目次 I-3


3 資産負債アプローチによる引当金会計

 資産負債アプローチの「建設用ブロック」で引当金会計を構築しようとするならば、引当金会計は負債の問題または資産の問題として立論されなければならない。そして、評価性引当金の問題をひとまず措くならば、引当金会計とは取りも直さず負債会計である、ということになる。

 引当金会計を負債会計として築造しようとするとき、大きく言って三つの問題が浮かび上がってくる。第1は引当金の認識拡大の問題、第2は引当金の認識縮小の問題、第3は引当金の測定方法の問題である。順番にみていこう。


1 引当金の認識拡大

 第1の引当金の認識拡大の問題とは、資産負債アプローチが採られることにより、引当金問題は「借方科目が費用であること」から解放されるに至り、引当金は「貸方科目が負債であること」のみから認識されることとなった事態をいう。すなわち、「伝統的実務のもとで会計的認識の対象外におかれてきたある種の項目(いわゆるオフバランス取引にかかわる資産・負債)の貸借対照表計上に道を開くことにもつなが」ったのである(注6)

 その典型例が資産除去債務である。相手勘定は資産項目である。それは「資産除去債務」であって「資産除去引当金」ではない。「引当金」という用語は、長く費用科目の相手勘定として利用されてきたところの、実質的に収益費用アプローチ製の建設資材であった。であるならば、資産負債アプローチの建設現場では、この用語はもはや不要かもしれない。この点は本章の最後で再述したい。

 なお、第1の認識拡大の問題はなにも会計パラダイムの転換から生じるものとは限らない。いやむしろ、新しい経済活動・取引形態が新しい引当金を要請することの方が自然であり、また支配的であろう。然るに、わが国の会計ルールはそのような時代要請に十分な対応ができていない。

 先に見た企業会計原則注解・注18の第2段落は、次のように引当金の例示列挙を行なっている。

 「製品保証引当金、売上割戻引当金、返品調整引当金、賞与引当金、工事補償引当金、退職給与引当金、修繕引当金、特別修繕引当金、債務保証損失引当金、損害補償損失引当金、貸倒引当金等がこれに該当する」。

 当該注解の改正以後30年近い歳月が流れる間に会計実務が新たに要請した引当金は、当然ながらここには記載されていない。「わが国では、環境負債や資産撤去義務について会計基準化は」従前されていなかったが、皮肉なことに、「法人税法上、租税特別措置法により原子力発電施設解体引当金(準備金)、使用済核燃料再処理引当金(準備金)および金属鉱業等鉱害防止準備金等の損金算入が認められ、それらは企業会計において引当金(または準備金)として貸借対照表に計上されている。つまり、会計基準における引当金規定の不備を法人税法が補うことにより、実務に対応してきた」(注7)のである。

 しかしながら、近時わが国実務界においても、新しい経済活動・取引形態を反映した新しい引当金が誕生している。その典型例がポイント引当金である。


2 引当金の認識縮小

 第2の引当金の認識縮小の問題とは、資産負債アプローチが採られることにより、負債性のテストに適合しない引当金はもはや認識できなくなる事態をいう。この問題は、事業構造改革引当金の規制と、修繕引当金の再検討との関連で取り扱われることになる。


3 引当金の測定方法

 第3は引当金の測定方法の問題である。会計パラダイムの転換は、同じ経済事象に対して、異なる測定方法を求める可能性がある。下掲の退職給付引当金の設例を用いて、収益費用アプローチと資産負債アプローチとで引当金の測定方法がいかに異なるかを確認してみたい。


【設 例】

 第1期首に入社した従業員甲は最大で第3期末まで3年間勤務する。A社の退職給付規程によれば、甲の退職が第1期末であれば400,000円、第2期末であれば1,200,000円、第3期末であれば3,000,000円の退職一時金が甲に支給される(期中退職はないものと仮定する)。なお、割引率は5%とする。

 入社時に見積られた甲の退職確率は;

 (1)  第1期首時点では、第1期末が10%、第2期末が18%、第3期末が72%
 
 (2)  第2期首時点では、第2期末が20%(=18%÷残り90%)、第3期末が80%(=72%÷残り90%)
 
 (3)  第3期首時点では、第3期末が当然に100%(=80%÷残り80%)


【収益費用アプローチによる測定】

 収益費用アプローチは、A社と甲との雇用契約にもとづく退職給付費用を適切に各期の収益に対応させることを引当金会計の第一義目的とする。したがって、最も発生可能性が高いシナリオ、すなわち甲が第3期末まで勤務するとの前提で、甲が第3期末に受け取る退職一時金3,000,000円を配分することになる。

 第一法は、時間の経過にしたがい毎期均等に配分する方法である。本法によれば、各期の退職給付費用と退職給付引当金は次のとおりである。

  退職給付費用 退職給付引当金
第1期 1,000,000(=3,000,000÷3期) 1,000,000
第2期 1,000,000 2,000,000
第3期 1,000,000 3,000,000

 第二法は、甲の労働貢献(その代理変数として甲が各期に稼得する追加的退職一時金の額を用いる)にしたがい毎期均等に配分する方法である。すなわち、第3期末に支給する3,000,000円を、第1期稼得分400,000円、第2期稼得分800,000円、第3期稼得分1,800,000円に分割し、利息法で各期の負担額を割引計算する。本法によれば、各期の退職給付費用(貢献部分と金利部分に分かれる)と退職給付引当金は次のとおりである。なお、この場合も最も発生可能性が高いシナリオを選択していることに相違はない。

  退職給付費用 退職給付引当金
貢献部分 金利部分
第1期 362,812
(=400,000÷1.05
なし 362,812
第2期 761,905
(=800,000÷1.05
18,141
(=362,812×0.05)
1,142,858
第3期 1,800,000
(=1,800,000÷1.05
19,047
(=380,953×0.05)
38,095
(=761,905×0.05)
3,000,000


【資産負債アプローチによる測定】

 資産負債アプローチは、A社と甲との雇用契約にもとづく退職給付債務を適切に各期末の負債に計上することを引当金会計の第一義目的とする。本例では甲の退職確率が与えられているため、これを用いて各時点の期待キャッシュ・アウトフローの現在価値を算定して退職給付引当金の要計上残高とみなし、その増加額を退職給付費用とする。本法によれば、各期の退職給付引当金と退職給付費用は次のとおりである。

  退職給付引当金 退職給付費用
第1期首
(入社時)
400,000÷1.05×10%=38,095
1,200,000÷1.05×18%=195,918
3,000,000÷1.05×72%=1,865,889
期待キャッシュ・アウトフロー計=2,099,902
2,099,902
第1期末 1,200,000÷1.05×(18%/90%)=228,571
3,000,000÷1.05×(72%/90%)=2,176,871
期待キャッシュ・アウトフロー計=2,405,442
305,540
第2期末 3,000,000÷1.05×(72%/72%)=2,857,143 451,701
第3期末 3,000,000÷1.05=3,000,000 142,857

 以上に紹介した三つの測定方法のいずれを採用するかによって、第1期末の退職給付引当金は1,000,000円、362,812円、2,405,442円と大きく異なってくる。資産負債アプローチは最後の2,405,442円を支持する。なぜか。

 会計パラダイムの転換を促したひとつの大きな要因に、企業価値の測定方法に対するファイナンスの影響が認められる。ここで着目したいのは、ビジネス界における収益還元法の実務的普及である。要言すれば、収益還元法による企業価値の算定は次の3ステップを踏む。第一に、分子問題として、企業が創出する将来のフリーキャッシュフローの流列を特定する。第二に、分母問題として、当該企業の加重平均資本コストを計算する。そして最後に、分母で分子を現在価値に割り引き、その集計額をもって企業価値とする。

 ここ20年余、パソコンの進歩と財務データベースの充実とは目覚しく、一般のビジネス(ウー)マンにとって収益還元法を適用する際の計算技術上およびデータ入手上の困難は大方取り払われたと言っても過言ではない。殊に、上記の評価モデルの活用上、分母問題で隘路となっていたCAPM(資本資産価格付け理論)のβ値が、いまや容易に算定できるようになった点は大きい。

 企業価値はキャッシュフローで測定する。この思想が、企業内の投資意思決定において、また企業間のM&Aにおいて、主流となるとき、企業をめぐる利害関係者の関心は自ずと「過去のキャッシュフロー」と「将来のキャッシュフロー」に向けられてゆく。前者の会計情報を提供する役割は、文字どおりのキャッシュフロー計算書がこれを担う。そして、後者の会計情報については、貸借対照表がその発信源と期待されることとなったのである。

 資産で将来キャッシュ・インフローを表現し、負債で将来キャッシュ・アウトフローを表現するならば、その差額(純資産)はネットのキャッシュフロー価値に他ならない。原理的には株式時価総額と一致するはずである。株式を時価で売買する投資家の立場に立てば、A社が従業員甲に対して確率論的に2,405,442円の退職一時金を支給することが第1期末に分かっている以上、甲の貢献を待たずとも、「私の懐に入らぬこの出金額は負債に計上せよ」との要請も理解に難くないところである。


《 脚 注 》
(注6) 藤井秀樹『現代企業会計論』森山書店(1997年)、52頁。
(注7) 山下寿文[編著]『偶発事象会計の展開』創成社(2007年)、序論2頁。

 

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