税理士業界ニュース
(2016年9月)

会計事務所が生き残るには「未経験者・新卒者採用」を!

人材難がもたらす負のスパイラル

「人が全然採れない」

 この言葉が、今では会計事務所所長同士のあいさつ代わりになっているように、会計業界の人材難は深刻化している。

税理士試験申込者の推移

 税理士試験申込者数は、わずか6年で2万人近く減少。税理士を目指そうとする人材が激減しているということは、税理士業務そのものと、職場としての会計事務所に魅力を感じる人が減っていることを示している。これは、業界全体としての危機である。

 会計事務所の人材難は、特に小規模事務所ほど深刻である。小規模事務所は、次のような悩みを抱えているのではないだろうか。

  • 「採用サイトに求人広告を掲載しても、小規模事務所にはなかなか応募や問い合わせがなく、費用対効果が悪い」
  • 「ハローワークに求人を出しても、なかなか応募が来ない。条件に年齢や性別を出せないことから、希望しない人材の応募が多く、選考に多大なコストがかかる」
  • 「実務に忙しく、採用に多くの時間を割けない」

 このまま会計事務所が思うように採用できなくなると、どうなるか。次のような負のスパイラルに陥ってしまうだろう。

「求人をかけてもなかなか応募が来ない」⇒「欠員状態が続き、職員の業務負担が増え、心身が疲弊する」⇒「サービスの品質に影響が出る」⇒「顧問先が減少する」⇒「慌てて採用できた人材は能力不足」⇒「仕事と事務所になじめず短期間で辞めてしまう」⇒「職員に業務のしわ寄せが来る」⇒「さらなるサービスの低下」⇒「顧問先が減少し、職員の給与水準が上がらない」⇒「職員のモチベーションが落ち、優秀な人材ほど他の事務所に流れてしまう」⇒「急いで求人をかけるが、なかなか応募が来ない」

 このような負のスパイラルが続くと、事務所の成長はおろか、存続もおぼつかないだろう。

採用から育成の流れをつくることが不可欠

 なぜ、小規模事務所ほど人材難が深刻なのか。それは、今まで会計事務所勤務経験者しか採用してこなかったからである。

 現在のような売り手市場では、経験者は会計事務所の就職事情で有利な立場にある。そのため、給与や待遇が良く、高度な専門業務を扱える大手税理士法人に流れていく傾向が強い。

 ではなぜ、小規模事務所は経験者ばかりを採用してきたのか。それは、人材育成の必要がないからだ。小規模事務所は教育制度が整備されていなく、教育に携わる余裕を持つ人材がいないケースが多い。そのため、即戦力となる経験者を採用し、業務をまわしてきた。

 ところが、現在は小規模事務所ではなかなか経験者が採れない。この状況を打開するには、所長が採用に関するパラダイムシフトを図る必要があるのだ。それは「未経験者・新卒採用」である。

 ただし、ただ未経験者や新卒を採用するだけでいいわけではない。当然であるが、未経験者や新卒を採用したら、戦力になれるよう教育を施すことが不可欠である。

 日本労働教育総合研究所所長・特定社会保険労務士の野崎大輔氏は「採用から育成の流れをつくることが不可欠」と説く。

「2:6:2の法則」という言葉がある。上位2割が優秀な人材で、中位6割が普通の人材、下位2割ができの悪い人材ということだが、会計事務所の採用に関しても同じことが言えるという。

「上位2割の人材は、業界トップクラスの税理士法人に流れていくか独立します。一般の会計事務所は、中位6割の人材の中でも下のレベルと下位2割の層から選ばなければいけなくなるでしょう。妥協して採用して『やっぱり使えない』と辞めさせることを繰り返していては、人材を確保できません。これからは下位2割の人材を育成し、中位6割の人材へと引き上げられる仕組みをつくらなければいけないのです」(野崎氏)

 人材育成として、まず着手すべきことは何か。野崎氏は、仕事をするにあたって必要な「意識と行動」の教育を重視している。

 人材育成というと、専門知識やビジネスマナー、コミュニケーションスキルなど、ノウハウ的なものに目がいきがちだ。もちろんこれらは、必要な知識とスキルだが、それよりも先に行うべきことは、仕事の基礎となる「意識と行動」の徹底であると野崎氏は強調する。

「人材育成を建築で例えるならば、スキルや資格といったものは建物で、意識と行動は地面の下の基礎にあたります。この基礎部分の教育を『人材育成基礎工事』と言っています。どんな工事でも、基礎工事をしっかり行わないと強固な建物ができません。人材も同じです。『すぐやる』『協力する』『自ら動く』『素直に話を聞く』などといったことは、仕事をする上で当たり前のこと(基礎)ですが、ここができていないのに強固な建物を建てようとしても、できるはずがありません。自律した職員に育てたいのであれば、まずは基礎の部分からしっかりと身につけさせることが必要なのです」(野崎氏)

人材育成に注力することは採用にもつながる

 未経験者が会計事務所に就職するための支援を行っている、株式会社大原キャリアスタッフ・コーディネーターの佐々木優子氏は、野崎氏同様、未経験者を採って教育する採用戦略を推奨する。

「経験者の採用が難しくなっているという背景も当然あるのですが、未経験者を採用して、戦力化できるよう育成する会計事務所が、少しずつ増えています」(佐々木氏)

 少し前までは、社会保険や就業規則、給与規程などの労務管理体制が整っている事務所が採用に有利だった。しかし、今では各事務所とも労務管理手続きの整備が進み、差別化を図れなくなっている。人材難時代に良い人材を確保するためには、どれだけ教育体制が充実しているかをアピールできるかが重要だと佐々木氏は強調する。

「人材育成に力を入れていることを上手に伝えている事務所は、規模の大小にかかわらず、人材を確保できていますね」(佐々木氏)

 会計事務所が未経験者や新卒を採用することについては、主に次のようなメリットが挙げられる。

  • 何の知識・スキルもないので、ゼロベースから事務所の方針通りに教育できる
  • 「以前勤めていた会計事務所での仕事の進め方」に固執することがなく、教育しやすい
  • 所長が掲げる事務所の経営理念を、まっさらな気持ちで受け止められる
  • 所長の考えや価値観を雑念なく学び、共感できるようになるので、ゆくゆくは事務所を支える幹部職員へと成長する可能性がある

 会計事務所の商品は、実際に顧客と接触する「人材」そのものである。人材を採用できないことは、事務所経営の存続にかかわる。人材難時代を迎えた今、所長が採用に対する意識を変え、未経験者や新卒を採用して育成することで、事務所経営が大きく上向くことも期待できるのだ。


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