実践! 経営コーチ

  下請けではなくビジネスパートナーになる
  −契約の大切さを知る−



日本経営コーチ協会 アドバイザリーボード: 伊地知 克哉



F社はホームページ作成の請負を主な事業として展開している。F社の代表取締役であるC氏は、もともとはソフトウェア会社のプログラマーをしていた。しかし、ネットバブルの際、中小企業のIT化を支援する分野に市場性を見出し、ホームページを作成したいが時間や人材が不足している中小企業者を対象にホームページ作成の請負業務を拡大してきた。最近では、ブロード・バンド化の流れから、会社案内をホームページで紹介する際、経営者の挨拶を動画で配信したり、商品情報について動画を交えた説明を加えたりするなど、コンテンツ作りにも新たな技術を必要とするようになっている。


C社長
最近、弊社の顧客に広告代理店のD社から「御社は独自でホームページを作成しているのですか」という問い合わせがあったのです。もちろん、外注先として弊社の名前を伝えると、「ぜひ、その会社を紹介して欲しい」と言われたそうです。


経営コーチ
D社といったら、業界2位じゃないですか。大手ですよ。


C社長
そうなんです。先日、D社の担当の方とお会いしました。お話の内容というのは、大手飲料メーカーA社の「親分」という缶コーヒーが発売10周年だそうで、その発売記念キャンペーン(販売促進)企画に協力してほしいといことなのです。なんでも、携帯電話を活用したコンテンツ企画を考えているようで、そのキャンペーンサイトを作ってくれないかと言われました。


経営コーチ
F社の実績が評価されたのですね(言い換え)


C社長
はい、キャンペーン期間は3ヶ月ですけれども、キャンペーンの告知から終了まで、携帯コンテンツの作成と管理(メンテナンス)を任されました。


経営コーチ
大きな仕事になりそうですね(確認)
売上としてはどのくらいのお仕事なのですか。


C社長
はい、今回の件は総額で500万円ですが、これを機に、D社から定期的にお仕事をいただけそうなのです。


経営コーチ
D社から、定期的に?(バックトラック)


C社長
はい、うれしいことなんですが、一方で新たに人を雇ったり、サーバーなどのシステム投資がかさんだりしそうです。そこが悩ましいところなんですが・・・。


経営コーチ
いくらくらいの投資になりそうですか?


C社長
はい、サーバーやパソコンなど、新たに購入予定の設備資産が300万円です。人件費はウェブの制作については人を雇うことは考えていません。今の人材と外注先で何とかなります。ただ、サーバーの管理をしなければならないので、キャンペーン中は24時間交代のバイトが必要になります。


経営コーチ
F社の現状では(確認)それほどの支出ではありませんね。ところで、契約は締結されましたか。


C社長
はい、これがD社の用意したドラフト(下書き)で、あとはサインするだけです。


経営コーチ
拝見します。これによると、D社からの売上代金は90日手形ですね。


C社長
えっ、なんですか、それ。


経営コーチ
まだ、目を通していなかったのですか。


C社長
はい・・・、D社ですし・・・。とりあえず入金には問題はないと思いましたから。


経営コーチ
このドラフトの内容で契約を締結すると、今回は最初の取引なので、契約時100万円額面で90日手形、残りはキャンペーン終了時に400万円額面で90日手形という条件となっていますよ。キャンペーンの終了はいつですか。(リフレーミング)


C社長
半年先です。ということは、その間、100万円しか入金がないということですか。


経営コーチ
それも契約をしてから90日後ですよ。


C社長
・・・。


経営コーチ
(しばらくの沈黙のあとに・・・)何が気になりますか。落ち着いて考えてみましょう。(管理のスキル)
その携帯コンテンツを作成して管理するのに、コストはどのくらいかかりそうですか?先ほどのバイト代も含めてですが。

C社長
はい・・・、コンテンツの作成は社内スタッフでなんとかなります。バイト代が1ヶ月40万円・・・。あれ、すると契約時の100万円が現金化するのに、今から4ヶ月くらい先のことになるから、バイト代と設備資産は資金が先出しで必要になるということですか。経営コーチ、残りの手形代金が振り込まれるまでの資金は大丈夫でしょうか。


経営コーチ
現状のキャッシュフローならその程度の資金は心配ありませんが、それよりも、もっと大きな問題に目を向ける必要がありませんか。(リフレーミング)


C社長
もっと大きな問題・・・。


経営コーチ
D社とは、キャンペーンの後も仕事で付き合うことになるのですよね。(確認)


C社長
はい。そうか、それ以降の仕事も90日手形ということですか!


経営コーチ
このドラフトの内容で契約をしたら、そういうことになりますよ。


C社長
今まで手形決済はなかったので、今回も他のお客さんと同じかと思っていました。


経営コーチ
契約は意思主義といって、当事者双方の意思表示の合致で成立するのが原則です。これまでの顧客とは契約書を取り交わしていないのですよね。


C社長
はい、ドラフトと言われて、何のことかわかりませんでした(笑)


経営コーチ
D社は大企業ですから、おそらくこのドラフト通りの契約内容を呑まないと、「今回の話はなかったことに」ということを言いかねませんよ。


C社長
そうですね。契約って恐いものですね。でも、頑張らないと。


経営コーチ
頑張りですか。(バックトラック)
どのように頑張りますが。(チャンクダウン)


C社長
とにかく必死に・・・、でも資金繰りに気をつけつつ・・・。


経営コーチ
これまでの業務は、社長がホームページなどの商品カタログを作っておいて、それをお客さんに選んでもらうということでしたよね。D社との業務はA社のように単発請負的なものが多いのですか。(確認)


C社長
そうですね。あっ、ということは、今後も仕事の内容によっては設備投資や人材を採用しないといけなくなるかもしれませんね。


経営コーチ
業務内容が定型化したものであれば、これまでの人材と少しの設備資産で対応できると思いますが、D社の仕事は大企業相手のものでしょうから、さらなる設備投資や人材採用が必要か、D社と契約内容について詰める必要がありそうですね。さらに、入金条件など契約条項をどのようにするか、弁護士も交えてあらためて検討してみたらいかがですか。


C社長
そうですね。いや、よかった、経営コーチにお話しして。このままサインしていたら、どんな契約内容かもわからぬまま、D社の下請業者になって、いいように使われていたかもしれないのですね。


経営コーチ
下請業者となるか、対等なビジネスパートナーとなれるかは、この契約書の内容をどのようにするかということにかかっています。一旦、契約を締結すると、後から変更するのは難しいものですよ。


C社長
まずは、ドラフトを自分でじっくりと読んでみます。


経営コーチ
それはいいですね。(承認)
契約を締結するのは社長ですから、後悔しないようご自身で納得できる契約を締結してください。(要望)


伊地知 克哉 (いじち かつや)

中小企業診断士伊地知克哉事務所 中小企業診断士

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