目次 I-2


2 会計パラダイムの漸次的転換

 企業会計原則注解・注18の第1段落は、引当金について、次のように定めている。

 「将来の特定の費用又は損失であって、その発生が当期以前の事象に起因し、発生の可能性が高く、かつ、その金額を合理的に見積ることができる場合には、当期の負担に属する金額を当期の費用又は損失として引当金に繰入れ、当該引当金の残高を貸借対照表の負債の部又は資産の部に記載するものとする」。

 ここに明らかなとおり、わが国の引当金会計とは、第一義的には「将来の特定の費用又は損失」を「当期の費用又は損失」に計上するための損益会計に他ならない。その相手勘定が負債項目(負債性引当金)となるか、マイナスの資産項目(評価性引当金)となるかは、第二義的な問題とされる。

 繰り返すならば、引当金会計とは取りも直さず損益会計である。そこに機能しているのは、「いかに合理的に費用と収益の期間的対応を図るか」という費用収益対応の原則であり、「いかに合理的に費用と収益をその発生期間に帰属させるか」という発生主義の原則である。この背後にある会計パラダイムは、「期間損益計算の適正化」「分配可能利益の算定」に重きをおく動態的会計観である。そして、「財産評価の適正化」「財務的安全性の開示」に重きをおく静態的会計観がこれに対置される。

 私たちの歴史的理解によれば、20世紀の中葉、投資家の投資目的に資する動態的会計観が、それ以前の債権者の授信目的に資する静態的会計観から会計制度の設計主の座を襲い、以後利害関係者が多様化する今日に至るまでその地位にある。静態的会計観と聞けば、今は昔の感が深い。

 だが、時代が巡れば、また会計パラダイムも移る。1970年代には、会計制度の水面下において、この静態的会計観が装いも新たに復権しようとしていた。「会計観のこうした再転換の嚆矢となったのが、FASBの概念フレームワーク・プロジェクト(1973年―1985年)であり、とりわけ、当該プロジェクトの実質的な出発点をなす1976年討議資料の公表であった」(注1)

 そこでの問題提起を確認しておこう。アメリカ財務会計基準審議会(FASB)の1976年討議資料(注2)は、先の二つの会計観を収益費用アプローチと資産負債アプローチとに仕立て直し、「財務会計および財務報告のための概念フレームワークの基礎として、……いずれのアプローチが選択されるべきか」(第25項)と、原理的な問い掛けを行なった。ここに選択肢とされる二つのアプローチは次のように特徴付けられる。

 収益費用アプローチは、「収益・費用――すなわち、企業の収益稼得活動からのアウトプットと当該活動へのインプットとの財務的表現」を鍵概念に据えて、「収益・費用の測定、ならびに一期間における努力(費用)と成果(収益)とを関連づけるための収益・費用認識の時点決定が、財務会計における基本的な測定プロセスである」と主張する。ここで利益は、「儲けをえてアウトプットを獲得し販売するためにインプットを活用する企業の効率の測定値」とみなされ、そして「なによりもまず1期間の収益と費用との差額」として定義される(第38・39項)。

 他方、資産負債アプローチは、「資産・負債――前者は企業の経済的資源の財務的表現であり、後者は将来他の実体(個人を含む)に資源を引き渡す企業の義務の財務的表現である」を鍵概念に据えて、「資産・負債の属性およびそれらの変動を測定することが、財務会計における基本的な測定プロセス」であると主張する。ここで利益は、「1期間における営利企業の正味資源の増分の測定値」とみなされ、そして「おもに資産・負債の増減額にもとづいて」定義される(第34項)。

 1976年討議資料は、二つの会計観をこのように対照したうえで、収益費用アプローチの主観性の弊害を批判している。曰く、「利益、収益、費用、適正な対応、利益の歪曲といった基本的諸概念が明確に定義されないかぎり、収益費用アプローチのもとでの利益はほとんど主観的なものにとどまる」(第66項)。実際、それらの諸概念を明確に定義した文献は皆無であって、結局のところ、当該アプローチのもとでの利益測定は、「適正な対応とは何か、利益の歪曲とは何かという問題に関する個人的判断や集団的見解」(第61項)に依拠した主観的プロセスとして顕現せざるをえない(注3)

 転じて、資産負債アプローチはこの主観性の弊害を回避することができる。なぜならば、それは「企業の経済的資源ならびに将来他の実体に経済的資源を引き渡す企業の責務にもとづいて資産・負債を定義づけ、またかかる資産・負債の変動にもとづいて利益を定義づけ」(第67項)ようとするからである(注4)

 ここでの1976年討議資料の意図は明白であろう。すなわち、収益費用アプローチを見切り、資産負債アプローチを担ぎ出し、前者から後者へと会計パラダイムを転換することにあった。「収益費用アプローチはFASBが捉えた当時の『すでにある会計』を、資産負債アプローチはFASBが構想した将来の『あるべき会計』を、それぞれ理念的にモデル化したものと解釈することができる」(注5)

 それから9年が経った1985年、以上の討議資料の意図は、FASB財務会計概念基準第6号「財務諸表の構成要素」(以下、CON6)に結晶する。約言すれば、討議資料が提唱した資産負債アプローチから、財務諸表の構成要素のひとつひとつがきちんと定義付けられることとなった。なお、ここに「財務諸表の構成要素」とは、「それらでもって財務諸表が築き上げられる建設用ブロックをいう。つまりは、財務諸表を構成する項目の区分を指す。資産、負債、収益、費用といった大区分がそれに該当する」(第5項)。

 CON6において、まさに先の1976年討議資料の一節――「企業の経済的資源ならびに将来他の実体に経済的資源を引き渡す企業の責務にもとづいて資産・負債を定義づけ、またかかる資産・負債の変動にもとづいて利益を定義づける」――が、実践されているのである。具体的にみてみよう(下線は筆者による)。

 (1)  資産とは「発生の可能性の高い将来の経済的効益であって、過去の取引または事象の結果として、特定の実体によって獲得または支配されているもの」をいう(第25項)。
 
 (2)  負債とは「発生の可能性の高い将来の経済的効益の犠牲であって、過去の取引または事象の結果として、将来において特定の実体が他の実体に対して資産を譲渡するか用役を提供することとなった現在の義務から生じるもの」をいう(第35項)。
 
 (3)  持分または純資産とは「実体の資産から負債を控除した後の残余利権」をいう(第49項)。
 
 (4)  収益とは「実体への資産の流入またはその他の増加、もしくは実体の負債の決済であって(あるいは両者の結合)、財貨の引渡または生産、用役の提供、実体の進行する主要・中心的な業務を構成するその他活動から生じるもの」をいう(第78項)。
 
 (5)  費用とは「実体からの資産の流出またはその他の費消、もしくは負債の発生であって(あるいは両者の結合)、財貨の引渡または生産、用役の提供、実体の進行する主要・中心的な業務を構成するその他活動から生じるもの」をいう(第80項)。

 (1)と(2)で明らかなように、資産と負債には独立的な定義が与えられている。これに対して(3)から(5)では、純資産・収益・費用が、資産と負債の静態または動態から二次的に定義されている。

 これで米国会計の「建設用ブロック」は、疑いなく、資産負債アプローチ製となった。これを組み上げて建物が築造され、建物群が街区を形成し、街区の連なりが都市を作り上げてゆく。とはいえ、資産負債アプローチの都市は一日にしては成らず、である。それは漸次的過程をたどるであろう。ただし、会計パラダイムが収益費用アプローチから資産負債アプローチに転換することはここに既定の路線となったのである。

 それでは、この会計パラダイムの漸次的転換は、本書のテーマである引当金会計にどのような影響を及ぼしているのか。次にこの問題を吟味してみたい。


《 脚 注 》
(注1) 藤井秀樹『現代企業会計論』森山書店(1997年)、36頁。
(注2) FASB Discussion Memorandum, An Analysis of Issues Related to Conceptual Framework for Financial Accounting and Reporting: Elements of Financial Statements and Their Measurement(1976)。
翻訳の引用は、津守常弘[監訳]『FASB財務会計の概念フレームワーク』中央経済社(1997年)に依った。
(注3) 藤井、前掲書、49頁。
(注4) 藤井、前掲書、50頁。
(注5) 藤井、前掲書、52頁。

 

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