FRAUD MAGAZINE

経営者の姿勢
Tone at the Top
企業責任と説明責任の伝播
CONVEYING RESPONSIBILITY & ACCOUNTABILITY

スザンヌ・マハデオ 著
By Suzanne Mahadeo



不正防止の基礎知識 パート2

 経営者は、健全な就業環境を構築し、企業責任と説明責任を伝播させることにより、社内不正を防ぐことができる。しかしながら、それは気の利いた倫理規範よりも労力を要するものである。


不健全な就業環境 (NEGATIVE WORK ENVIRONMENT)


 不健全な就業環境においては、従業員の意欲(モラール)や会社への忠誠心が低く、全く存在しない場合もある。このような状況下では、従業員に会社を守ろうという責任感が欠如しているため、不正行為を犯しやすい傾向にある。

 アメリカ公認会計士協会(AICPA)の報告書「経営者による不正対策プログラムと統制:不正防止・発見のためのガイド」(Management Antifraud Programs and Controls: Guidance to Help Prevent, Detect Fraud)によると、不健全な就業環境を招く要素には以下のようなものがある。

 ・ 経営陣に、適切な行為(appropriate behavior)や仕事振り(job performance)を重視したりそれらに報いたりする意識がない
 ・ 否定的なフィードバックをする
 ・ 組織内に不公平感が認められる
 ・ 経営スタイルが従業員参加型ではなく独裁的である
 ・ 組織に対する忠誠心(loyalty)が低い
 ・ (行き過ぎた期待やノルマがあり)上司や経営者に「悪い知らせ」を報告しづらい雰囲気がある
 ・ 報酬が市場水準を下回っている
 ・ 教育訓練や昇進の機会が少ない
 ・ 組織内の業務分掌(責任の所在)が不公平、不明確である
 ・ 組織内のコミュニケーションが不十分である



健全な就業環境 (POSITIVE WORK ENVIRONMENT)


 健全な就業環境は従業員の意欲と忠誠心を高め、不正を抑止する効果をもたらす。AICPAの上記報告書によると、健全な就業環境の下では、より多くの従業員が組織に被害を与えるような不正行為に消極的(reluctant)になる。

 従業員が、組織に対して肯定的な感情を抱く限り、不正行為は減少する。健全な就業環境を醸成し維持していくために、経営陣は以下の点に留意すべきである。

 ・目標、成果と連動した評価、報酬システム
 ・均等な雇用機会の存在
 ・チーム重視で協同的な意思決定方針の奨励
 ・専門的に運営される報酬、訓練プログラム



組織に対する忠誠心の類型 (TYPES OF WORKPLACE LOYALTY)


 組織に対し高いレベルの忠誠心を感じ、行動に表わす従業員が、不正行為を犯す可能性が低いことは明らかである。ACFEとAICPAが共同作成したビデオ「不正と経営者の姿勢」によれば、職場における忠誠心には以下の3つのレベルがある。

個人的な忠誠心(personal loyalty)
 最も低いレベルであり、上司の命令を個人的に受け入れ、それに従うものである。

組織化された忠誠心(institutional loyalty)
 (一段高いレベルであり)組織の使命を組織全体で受け入れ、それに従うものである。

統合された忠誠心(integrated loyalty)
 組織体としての最もレベルが高く、高潔な忠誠心である。組織にとっての理想形であり、説明責任、公平性、正直さ、誠意(good will)などを尊重することによって、下の2つのレベルを超越するものである。組織は、不正や非倫理的行為から身を守るために、職場における忠誠心をこのレベルまで高めるよう努力すべきである。



投資者が重視する事項 (INVESTOR’S CONSIDERATION)


 組織の成否を批評的に検証する際には、株主が目指す目標に留意することが必要である。今日の投資者やアナリスト、アドバイザーは、投資対象先を評価するにあたって、組織の評判や倫理的気風に関する印象を詳細に検討するようになってきている。ヒル アンド ノウルトン(Hill & Knowlton)による「Corporate Reputation Watch 2004」の調査結果によると、投資家が重要視する事項の上位4項目は以下のとおりである。

最高経営責任者(CEO)およびマネジメント・チームの能力(caliber)
製品、サービスの質
企業の評判
 調査対象となった経営幹部の半数以上が、投資者や貸し手は投融資先企業の評判を重視、もしくは非常に重視している、と考えている。また、そうした企業の評判は、投資判断を下す前に考慮すべき最も重要な3つの要素のひとつであるとも考えている。
コーポレート・ガバナンス
 調査対象となった経営幹部の2/3以上が、投資者に対する自社の評判を高めるための重要な構成要素として、効果的なガバナンス、透明なディスクロージャー、信頼できる財務報告をあげた。



企業責任と説明責任の伝播 (CONVEYING RESPONSIBILITY, ACCOUNTABILITY)


 経営者が、個人的責任、および企業責任と説明責任に関するメッセージを従業員や投資者に伝えるためには、以下のようなステップを踏むことが重要である。

倫理を重視する経営姿勢を示す(Set an ethical tone at the top)
 経営上層部の率先垂範が必要である。示すべき行動には倫理的言動に対する賞賛と非倫理的言動に対する罰則を含むべきである。組織は、不適切な行動を行った者、容認した者、見逃した者に対する制裁措置を有するべきである。

倫理規範を確立する(Establish a code of ethics)
 組織は、業務運営に関わる経営者の倫理方針に合致した簡潔なコンプライアンス基準を含む、経営哲学の明確な記述(a clear statement of management philosophy)を作成すべきである。このような倫理規範を全従業員(および業務委託者)に配布し、熟読と署名を義務付ける。

求職者を注意深く選別する(Carefully screen job applicants)
 公認不正検査士協会(ACFE)の「不正検査士マニュアル」によると、組織における道徳的風土を強化するための最も簡単な(かつ明快な)方法は、健全な道徳観を備えた従業員を雇用することである。しかしながら、雇用に関わる手続を性急に進めてしまう場合があまりに多い。組織は、新規採用者全員の経歴調査(background check)を徹底的に行い、特に、現金管理を担当するマネジャー職の候補者には細心の注意を払うべきである。経歴調査には、候補者の学歴、犯罪歴、職歴そして関係者への信用照会(reference)を含むべきである。候補者の以前の雇用主や上司と話をすることで候補者の信頼性に関する評判や、道徳観や忠誠心に関する価値ある情報を得ることができる。

権限や責任を適切に付与する(Assign proper authority and responsibility)
 高い資質と倫理観を備えた従業員を雇用することに加えて、彼らを非倫理的な手段に訴えずとも成功できる環境に置くことも重要である。そのために組織は、明確な職務記述書と業績目標を従業員に示すべきである。従業員の管理者は、業績目標を定期的に見直し、非現実的な基準を設定していないかどうかを確認すべきである。また、従業員が業務遂行に必要なスキルを維持できるよう、教育訓練を提供すべきである。

 倫理に関する研修の定期的な実施は、従業員が潜在的な問題点を認識し、疑いを掛けられるような状況に陥ることを避ける手助けをする。最後に、経営陣は従業員の行動における問題点をすばやく見出し、従業員と共同して問題の解決に取り組むべきである。

不正対策および倫理に関する研修を従業員に義務付ける(Mandate fraud and ethics training for staff)
 組織の価値観、従業員への期待、および倫理行動規範や、継続的な手続きや基準を含めた企業のコンプライアンスに対する姿勢、そして誤った行動を報告するための従業員の役割と責任を周知徹底させる手段として、すべての従業員(上級管理職を含む)に研修を受けさせる。また、そうした研修は、従業員が犯罪行為を犯すような事態に陥らないように、法律や組織内にて、いかなる行為や怠慢が禁止されているかを知らしめるべきである。一般的な研修技法としては、講義、研修ビデオの視聴、参加型の研究集会(interactive workshop)が挙げられる。また、定期的にコンプライアンス基準を強調するべきである。

効果的な懲戒措置を講じる(Implement effective disciplinary measures)
 倫理違反に対する首尾一貫した懲罰がなければ、いかなる統制環境も有効には機能しない。そのためには、違反行為に対する明確な懲戒規程とその厳格な適用が必要不可欠である。ある従業員が違反行為により処罰されたにもかかわらず、他の従業員が同様の行為をしても処罰されなかったという事態が生じてしまうと、組織の倫理方針が持つ道義的な影響力(moral force)は損なわれてしまうであろう。懲戒処分の内容は、違反行為の抑止に十分なレベルに設定しなければならない。組織倫理の重要性を強化するために、倫理的な行動に報いることも考慮に値するであろう。

内部通報制度を導入する(Implement a confidential hotline)
 ACFEの「職業上の不正と乱用に関する国民への報告」2006年版によると、職業上の不正は、内部監査や外部監査、あるいは内部統制などの手段よりも、通報(a tip)により発見されることが多いという。さらに、内部通報制度の仕組みを備えた組織が不正により被った損失の中央値が1件あたり10万米ドルで、不正発見に要した期間が15ヶ月であったのに対し、内部通報制度を備えていない組織の損失は2倍(20万米ドル)であり、発見に要した期間は24ヶ月という結果も出ている。不正対策の内部通報制度の存在に言及するだけでも、不正を抑止する効果が期待できるであろう。

 2005年度の全米ビジネス倫理研究(National Business Ethics Study)によれば、職場における倫理規範を認識している従業員は不正行為を犯しにくいという。職場における疑わしき行為を内密に報告できる通報制度の電話番号を明記したポスターを休憩室に掲示することも、組織として考慮できることであろう。

公益通報者保護方針を確立する(Establish a whistleblower policy)
 公益通報者保護方針は、従業員が実際に起こっている、または起こりうる組織内の他の者による犯罪行為について、報復を受ける恐れのないよう秘匿性を確保しつつ、報や相談できるように制定されるべきである。さらに、多くの企業では、公益通報者は法令で保護されることになっているので、通報者保護に関する従業員の教育研修に関して顧問弁護士と相談すべきである。

 強固で有効に機能する通報者プログラムを構築するためには
 ・ 24時間365日、インタビューアーとして訓練された担当者が通報を受付けられる体制を整える。
 ・ 匿名の通報者との継続的なやりとりを促進するために、通報ごとに個別のID番号を付与し、通報者が再度連絡できるようにする。
 ・ 通報の機密性を保持するために、通報者のIDやEメールのログなどにより交信状況を追跡しないようにする。

 不正対策内部通報制度は通報者の身分を保護すべきであることを忘れてはならない。内部通報制度を促進させるためのポスターや、組織内での伝達において、報告内容と通報者の身分にかんする秘密は確保されることを強調すべきである。従業員が通報したとしても、匿名でいられることをよく認識させるべきである。通報の受付担当者も通報者の身元や、調査の詳細に関して秘匿性を完璧に保つことの重要性を完全に理解すべきである。

不正行為に関する通報への対応を徹底し、内部統制の効果を高める(Follow through with reports of misconduct and promote effective internal controls)
 組織は、通報等により明るみに出た不正疑惑への対応方法を標準化しなくてはならない。不正行為が通報された場合には、マネジメント・チームは徹底的な調査を実施する必要がある。違反行為が摘発されたら、同様な事件の再発防止に向けて、不正対策プログラムの改訂を含む、組織として取りうるあらゆる適切な対策を講じなくてはならない。組織のトップは、全従業員が組織の倫理規範に沿って行動する義務があるというメッセージを明示し、それを支持する責任を負う。こうしたメッセージは、組織内の不正を防止し、抑制するために強化されなければならない。

報復的行動を防止する(Prevent reprisals)
 組織は、通報者の身分を保護し、通報者に対する報復を防止するためにあらゆる努力をしなくてはならない。

正しいことをする文化を創造する(Create a culture of doing the right thing)
 組織が上記の措置をすべて講じ、組織内のすべての者(特に経営トップ)が組織の基準を維持する主体的に取り組むことにより、「正しいことをする」(“doing the right thing”)組織文化を醸成することができる。組織は、この究極の到達点を常に目指すべきである。

 (AICPA(アメリカ公認会計士協会)監査基準委員会の不正対策タスクフォース(Fraud Task Force)の委託により作成された、AICPAの報告書「経営者による不正対策プログラムと統制:不正防止・発見のためのガイド」(Management Antifraud Programs and Controls: Guidance to Help Prevent, Detect Fraud)のコピーの入手をお勧めする。(http://www.aicpa.org/download/antifraud/SAS-99-Exhibit.pdf



正式な倫理規範への単なる依存は禁物である(DON’T RELY ON JUST FORMALIZED CODES)


 従業員に倫理規範の冊子を単に配布するだけで、その内容を生かし、解釈するための手本を示さなければ、従業員は疑問となるような事態について、必ずしも道徳的に分析するとはいえないものである。倫理的判断が求められる状況は複雑であり、倫理規範の範囲を超えた、特定の注意を要するものも多い。企業が禁止事項のチェックリストに過度に依存するようになると、従業員は日々の業務における複雑な倫理的問題に対する判断能力を失い始めてしまう。従業員が直面し得る、倫理的な判断が求められる状況をすべてリストアップすることは不可能であり、またそれを試みることは、従業員を「倫理規範で禁止されていない事はやっても構わない」という結論に導いてしまうかもしれない。



組織のリーダーに対する提言(SUGGESTIONS FOR CORPORATE LEADERS)


 ジョージア工科大学(Georgia Institute of Technology)の経営学部において、学部長であるスティーヴ・サルブ博士(Dr. Steve Salbu)と学長であるステファン・P・ゼルナック・ジュニア(Stephen P. Zelnak Jr.)によれば、組織内に健全な倫理的気風を醸成し維持していくために、組織のリーダーが取ることのできる4つの手段は以下のとおりである。

従業員に期待することを伝達する(Communicate what is expected of employees)
 倫理規範の文書化や正式な研修プログラムの実施によって、組織の価値観や倫理観、および従業員に求められる行動を、明確かつ説得力のある形で正式に表明する。組織のリーダーからの伝達によって、これらの方針は継続的に強化される。

率先垂範する(Lead by example)
 従業員は、経営トップの言動から、自らの職業倫理観の手がかり(cue)を得るものである。経営者は、単に倫理的行動について語るだけではなく、「言行を一致」させ、誠実さと共に手本を示すことにより、いかにして行動すべきかを従業員に示さねばならない。

違反行為を安心して報告できる仕組みを提供する(Provide a safe mechanism for reporting violations)
 不正行為や他の倫理違反について知っている、もしくは疑いを持っている従業員は、上司や同僚からの報復を恐れることなく不正を通報できるべきである。経営者は、会社が不正行為の通報を高く評価し、通報者を最大限保護することを強調して伝える必要がある。

誠実な行動に報いる(Reward integrity)
 企業は、財務的な数値目標のみではなく、倫理的行動によっても従業員を評価すべきである。また、従業員も収益目標の達成だけが、成功の尺度ではないことを理解すべきである。既存の従業員向けインセンティブ・プログラムの評価項目に、誠実さや倫理観に伴う行動を含めるべきである。

 従業員は、経営者に進むべき方向を示して欲しいと願っている。よって、経営者は、従業員に対する自らの言動に敏感でなくてはならない。経営者が倫理観の高い姿勢を示すことにより、不正行為による損失を削減し、従業員の忠誠心や意欲を高めることができるのである。不正の防止は業績の進展をもたらす。そして、その取り組みは経営トップから始まるのである。



スザンヌ・マハデオは、ACFEのビジネス・ライター/編集者であり、Fraud Magazineの補助編集員である。


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