所得税法に規定されたこととの整合性から考えると、同制度は主として富裕層の適正な所得税課税を意識して制度化されたものといえます。

 しかしながら財産債務明細書は、その提出が義務付けられていたものの、記載の不備、虚偽記載あるいは未提出に対して、いわゆるペナルティが規定されていなかったため、結果として、不提出者等が数多く存在し、制度の趣旨が十分に達成されているとはいえない状況にありました。

 財務省の資料によると、平成25年の提出状況は、提出が必要な者(約36万人)に対し、実際に提出した者は約16万人、提出率は約44%に留まっています。この提出者数には、その記載に不備があった者あるいは虚偽記載の者も含まれるはずですから、実際には相当数の不備があったと考えられます。

 また、国外財産調書との比較においても、国外財産調書を提出した人(5,539人)で、財産債務明細書の提出義務がある者(約3,100人)のうち、約4割(約1,200人)は、財産債務明細書を提出していません。国外財産調書にはペナルティともいえる措置がありますが、財産債務明細書にはそのペナルティがないことが、大きな要因と考えられます。

 さらに、財産債務明細書の内容に関しても、保有財産の記載が概括的であり、実際に保有している資産の規模が不明である、といった問題も指摘されていました。

2 創設の趣旨

 財産債務調書制度は、こうした問題に対処することと、同時に相続税の適正公平な課税を確保する目的で創設されたとされています。

本制度の特徴は、以下の4点に集約されます。

(1)所得税法ではなく国外送金等調書法に規定されたこと
 財産債務明細書は、所得税法に規定されていました。これに対し、財産債務調書は、国外送金等調書法にその規定が置かれました。これにより、財産債務調書は、国外財産調書と同様の事項を記載することとされました。

(2)提出義務の判定に「財産額基準」が追加されたこと
 財産債務明細書の提出義務は、2,000万円の所得額基準により判定していましたが、財産債務調書は、所得額基準に加えて、新たに3億円(有価証券等は1億円)の財産額基準が設けられました。
 また、財産債務調書には、財産債務の区分からその所在等の記載までを要しますが、中でも時価の正確な記載が求められています。

(3)過少申告加算税等の加減算措置が講じられたこと
 現行の財産債務明細書は、提出が義務付けられてはいたものの、一方で未提出者等に対する罰則はなく、先にみたとおり、未提出者は4割を超えていました。
 財産債務調書は、直接的な罰則ではないものの、国外財産調書と同様、過少申告加算税等の加減算措置という間接的な方法で、その提出を担保することとしました。

(4)いわゆる税務調査の対象とされたこと
 財産債務明細書は、確定申告書提出の際、これに合わせて提出を義務付けられていたため、未提出あるいは記載に不備があった場合でも、所得税の税務調査の一環として指摘を受ける、あるいは電話でその提出を何度か督促される程度が実情でした。
 これに対し財産債務調書は、国外送金等調書法7条2項に質問検査権が規定されています。つまり、財産債務調書はそれだけが税務調査(法定監査)の対象となり、またその調査が適法なものである限りは、調査を受ける者には受忍義務があります。

 

 以上の特徴は、その意図が、富裕層の財産の保有に関する情報を、所得税と相続税とで縦横的に利用するためのもの(上記(1)及び(2))と、適正な執行を担保するためのもの(上記(3)及び(4))とに大別することができます。つまり財産債務調書制度創設の趣旨は、次の2点に集約されます。

  • 富裕層の財産を正確に捕捉し所得税と相続税の適正公平な課税を確保すること
  • 同制度を適正に執行するための措置を講じること

目次 次ページ