税理士業界ニュース
(2016年7月)

フィンテックの大波が会計事務所に革命的変化をもたらす

 フィンテックとはクラウドの一部であり、会計事務所とフィンテックとの接点は、クラウド会計ソフトである。

 まず、クラウドコンピューティングについて定義したい。クラウドコンピューティングとは、ブラウザを稼働できて、Webサイトに接続できる端末さえあれば、すべてのコンピューター機能を使え、ネットワーク上に存在するサーバーが提供するサービスを利用できるというコンピューティング形態を指す。したがって、クラウド上にソフトもデータも置いておく。厳密に言うと、ソフトをダウンロードし、データのみをクラウド上に置くというのは、クラウドコンピューティングの定義から外れる。

 クラウドを導入すると、サーバーを購入して事務所に置かなくてもよく、サーバー管理者も必要ない。

「昔はサーバーを各事務所で管理していたものだ」と笑い話をするような時代がすぐにやってくるだろう。だから、少しでも早くクラウドコンピューティングを導入することをお勧めする。

社会全体に変革をもたらすフィンテック

 まず、フィンテックが会計業界だけでなく、社会全体にどのような変革をもたらしているかについて話したい。私たちの日常生活の身近なところにあるフィンテックの新サービスに触れられる分野は、決済、融資、資産運用などである。決済という分野では、スマートフォンやタブレットを決済端末として活用するクレジットカード決済サービス「PayPal(ペイパル)」や「Square(スクエア)」などがある。スマートフォンに小さな器具を取り付け、お客様のカードを読み取るだけで決済が完了するので、レジで現金が合わないといった不便さから解放される。

 「価値あるものは、すべて貨幣と置き換えられる」という原理原則がある。そして、この価値は時間の関数である。フィンテックは世界のどの地域とでもやり取りができ、空間を越えられる。そして貨幣、つまり、世界各国が作り出してきた「通貨」というものが、最終的には不要になるのではないかという予測すら立ってしまう。ビットコインという仮想通貨が、個人同士の取引や、国境を越えた送金・決済に利用されているが、未来はこのような形のない貨幣に集約されるのではないだろうか。

 特に日本はこれまで「紙幣崇拝主義」だったが、考えてみたらおかしなもので、福沢諭吉の1万円札が日本銀行で発行されているが、要はただの紙であって、実際に1万円の価値があるわけではない。お互いのルールの中で、「これは1万円の価値がある」と決めたわけだが、紙であるがゆえに不便なことも多い。紙幣を数えなければいけないし、銀行で現金を払い戻す際には、伝票に印鑑を押して、窓口でその印鑑を照合しなければいけない。こんな面倒なことは、近々になくなるだろう。

一度利便性を味わったらもとの様式には戻れない

 都市部より地方のほうが未だに「カードより現金」と「紙幣崇拝主義」が根強いが、現金を扱う手間がなくなる利便性には勝てない。どんな商品・サービスでもそうだが、 会員数が40万人以上と言われる世界最大級の規模を誇るアメリカ公認会計士協会AICPA(American Institute of CertifiedPublic Accountants)。早くからクラウド会計の利便性、将来性に着目していたこの組織は、クラウド会計にまつわる書籍を発刊したり、Webで広報活動を行ったりするなど、会員のCPAに向けて、啓蒙、普及活動に力を入れていた。

 日本では、2016年の現在、クラウドの安全性を不安視する向きが未だに残っているにもかかわらず、アメリカでは2012年の段階ですでに、AICPAがクラウドの安全性を説き、クラウド会計の普及を後押ししていたほどだ。

 クラウド会計ソフトに先鞭をつけた『ゼロ』(Xero)という会計ソフトがある。「会計業界のアップル」と評されるニュージーランド発のこの会社(ソフト名と同一)は、アメリカで圧倒的なシェアを持つインテュイット(Intuit)の『クイックブックス』(QuickBooks)の対抗馬と言えるほどまでに急成長を遂げている。そんなXeroの役員の1人であるジェームズ・メイオッコ氏に話をうかがった。

 「Xeroは会計業界の方々が待ち望んでいた機能、イノベーションを具現化しました。『帳簿を1つに』これこそが顧問先にとってのイノベーションです。何冊もある帳簿を銀行の口座と照らし合わせて……この煩わしかった作業を、全部1カ所にまとめます。帳簿が何冊もあるとミスマッチが出てきます。1カ所にまとめると、このミスマッチがわかりやすいのです」

 帳簿が1つにまとめられていることで会計事務所の監査業務は効率化される。効率化されて空いたその時間を使って、顧客のニーズに応えられる付加価値サービスが一気通貫で提供できる「垂直型ソリューションサービスを提供していこう」というのがXeroの設計思想の根底にある。

 従来の会計事務所に多かった、記帳代行なら記帳代行だけ、給与計算の相談なら給与計算の相談だけ、といった「水平型」の仕事の受け方を、Xeroを使って「垂直型」にしていこうというのだ。まさにCrewも同じ考え方をしている。開発思想が似ているため、共通する特徴が多いXeroとCrew。『クラウド会計ソフトCrew』はこれからも、会計事務所にとっての使いやすさを追求していく会計ソフトを目指している。

 進化する生活様式は逆戻りできないもので、一度利便性を味わってしまったら、二度と前の不便だった様式に戻りたいとは思わないものである。クラウドによるフィンテックの波が訪れたら、もう二度と以前の現金中心のやり取りには戻れないのだ。

税理士の役割とは何かという基本的スタンスに返る

 フィンテックの先進国・アメリカでは、会計事務所でもクラウド会計が普及しており、紙ベースの業務からペーパーレスのクラウドへと移行しつつある。

 クラウドにより、会計サービスだけでなく、売上・請求書管理、仕入・経費の管理、銀行口座情報の照合、給与計算まで経理に関する業務全般を請け負い、高付加価値を提供し、月額数十万円の高額報酬を得ている。クラウドというと、安全性を問う声が多いが、これまでのアメリカ会計事務所での活用ぶりから、答えは出ているようなものだ。

 当然だが、クラウドの波は日本の会計事務所にも押し寄せている。

 これらフィンテックのサービスがすべて会計データとしてクラウド上にまとめておけるようになれば、それまで記帳でかかっていた時間と手間がなくなる。会計事務所の場合、銀行や決済サービスのデータを自動で取り込めるというメリットが大きいことから、まずはクラウド会計ソフトの活用という形でフィンテックにかかわっていくことになるだろう。

 ペイパルやマネーツリーなどをはじめ、フィンテック(広義ではクラウド)によって、既存のサービス、ビジネスモデルが大きく変化しているが、会計事務所にとっては、インストール型の会計ソフトからクラウド会計ソフトへの移行という大きな節目を迎えていると言えるだろう。

 現在、フィンテックをめぐって、ものすごいお金と人、サービスが動いている。私は2015年を「会計事務所の“クラウド元年”」と呼び、それから1年以上が経ったが、その普及ぶりやサービスの充実ぶりは7年分くらいの進化があったように思える。まさにドッグイヤーである。

 会計事務所は、まずネットバンキングとクラウド会計ソフトの利用による時間効率アップを提案するとよいだろう。10年前なら、ネットバンキングの利用料は1ヵ月5,000円くらいかかっていたが、今ではほぼお金がかからなくなっている。各種手数料も、銀行の窓口やATM利用より格安で、無駄な時間が削減できる。そこにクラウド会計ソフトを加えれば、さらに入力作業が大幅に削減できるので、経理部門の人件費にも大きくメスを入れられるようになるのだ。

 多くの会計事務所の場合、月次巡回訪問でもっとも時間を取られていたのは、入力データのチェックであるが、クラウドなら訪問前にデータチェックができ、訪問先でのサービスを、データチェックからコンサルや相談業務に変えることができるだろう。

 フィンテック、あるいはクラウドといった技術革新により、一般企業のITリテラシーは大幅に向上してきた。と同時に一般企業の経営者たちもフィンテックやクラウドに注目し出している。生産性のアップを図り、利益を上げるには、業務を効率化することが一番で、そのためには最新のテクノロジーが有効だと心得ているからだ。そして、業務効率化により経営者が本業に専念できれば、会社の成長が望めるのである。

 これからの会計事務所は、こうした現状をよく理解し、高付加価値サービスを提案していくことが必要になるだろう。


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