目次 II-3


3 IAS第37号改訂公開草案

1 趣  旨

 本章の冒頭で述べたように、IASBは、2005年6月、IAS第37号「引当金、偶発負債および偶発資産」の改訂公開草案(以下、本草案)を発表した。これは、ともに米国の財務会計基準審議会(FASB)との共同事業であるところの、短期的コンバージェンス・プロジェクトと企業結合プロジェクトの成果物である。つまりは、ここに引当金会計の国際的動向を占う要素がすべて集約されていると言える。

 それでは、現行IAS第37号のどこが変更されようとしているのか。その変更の理由はなにか。前節で論述した内容を踏まえて、重要と思われる論点を個別に取り上げてみたい。


2 範囲と定義

 本草案の適用範囲は、元のIAS第37号の表題を構成する「引当金」(provision)、「偶発負債」(contingent liability)および「偶発資産」(contingent asset)のいずれでもなく、新出の「非金融負債」(non-financial liability)である(第2項)。もはや表題の3つの用語は使用されない。「引当金」なる語が醸し出す「将来の支出に備える」(provide for)との意味合いはここに放棄され、非金融の「負債」である点が明確に打ち出されたわけである。収益費用アプローチから資産負債アプローチへの転換はここに止めを刺したと言うべきか。ただし本草案は、事業体が自らの財務諸表に非金融負債を掲記する場合に「引当金」の名称を用いることを禁止するものではない点は断っておく必要があろう(第9項)。

 「偶発負債」なる語の不使用については、いま少し事情が複雑である。ここはIASの負債概念の本質に関わる問題であるゆえ、詳しく見ておきたい。本草案の立場は、比喩的表現で要点を先取りしておけば、「偶発的な負債」は「一角の三角形」同様の形容矛盾とみなすところにある。

 IASBは、別の収益認識プロジェクトにおいて、契約上の義務を条件付義務(conditional obligation:その履行は生起が不確かな一定の事象の生起いかんに懸かっている)と無条件義務(unconditional obligation:その履行は時間の経過のみに懸かっている)に区分した。このとき、無条件義務はそれ自身で存在しうるが、条件付義務は関連する無条件義務の存在を得て初めて存在することになる。この区分法によれば、条件付義務は、それ自身では負債の定義(過去の事象から生起する事業体の現在の義務であって、経済的効益を具現化するような資源が事業体から流出することでその清算が果されると期待されるもの)を満たさないが、その背後に負債の定義を満たす無条件義務が存在することを指示すると立論される。ゆえに、契約上の負債は無条件義務(あるいは非偶発義務:non-contingent obligation)からのみ発生するのであって、条件付義務(あるいは偶発義務:contingent obligation)から発生することはない(論拠第11項)。けだし「偶発的な負債」は概念上ありえない(三角形に一角を加えれば四角形となる。が、一角形はありえない。ほとんど禅問答であるが)。

 そこで本草案は、従前の「偶発負債」の語に代えて、新出の「待受義務」(’stand ready’ obligation)なる概念を採用する。ここに待受義務とは、負債であって、その清算のために必要な支出額が将来事象の発生または不発生のいかんで決まるものをいう。待受義務は、条件付義務に対して条件が調えば必ずそれを履行すべく待受の状態に置かれているという意味において、あくまでも無条件義務であり、ゆえに負債である(第24項)。その金額不確定の要素は、認識された負債の測定問題に反映されることになる(第23項)。本草案は、待受義務の例示として、事業体が製品保証を約している場合と、事業体が係争案件で賠償責任を負う虞れがある場合を挙げている(第25・26項)。

 以上のとおり、本草案は「引当金」も「偶発負債」も排し、「非金融負債」を適用範囲とする。肝心の非金融負債は、IAS第32号(本草案公表当時の)「金融商品:開示および表示」で定義される金融負債以外の負債と、引き算で定義されている(第10項)。


3 認識規準

 非金融負債は次の2要件が満たされる場合に認識されなければならない(第11項)。

 (A) 負債の定義が満たされている。

 (B) 信頼性をもって当該負債の金額を見積もることが可能である。

 本草案は、無条件義務はその定義においてすでにこれを満たしているとして、IAS第37号の引当金の認識規準の二番目、すなわち「当該義務を清算するために、経済的効益を具現化するような資源が事業体から流出することが確かである」を削除している。もはや将来の資源流出の確かさの程度は、認識要件とはなっていない。たとえば、事業体が製品保証付きの販売を行なうかぎり(製品に瑕疵があればいつでも修繕に応じるとの待受状態に自らを置くかぎり)、たとえ将来の資源流出(顧客からの瑕疵クレーム)の可能性が不確かであっても、非金融負債は認識されなければならない。このとき、将来の資源流出の可能性の問題は非金融負債の測定方法で勘案されることになる(論拠第43項)。


4 測定方法

 事業体は、貸借対照表日において現在の義務を清算するか、これを第三者に移転するとすれば支払うことになる合理的な金額でもって、非金融負債を測定しなければならない(第29項)。非金融負債の見積方法の基本原理が期待値の計算である点はIAS第37号と変りないが、本草案はこれに期待キャッシュフロー・アプローチの名称を付している(第31項)。

 本草案は、現在価値法の割引率について、IAS第37号よりも詳細な規定を具えている。

 第一に、事業体がリスクを将来キャッシュフローではなく割引率の方に反映させる場合には、割引率は典型的には無リスクレートを下回る(第40項)。実務家の大方にとって、これは新奇なテクニックかもしれない。企業の担当者が投資の経済性を収益還元法によって評価する場合、投資案件に固有なリスクは基準割引率(たとえば10年物国債利回りや全社的加重平均資本コスト)に対して加算要因となる。その結果、リスクの高い投資案件はより小さい現在価値で評価される。翻って非金融負債の場合には、リスクを基準割引率の減算要因とすることによって、リスクの高い義務案件はより大きい現在価値で評価されることになる。

 第二に、割引率は、非金融負債の原初計上期の翌期以降、各貸借対照表日現在の状況に鑑みて再計算を実施する(第44項)。

 

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