FRAUD MAGAZINE

経営者の姿勢
Tone at the Top
経営者は、率先垂範にて、いかにして不正を防止することができるか
HOW MANAGEMENT CAN PREVENT FRAUD BY EXAMPLE

スザンヌ・マハデオ 著
By Suzanne Mahadeo



不正防止の基礎知識 パート1

 不正防止は企業を成功に導く。従業員を倫理規範に従わせるには、重役室での経営トップの姿勢から始めなければならない。ここでは職場での不正防止に向けた手順を学習する。

 2001年1月、ウォルト・パブロ(Walt Pavlo)は、マネーロンダリング、有線通信不正行為(wire fraud)そして司法妨害の罪で懲役41ヶ月の実刑判決を受けた。パブロは、上司からのプレッシャーを受けてMCIワールドコム(MCI WorldCom)での財務諸表不正を犯してしまったと主張する。パブロは、MCIワールドコムで代金回収(billing collections)担当のシニア・マネジャーであり、顧客の支払い、与信、口座照合等の業務を統括していた。パブロによれば、経営上層部は収益目標を設定し、従業員に対しその目標を満たすかあるいは上回るように、圧力をかけていたという。そして、パブロが上司による会社の財務記録の改ざんを目撃したことをきっかけに、パブロ自身や同僚もすぐに同様の行為を始めた。パブロと上司たちは帳簿を粉飾する方法について話し合うようになった。上司は、会社の資産と収益を水増しするために、いかにして回収不能な債権を隠蔽するかをパブロに教えた。パブロの部下たちも、やがて彼の不正な手口に学ぶようになった。最終的に、監査人がパブロによる異常な仕訳記入を突き止め、彼に問いただし、ついに彼は自らの不正行為を告白した。

 ホワイトカラー犯罪に手を染める他の多くの者たちと同様に、パブロは、始めは自分が悪い事をしているとは感じていなかった。彼は、財務データを改ざんすることにより自分の職責を果たし、雇用主を満足させているのだと感じていた。パブロは、自身の逸脱行為を十分に取り戻せるくらい会社の収益が増加するであろうという、ありえないような筋書きを思い描くことによって、最終的には問題は自然に修復されるのだと、自分自身に言い聞かせていた。

 もし、上司から過大なプレッシャーを与えられたならば、高学歴で経験豊富な従業員でさえも、ホワイトカラー犯罪者となり得る。パブロは、産業工学の学位と経営学修士(MBA)を取得し、ワールドコムで5年間働いたが、上司の願望に屈し、部下を堕落させてしまったのである。

 有罪判決を受け、パブロは妻と幼い二人の息子を残して、禁固刑に服することになった。

 何をしでかすか分からないような従業員(wayward employees)を作り出さないために、企業ができることは何であろうか。経営者の姿勢を正すこと(setting a good tone at the top)が、その始まりである。



「経営者の姿勢」が定義するもの (“TONE AT THE TOP” DEFINED)


 経営トップの姿勢とは、組織のリーダーにより醸し出される職場の倫理的(もしくは非倫理的)気風をいう。経営者の姿勢は、従業員に浸透するものであり、倫理観や誠実性を支持するような姿勢を経営陣が明示すれば、従業員も同様の価値観を維持するであろう。しかし、経営上層部が倫理には無関心で損益にのみ関心を示しているようであれば、従業員はより不正行為を犯しやすくなり、倫理的な行動は優先事項ではないと感じるであろう。つまり、従業員は上司のやるとおりにやるのである。

 不正な財務報告全米委員会(通称トレッドウェイ委員会)は、1987年に不正行為や財務諸表不正をもたらす要因に関する画期的な研究結果を公表した。それによると、経営トップの姿勢が、不正な財務報告が発生しやすい組織環境の醸成に重大な影響を及ぼすという。

 欲深い経営陣が企業を破綻させ、株主価値を台無しにし、罪のない従業員から職を奪った例は、枚挙に暇がない。エンロンのケン・レイ(Ken Lay)、ジェフリー・スキリング(Jeffrey Skilling)やアンドリュー・ファストウ(Andrew Fastow)、MCIワールドコムのバーニー・エバーズ(Bernie Ebbers)、そしてタイコのデニス・コズロウスキ(Dennis Kozlowski)などの「有名人」の名前は、今や企業システムの欠陥と同義語である。さらに、これらの人物は自らの権力ある地位を乱用し、企業不正を犯した経営幹部のごく一部に過ぎないのである。SEC(アメリカ証券取引委員会)によれば、過去5年間にホワイトカラー犯罪により訴追された公開企業のCEOは100人を超える。これらの者たちは、(意図的にではないにしろ)「企業が儲かっていると見せかけるためであれば不正を犯してもよい」という明確なメッセージを従業員に対して発したのである。このような経営トップが従業員に対して倫理的な姿勢を示していなかったことは、明らかである。

 ジョージア工科大学(Georgia Institute of Technology)の経営学部において、学部長であるスティーヴ・サルブ博士(Dr. Steve Salbu)と学長であるステファン・P・ゼルナック・ジュニア(Stephen P. Zelnak Jr.)によれば、適切な経営姿勢を示すために、経営トップは次の4つの重要なステップを踏むべきである。それは、従業員に対して期待することを伝える、率先垂範する(lead by example)、違反行為を安心して報告できる仕組みを提供する、そして、誠実な言動に報いることである。



不正行為を誘発する主な要因 (MAJOR FRAUD FACTORS)


 ウォルト・パブロの転落でも見られる、多くの大企業での不正における3つの主な要因は、以下のとおりである。

アナリストの予想を達成する(Meeting analysts’ expectations)
 アナリストの予想を達成するというプレッシャーを感じている経営上層部や従業員は職業上の不正を犯しやすい。

報酬とインセンティブ(Compensation and incentives)
 パブロは、財務目標を達成した場合、給与に加えて、毎年、ストックオプションにより数千ドルを手にすることになっていた。

目標達成のプレッシャー(Pressure to reach goals)
 言うまでもなく、収益目標を達成しようというプレッシャーや不安感が高まれば高まるほど、目標達成のためには不正を犯す可能性は高くなる。パブロは上司の手助けにより債権償却の処理を遅らせ、回収可能な債権と見せかけることにより、収益を粉飾(dressed-up)した。



起こりがちな倫理違反 (COMMON ETHICAL VIOLATIONS)


 倫理リソースセンター(the Ethics Resource Center(www.ethics.org))の2005年度、全米ビジネス倫理研究(National Business Ethics Study、以下「NBES」)によると、財務記録の改ざんや不実表示は、研究対象となった倫理違反全体の5%を占めた。職場における従業員による、一般的な倫理違反行為と全体に占める割合は、以下のとおりである。

 ・上司の部下に対する嫌がらせ行為(21%)
 ・他の従業員、顧客、取引先、一般市民に対する虚偽の言動(19%)
 ・従業員による利益相反行為(18%)
 ・安全規則違反(16%)
 ・勤務時間に関する虚偽の申告(16%)
 ・Eメール、インターネットの不正使用(13%)
 ・人種、肌の色、性別、年齢などにもとづく差別(12%)
 ・窃盗に関連する不正行為(11%)
 ・セクシュアル・ハラスメント(9%)
 ・規格外の製品・サービスの提供(8%)
 ・機密情報の誤用(7%)
 ・価格操作(price fixing)(3%)
 ・賄賂、キックバック、不適切な贈答品の授受(3%)

 NBESは、あらゆる組織が「自組織内では、どの程度の不品行はやむを得ないと考えられるか(How much misconduct is considered acceptable/inevitable within the company? )」と自問自答すべきだと指摘している。そうすることにより、経営上層部は従業員の言動に関わる問題への対応に集中しやすくなるであろう。



従業員が非倫理的行為を報告しない理由
(WHY EMPLOYEES DON’T REPORT UNETHICAL CONDUCT)



 NBESによると、職場で不正行為を目撃した従業員のうち、その事実を通報したのは55%に過ぎず、前回2003年の調査結果よりも10%低い。

 2003年度のNBESの調査においては、不正行為を通報する割合が最も低かったのは、勤続年数が短く(3年未満)30歳以下の従業員であり、その原因は、経営陣や同僚から報復を受ける不安感であった。彼らはまた、通報すれば上司から「やっかい者」扱いされるのではないかと感じていた。一方、通報する割合が最も高かったのは、中級、上級の管理者(middle managers and senior managers)であった。しかしながら、2005年の調査結果をみると、年齢や勤続年数と通報には目立った統計学的な関連性は認められなかった。不正行為を通報しなかった従業員(全体の45%)が挙げた、通報をしなかった主な理由は、以下のとおりである。

是正措置がとられない(No corrective action)
 自組織に対して悲観的な(cynical)態度をとる従業員は、不正行為に関して積極的に通報しても、組織は何の対応も取らないだろうと感じている。2005年の研究では、通報をしなかったと答えた従業員の59%がこの理由をあげた。しかしNBESは、これらの従業員は組織による対応に過度の期待を抱いていた可能性があるとも指摘している。プライバシー保護の必要性から、会社側から通報者に対応結果に関する十分な情報を提供できない場合もある。会社側としては、これらの従業員からの信頼を高められるように、プライバシー保護の必要性を明確に伝え、たとえ通報者には結果が伝わらない場合があっても、通報内容には常に適切に対応する旨を強調する必要がある。

通報の秘密が守られない(No confidentiality of reports)
 通報しない者が懸念するもう一つの問題は、通報者の身元や通報内容が組織内に漏れてしまうのではないかということである。

上司から報復を受ける(Retaliation by superiors)
 予想どおり、自分が通報者だと分かると上司から報復を受けるのではないか、という不安感も通報をしない理由として挙げられた。

同僚から報復を受ける(Retaliation by coworkers)
 上司からの報復と同様に、職場における非倫理的な行動を通報しない従業員は、同僚によって誰が通報したのかが探り出され、報復されるのではないかと恐れている。

誰に連絡すべきか分からない(Unsure whom to contact)
 人数は多くないが(18%)、連絡すべき相手がよく分からなかったからという理由を挙げる者もいた。

 2005年版NBESによると、社内で倫理規範が積極的に守られていると認識した従業員は、職場における不正行為を通報する可能性が最も高く、通報への会社側の対応にも満足度が高かった。正式な倫理ブログラムを実践している組織の従業員が不正行為を通報する傾向は、そうでない組織に比べてはるかに強かった。不正行為を通報しない者は、以前に通報を試みて苦い経験を味わっているかもしれない。経営者は、そうした者に救いの手を差し伸べ、すべての通報者の身元は明らかにされないことを繰り返し告知しなければならない。



倫理的行動の決定要因 (DETERMINANTS OF ETHICAL BEHAVIOR)


 組織において倫理的な行動がとられるかどうかに関しては、一定の決定要因が存在する。ウォルト・パブロは彼の上司や同僚の言動をきっかけに不正行為に至ったが、それは彼が不正行為がはびこる組織環境の中で仕事をしていたからである。組織における倫理的行動の決定要因としては以下のものがあげられる。

上司、および同僚の言動(Behavior of supervisors and peers)
 2005年のNBESによると、経営トップが4つの観点(倫理の重要性を語る、従業員に周知徹底する、約束を守る、倫理的行動の模範となる)から倫理的に行動していると実感している従業員は、「トップは倫理、倫理と言うが行動が伴っていない」と感じる場合に比べて不正行為に及ばない傾向が強い。調査結果では、同様に、同僚の言動に対する受け止め方が従業員の倫理的行動に影響を与えるということも示した。同僚が倫理的に行動していると認識すれば、自分も倫理的に行動する可能性が高まる一方で、職場における同僚の不適切な行為が目に付くようになると、その従業員自身も不適切な行為に手を染めやすくなる。

業界における倫理慣行(Industry ethical practices)
 特定の非倫理的行為が慣行(standard practice)であると見なされているような業界で働く従業員は、そのような行為に違和感を覚えなくなってしまう。例えば、請求書の時間単価(hourly billings)を「水増し」することが横行している業界では、従業員はそのような行為を通常の業務行為であると受け止めるようになり、言われなくとも、自らも同じ行為を行う。反対に、日常的に倫理的な言動を奨励するような環境で働く従業員は、より倫理的な行為を通常であると考える。

社会の道徳観(Society's moral climate)
 多くの人間は、非道徳的な行為により自分の友人や家族、周囲の人々(community)から非難を受けたいとは思わない。しかし、社会がある特定の非倫理的言動を容認してしまう状況下では、道徳に反する行為が起きやすくなる。例をあげると、1950年代には製造業者の多くが日常的に大量の化学廃棄物を湖や河川に投棄していたが、それに対して社会からは非難の声がほとんどあがらなかった。しかしながら現在では、そのような行為は許しがたいものとして社会的に糾弾されるようになった。

組織の正式な倫理方針(Formal organizational policy)
 組織として「非倫理的な行為は決して容認しない」と宣言し、その方針を強固にするべきである。もし企業がある違反行為から常に「目を背ける」ならば、従業員はそのような違反行為は取るに足らないものだと考えるようになってしまう。


1月/2月号では、不健全な就業環境と健全な就業環境、組織に対する忠誠心の類型、投資者が重視する事項、企業責任と説明責任の伝播、組織のリーダーに対する提言を取り上げる。



スザンヌ・マハデオは、ACFEのビジネス・ライター/編集者であり、Fraud Magazineの補助編集員である。


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