目次 第12章


第12章 医療機関の再生(M&Aと資金調達)

5.事業譲渡(営業譲渡) 12-5

 事業譲渡は近年において増加しつつあるM&A手法です。増加している要因としては、買い手側にとってのメリットがあることです。病院のM&Aの件数が増えるに伴い買い手側の要求が通りやすくなってきたともいえます。

 このメリットとは病院という事業財産のうち、好きなものを抜き取り引き継ぐことができる点にあります。これは事業譲渡が、事業の買い手側と引き継ぐ資産・負債の当事者との個別契約に基づくことによります。

 合併・法人の買取りなどは包括的に取得しますので、例えば、隠れ債務の発生等に対し、売り手に契約上のペナルティを設定すること等でこの点をヘッジします。しかし、実際に多額の隠れ債務が発生した場合は、売り手に要求しても回収できないことが多いものと考えられます。この点、事業譲渡の場合は不動産、機器、職員等個別に選んで引き継ぐことができますので上記のようなリスクの発生を未然に防ぐことができます。

 ただし、都道府県の許認可の問題で職員は全員引き継ぐことを要求されることが多い点にご留意下さい。

 なお、税務上の問題は合併と同様、のれんの発生の可能性がある点です。すなわち、個別財産評価上の評価額の合計額を上回る譲渡価額で設定された場合、その超過額はのれんとして会計上計上され、企業結合会計基準で取得後20年以内に毎決算期均等額以上の償却となります。税務上は耐用年数5年間の均等償却(1年以内は月割りをしない)となります。

 なお、不動産の登録免許税について合併の場合(税率2/1000)と違い、一般の譲渡(税率10/1000)扱いとなる点に留意して下さい。


6.民事再生による事業譲渡(営業譲渡) 12-6

(1) 民事再生の概要

 民事再生手続とは、裁判所の監督の下、債権者及び債務者双方の合意に基づき作成された再建計画に従って、債務超過となった債務者の指定期間内における当該債務者の事業再建を行うための再建型の法的整理手続です。

 医療法人については、法的整理手続のうち破産手続及び民事再生のみが可能です。従って、法的整理手続による医療法人の再建を考えた場合にはまず民事再生を行うことになります。


(2) 手続

 民事再生の手続は裁判所への申立てから開始しますが、原則として債務者、例外的に債権者からの申立てを行います。裁判所は債務者または債権者からの申立てによって再生手続の開始を決定し、その後監督委員の選任及び債務者に対して再生計画案の提出を命じます。

 民事再生においては、通常債務者が弁護士の補助の下で実際の整理手続を行っていきますが、問題が生じた場合には裁判所は管理命令を発し、管財人を選定しその管財人の主導で手続を行わせることができます。

 再生計画案とは、民事再生手続の最終段階において、債務者による債権者に対する弁済額等を定めるものです。再生計画案は、債権者集会の決議にかけ、可決には議決権者の過半数かつ議決権の総額の2分の1以上の同意が必要です。

 ただし、事業譲渡(営業譲渡)パターンとしては知れたる債権者との事前合意の下に民事再生後、短期間に事業譲渡(営業譲渡)される場合が多い点に留意して下さい。いわゆる再生計画外の事業譲渡(営業譲渡)といわれている場合です。

 以下、再生計画案作成における一般的な検討議題として、債務免除益の問題と医療法人に特有の資金確保の問題を検討します。

 民事再生手続を利用する場合には、当然ながら申立て時点において再生の見通しがついている必要があります。従って、民事再生手続の申立て後、平常時では発生しない事態を踏まえて、資金繰りの目途、再建の目途を考えなければなりません。特に民事再生手続を利用するにあたり、資金繰りとの関係で留意しなければならない事項について検討していきます。


(3) 再生計画と債務免除益の問題

 債務超過状態にある債務者は、再建計画によって通常一部の債務免除を受けますが、法人にとっての債務免除は、債務の消滅となり収益に該当します。税務を考えた場合にはこの債務免除益は原則として課税所得を構成しますので、これに対応する法人税の負担をどうするかが民事再生における大きな問題になります。


(4) 医療法に特有の再生計画案策定上の問題点

 基本的には、近年診療報酬は2年ごとに大幅に単価が減少している傾向にあります。政府の政策により変化するものであり、これにより資金繰りの計画を大きく修正しなければならないことがあります。従って、再生計画案策定の際には、診療報酬制度の変化に柔軟に対応できるよう資金繰りには充分に余裕をもたせる必要があります。

 また、設備投資の関係では、立入り検査等で病院施設の基準を充足していないとの指摘を受け、修繕、改善の対応ができず、修繕・改築命令が発せられないようにするために最低限必要な設備投資の予算を確保しておく必要があります。


7.資金調達 12-7

 医療機関の資金調達は、主として福祉医療機構及び銀行等の民間金融機関によって賄われています。また、売上規模に比較して設備投資額が大きいのが医療機関の特徴であり、病院の建替え等大規模設備の更新時に資金調達が難しくなる傾向にあります。


(1) 病院の資金調達

 病院の建替え資金については基本的に独立行政法人福祉医療機構を主たる借入先(金利が1.9〜2.4%と低いため。平成18年4月現在)としますが、建設資金の70〜80%の融資枠であり、医療機器資金、運転資金等を含めた資金不足額を民間金融機関から調達することが多いものと考えられます。

 運転資金について独立行政法人福祉医療機構は、新築資金と同時の場合等特別の場合を除き借入れできません。

 なお、最近、高度医療機器の購入、健診センターその他自由診療関連の大規模施設を建設することが多くなっていますが、この関連で以下に述べるSPC、医療機関債等を設定するところも少しずつ増加しています。


(2) SPC

 病院におけるSPC(special purpose company)とは、病院の不動産(病院土地建物)を取得・保有し、かつ資金調達を実施することのみを目的とする特別目的会社のことであり、一般的には不動産を証券化し、資金調達を図ることになります。

 特定目的会社による特定資産の流動化に関する法律(一般的には「SPC法」という)により、1998年から実施可能となっています。ただし、すべての場合に該当するとはいえませんが、SPCについては特定目的会社の運営費、証券化の取扱手数料等全体を運営するコストがかかるため、概ね40〜50億円規模以上でなければ資金調達コスト(実質金利)が高くなる傾向にある点に留意して下さい。

 なお、最近報道された野村證券グループの不動産投資信託もSPCとよく似た形式であり、病院・介護関連不動産を購入し、賃貸収入を出資者へ配当する形態です。将来的には投資信託の上場も検討されており、新しい資金調達の手段として期待されていますが、投資信託という形態である限り、病院財務状況を新病院会計準則基準に準拠して広く開示する必要があるものと考えられます。


(3) 医療機関債

 2004年10月、厚生労働省から「医療機関債」の発行ガイドラインが通知されています。

 [1]  医療機関債の主なポイント

・発行目的は資産の取得であること
・金銭消費貸借契約に基づく借入金としての位置づけ
・前期以前3期以上、税引前利益が黒字であること
・多額または多数の借入者がある場合の発行制限:会計士の監査義務付け
  負債100億円以上、または発行額が1億円以上、または借入先が50人以上
・購入者に対する情報開示
  発行要綱、貸借対照表、損益計算書、財産目録、事業計画書、事業報告書等(決算期ごと)

 なお、多額である場合の監査が発行時のみであるのか、その後も借入金があるかぎり続くのかは明確にされていません。監査費用は数百万円以上と考えられます。

 [2]  医療機関債のメリット

・経営の透明性(監査実施の場合)、財務内容の優良性をアピールできる。
・長期金利を固定で確保可能
・無担保、無保証

 上記のメリットは、元々強い医療機関が得られるメリットが多い点に留意して下さい。


(4) ファクタリング

 病院の場合のファクタリングとは、診療報酬請求権(レセプト)の譲渡による資金調達を意味します。つまり、レセプトの2ヶ月分の請求額を債権譲渡により資金調達する方法です。債権購入サイドからは国に対する債権であり安全性が高いという意味で、金利は市中金利に近い提示が多いようです。

 ただし、従来から関係している金融機関、取引業者等にとっては、病院の重要な財産がなくなり信用力が低下することを意味します。このため、新たな資金調達が難しく資金繰りに窮した場合に実行されることが多いものと考えられます。


(5) 診療所の資金調達

 診療所の資金調達は、主として国民生活金融公庫と銀行等民間金融機関で賄われています。

 [1]  開業時の資金調達(国民生活金融公庫融資のポイント)

・融資可能額7,200万円(うち運転資金4,800万円)
・返済期間:設備資金15年以内(据置き3年以内)
      運転資金5年以内(据置き6ヶ月以内)
・千万円単位の融資の場合担保を要求される場合が多い

 民間金融機関の場合、銀行次第で大幅に条件が異なりますが、概ね国民生活金融公庫と違いは少ないようです。ただし、金利に関しては公庫が2%前後に対し、民間金融機関では融資先の担保状況、頭金の割合などにより2〜4%程度の差があります。

 また、民間金融機関では近年独立した医療福祉部門の開設が増加しており、積極的に融資を実行するところも増加しています。

 [2]  開業後の資金調達

 開業後も診療所の資金調達は、主として国民生活金融公庫と民間金融機関で賄われています。開業後はそれまでの経営実績及び今後の事業計画により判断され融資が決定されますが、近年は特に損益主義で融資の条件が決まる要素が高くなっている点に留意して下さい。

 [3]  独立行政法人福祉医療機構

 診療所に対しても独立行政法人福祉医療機構の借入制度があり、金利も2%前後と低い水準です。

 ただし、診療所の場合「代理貸付」扱いとなり、手続は民間金融機関で事前審査、その後福祉医療機構で最終審査となります。金融機関の支店レベルでは過去の実績がほとんどないことが通常であり、事前段階で貸付けが可能か否かの判断が難しい場合が発生する点に留意して下さい。

 

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