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経営コーチコラム

  いま税理士に求められるもの


日本経営コーチ協会 理事
日野上 達也



いま税理士に求められるもの

 家族は97%だった。
 医者は80%台、裁判は72%、教師や警察は60%台、政治家や官僚18%。この数字を見て皆さんは何を想像されますか。

 実は、この数字は朝日新聞社が今年2月から3月に全国の男女3千人を対象に行った世論調査で「信用しているもの」を聞いた結果だそうです。

 やはり人は家族に安らぎやぬくもりを感じ、最も信頼できる存在と考えているのでしょう。当然の結果といえば当然ですが、今の住みにくい世の中ではなおさらのことかもしれません。

 では、経営の世界ではどうなのでしょうか。

 中小企業の相談相手やお金にまつわることに関することで、「最も信頼できる人」という調査では、必ずと言っていいほど税理士が上位にランクされます。金融機関、中小企業診断士、経営コンサルタントよりも、まず税理士という結果になっているのです。私はこの調査結果をいつも誇らしく思いますし、そうあるべきで、そのための努力も惜しまないように心掛けています。

 ところが現実はどうなのでしょうか。

 数ヶ月前、ある銀行の支店長から融資先ではないお客様を紹介していただきましたが、訪問して驚きました。

 現在の税理士さんには月額5万円の顧問料を支払っているが、決算のときに職員の方が一度来られるだけで、月々の帳簿は税理士が指定した会計ソフトに入力し、ソフト使用料として別に月額1万円を支払っていました。税理士の立場から見ると手の掛からない良いお客様かもしれませんが、驚いたのは財務状態でした。おそらく粉飾決算を行っていたのでしょう。売掛金や立替金の残高が異常に多く、負債にはよくこれだけ借りれたもんだ、と呆れるほどの借入金がありました。

 ただ、この会社の社長はまだ30代後半で会計のことは全く分からず、粉飾決算の意味も分からないまま税理士さんに任せっきりだったそうです。今まで税理士から何も言われたことがなく、今回新規取引のために営業にやって来た銀行マンに初めて指摘され、気づいたときにはどの銀行からも相手にされないという状況だったのです。

 このようなケースは稀なのでしょうか。

 冒頭で述べたように、97%の人が家族を信用しているというのは当たり前です。しかし、中小企業の経営者が最も信頼を寄せているのが税理士というのは当たり前なのでしょうか。これだけ複雑になった経済状況下では、税理士が中小企業の経営者のニーズを受け止め、もっと経営コーチとしての「コーチング」「マネージメント」「リーダーシップ」という技法を用いて経営を安定的にサポートしてあげることが求められているのではないでしょうか。



会計事務所の成長は「社員教育」

 世の中の人間関係はどんどん希薄になり、医療や学校教育の世界でも突然理解に苦しむようなクレームを言い出す人が増えているようで、このような人たちを「モンスター」と呼ぶそうですが、会計事務所と顧問先との関係も些細なことでトラブルになることも少なくありません。今までは考えられなかったような理由で顧問契約の解除を申し入れられたり、サービスの価値を理解できずに簡単に顧問料の減額を迫られたりします。そして今の時代、会計事務所を簡単に変えることができるほどの情報と星の数ほどの会計事務所があるのも事実です。

 このような悪状況に対応するため、これからの会計事務所には「商品力」と「社員教育」が重要です。なかでも「社員教育」については事務所経営において、頭の痛い問題ではないでしょうか。

 最近「シュガー社員」という言葉が流行っていますが、昨年ベストセラーとなった『シュガー社員が会社を溶かす』の著者、田北百樹子さん曰く、「仕事ができず甘ったれ、周囲に迷惑をかけてもまったく気づかず、常に自分本位に物事を考えている。そのくせ向上心はなく、権利意識だけは異常に強いのが特徴」だそうです。そして、甘やかされて育ち、じわじわと会社に入り込んで会社を溶かしてしまうので「シュガー社員」と名づけたそうです。

 シュガー社員世代は、ゆとり教育世代ともほぼ重なり、ゆとり教育の看板であった「個性を伸ばし、自分らしく」という文言を、彼らは「自分さえよければいい」というふうに都合よく摩り替えてしまったように思えます。国が「円周率は3.14ではなく、3でいいよ」という教育をしてしまったツケが、ここにきて大きく影響してくるでしょう。しかし、会計事務所はそもそも人材育成のパワーやノウハウを持っておらず、「それどころではない」というのが本音のところだと思います。このことは中小企業にとっても同じことで、社員教育は会計事務所と中小企業が共通の悩みを持つことになります。

 そういった意味でも、「人を育てる」という意識なしでは、会計事務所の存続さえ危ぶまれる時代になってきたといえます。このような状況に対応するためにも、「日本経営コーチ協会」が会計事務所の職員の教育機関として推進するカリキュラムは大いに活用できると思います。

 とくに「コーチング」については、事務所の職員を教育するだけでなく、職員がお客様に対して、現場でコーチングという技法を用いて経営者と対峙することができれば、お客様の満足度が格段に上がることは間違いありません。

 「コーチング」には次の5原則があります。

 1) 相手を尊重する
 2) 相手の目標達成を助ける存在となる
 3) 相互の信頼関係を築く
 4) 相手の成長を喜ぶ
 5) 個別の持ち味を見つけ、伸ばそうとする

 一見当たり前のように思いますが、私が特に参考になったのは、このとき、自分の考え、先入観、批判、雑念というものは一旦横に置いておき、聴く耳を持つことが重要だということです。税理士は非常に専門性が高いため、ついつい「あれはダメ、これはダメ」と一方的に批判してしまうことがあります。税法上、無理なものは無理という姿勢は当たり前のことですが、経営に関してはコンサルタントのようなクレーム産業と同じスタンスでは「最も信頼できる人」にはならないのです。一言でコーチングといっても非常に奥が深く、習得するには時間を要しますが、会計事務所に合ったコーチング技法を習得できる場は日本経営コーチ協会しかなく、「社員教育」は会計事務所の差別化に大いに役立つものと考えております。


日野上 達也 (ひのかみ たつや)

税理士法人日野上総合事務所 代表社員・税理士・経営コーチ

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