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経営コーチコラム

  会計事務所の「本源的価値」とは


一般社団法人 日本経営コーチ協会常務理事
税理士  橋 俊行
(高橋会計事務所 副所長・経営コーチ)



■『君を幸せにする会社』

 社長を先頭に全社一丸となって頑張っているものの結局は赤字決算。果ては資金不足に陥り、これまで寝食を忘れて働いてきた社長も社員も取引先もみんな不幸せになっていく。みなさまの周りにそんな会社はありませんか?そして、いくら頑張っても幸せから遠ざかっていく、そんな会社の存在に違和感を覚えませんか?私が会計事務所に入ってから早20年以上の歳月が経ちますが、何度かこの何ともいえない違和感を覚えたことがありました。もちろん、会社の実力不足又はその社長の経営努力が足りないのかも知れませんが、単に経営のやり方が悪い のではない、もっと何か根本的なところを改善しなければならないと感じたわけです。

 昨秋、友人の天野敦之さんが出版した『君を幸せにする会社』(日本実業出版社)は、まさにそんな若き企業経営者の苦悩の物語であり、会計人必読の一冊としてご紹介します。

(注:天野さんは、ベストセラー会計入門書『会計のことが面白いほどわかる本』(中経出版)や『価値を創造する会計』(PHPビジネス新書)の著者として知られる公認会計士です。)

 物語の舞台は、とある温泉街の老舗旅館「クマの湯ホテル&リゾート」。過労で急逝した父親に代わって、大手企業に勤務していた息子のクマ太郎が後継者として社長に就任します。MBAを取得している二代目社長は、旧態依然とした自社の経営を立て直そうとビジネススクールで学んだ最新の経営手法を次々と導入しますが、一向に効果が出ません。むしろ、客数の減少、業績の下落、断行したリストラの影響による社員士気の低下と状況は悪化するばかり。赤字続きで会社は倒産してもおかしくないという状態にまでなってしまいます。「どうすればよいのか」と自問自答を繰り返し悩むクマ太郎は、そのドン底状態で起きたある事件を契機にして、これまでの考え方を180度変えてしまうような気づきを得ます。クマ太郎が試行錯誤の連続の中、何度もつまずき、落ち込み、自暴自棄になりながら、会社も、従業員も、取引先も、お客さまもみんなが幸せになれる方法をみつけていくという物語です。二代目経営者のサクセスストーリーとして読み過ごすこともできますが、この物語は私たち会計人に対する大いなる警鐘を鳴らしています。



■「企業の利益は、企業が創造した本源的価値の対価である。」

 天野さんのいう「本源的価値」とは、お客さまを幸せにし世の中をよりよくするものを指します。企業の利益は、お客さまの幸せの対価というわけです。企業がお客さまの幸せを創造し、お客さまがその対価を支払えば、世の中全体の幸福量が増加して企業が利益を得られます。企業は、お客さまや取引先、社員や株主、地域社会から価値を奪い取って利益を上げることはできないのです。さらに、企業は利益を得られるだけでなく、社員もお客さまからの感謝によって幸せを感じることができます。つまり、企業経営において最も大切なものは、感謝心である というのです。それはお客さまへの感謝だけではなく、取引先に、社員に、会社に関わる全ての人に感謝することが必要だというのです。

 この物語は、企業経営において「本源的価値」が生まれるプロセスとして、

 □ 自分自身と向き合い、他人とは競争しないこと
 □ 自分を大切にし、人としての成長をめざすこと
 □ そうすれば、心に余裕ができて何事にも感謝できること
 □ 感謝することができれば、ものごとや人のいい面が見えるようになること
 □ そうすれば、自分が幸せを感じ、自然にその幸福感を周りに与えたくなること
 □ その結果、企業の利益が生まれること

をやさしく説いてくれています。

 私たち会計事務所はどうだったでしょうか?企業の利益を追求するがあまり、顧問先に対して、お客さまから価値を奪い、社員から価値を奪い、取引先から価値を奪う経営を強いていなかったでしょうか?



■『経営コーチ』が求められる時代

 厳しい経済環境の中で、今、会計事務所に何が求められているでしょうか?右肩上がりの成長であった頃は多くの会社が自ずと発展し、私たち会計事務所も税務会計だけを見ていればよい時代でした。しかし、今の経営者は「経営のコーチ役」を必要としています。

 私たち会計人は税務・会計の枠から一歩踏み出し、経営者の心を支えるコーチ役を果たさなくてはならない時代が到来したのです。換言すれば、「経営コーチ」こそが会計事務所の「本源的価値」の源泉となり得るのです。そして、私たちが経営コーチとして経営のサポート役として機能するようになれば、中小企業に活力も生まれ、ひいては、日本経済の再生につながるはずです。このような発想から生まれたのが「経営コーチ」の概念です。

 スポーツの世界では、世界記録保持者やオリンピックのメダリスト等にコーチがいます。よい選手であればあるほど、それを伸ばす優秀なコーチが必要なのです。企業経営でも同じことが言えます。どんなに優秀な、また、どんなに経験豊富な経営者であっても、自分自身の意思決定には多少の不安がつきまといます。そのような経営者の気持ちを支えて的確なアドバイスを提供する経営コーチこそが、経営者と感情の絆を保ち、その気持ちを支えることで前向きなやる気を維持し、同時にその人に合った指導を行うことで企業を成功へと導くのです。



■ストーンスープの話

 旅人が小さな村にたどり着いた。空腹を抱えた旅人は食べ物を乞いながら民家に立ち寄るが、食べ物はないと断られてしまう。旅人は仕方なく広場で火を起こし持っていた鍋を火にかけてお湯をわかし始めた。しばらくすると、そんな旅人に 興味をもった小さな少女が尋ねる。

「ねぇ、何してるの?」

 すると、旅人は答えた。

「ストーンスープを作るんだよ。でも、それには丸い石が必要なんだ。」

 少女はどこからかすぐに丸い石を探して持ってきた。

「ありがとう。これでおいしいスープができる。けど、もっと大きな鍋じゃないと入らないなぁ。」

 少女は家から大きな鍋を転がしてきた。そして、心配した母親もついてきた。湯が沸いて湯気がたち始めると、何人もの見物人が周りに集まってきた。

 しぱらくして、旅人はスープを味見して「悪くない」とつぷやき、「にんじんがあれぱな」と言うと、どこからか一束のにんじんが手際よく手渡される。再びスープの味を見て「美味しい。玉ねぎもあれぱもっと石の風味がよくでるのだが。」と旅人が言うと、玉ねぎ一袋が待ちきれないようにさっとでてきた。それを見てさらに旅人は言う。

「お肉があるとおいしくなるんだけどな。あと他の野菜があるといいし、塩、こしょうもあるといいんだが。」

「それならうちにある!」

 そう言って村人たちはさまざまな食材を持ってくると鍋に放り込んだ。セロリ、じゃがいも、きのこ、まめなど大鍋は溢れそうなほど。ぐらぐら煮立ったスープからはおいしそうな匂いが漂ってくる。旅人はもう一度味見をし、できたと宣言する。たっぷりのスープは村中の人がお腹一杯飲むほど。

「こんなに美味しいスープが石からできるなんて。」

  村人はロ々に言い合った。

 これは有名な「ストーンスープ」という寓話です。登場人物の旅人が僧侶や兵士だったり、舞台がヨーロッパや中国だったりと、いろいろなバージョンが存在しますが、時代から時代へと語り継がれてきた物語です。

 一人ひとりが自己責任の下ですべての事を成し遂げていくことは確かに素晴らしいことですが、

 (1)外部からやってきたものが刺激となり発端となって、
 (2)目標も計画もないまま、
 (3)さまざまな立場の者が互いに協力して、
 (4)予想以上の結果を生み出す

ことはさらに素晴らしいことではないでしょうか。

 このように自立性と多様性を持った“個”と“個”との相互作用の中から予期しなかった現象が生み出され、それがまた“個”に影響を与える状況を『創発』と呼びます。

 私たちは、現下の閉塞感ある社会状況にあって、この『創発』こそが、現状打破のキーワードであると考え、会計事務所職員専門教育機関「日本経営コーチ協会」を設立しました。



■「創発」時代の職員教育

 日本経営コーチ協会の特徴は「創発」型組織であることです。つまり、全国から30−40代の会計人有志が集まって設立した有限責任中間法人=一般社団法人であること、経済アナリスト、中小企業診断士、経営士、弁理士、司法書士等のアドバイザリー・ボートの先生方の指導を仰ぎながら各会計事務所の知恵を持ち寄って会計人自らの手で自主独立の運営を維持していることです。

 一定の業歴と規模のある事務所であれば、既に「経営コーチ」と呼ぶべきベテラン職員が存在し、後輩の指導育成に当たっていることと思いますが、実務としての「経営コーチ」育成を考えると、OJTや書籍を基本とした指導では職員の成長にムラが生じます。カリキュラムと教材、継続研修などの体系化された研修制度が必要です。各職員も統一研修を通じて自分自身の成長を確認しながら、さらに自信を深めていくことができると思います。

 当協会は、税務・会計面以外に「経営コーチ」として会計人に必要な知識・スキルを「リーダーシップ」「コーチング」「マネジメント」に分類し、体系的なカリキュラムと教材、所内研修システムを提供します。この研修制度の中で、「リーダーシップ・マインド」「マネジメント・ナリッジ」を学び、「コーチング・スキル」を身につけ、自然に伸ばしていくことができる仕組みになっています。単に、知識を高めるのではなく、会計事務所の特性を活かして社長の「思い」を汲み取り、意思決定を支援できる技術を体系的に学ぶことが出来るのは当協会だけであると自負しております。

 会計事務所としての存在意義をさらに高め、「顧問先企業を幸せにする会計事務所」として活躍するために、当協会を活用いただくと同時に、みなさまの知恵を当協会の運営に反映していただければ幸いです。


橋 俊行 (たかはし としゆき)

株式会社テイエムエス・ブレインズ代表取締役

慶應義塾大学経済学部卒業後、千葉商科大学大学院経済学研究科修士課程修了、村田簿記学校委嘱講師を経て平成元年税理士登録。行政書士・ビジネスファシリテーター、経営コーチ、藤原KAIZEN研究会メンバー。

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