税理士業界ニュース
(2016年1月)

”人材”を”人財”にする給与と評価の仕組みをつくろう!

 平成27年12月18日に第65回税理士試験の合格発表が行われた。これにより、新しく税理士となる人材が誕生し、会計事務所の労働市場は新たな動きを見せる。しかし、ご存知の通り、会計業界は空前絶後の人材難に陥っている。これからの時代、会計事務所が人材を採用し、事務所の発展に不可欠な「人財」に成長させるためには、「給与」と「評価」の仕組みづくりにメスを入れることが必須条件である。


税理士試験申込者数は5年間で15,000人以上減少

グラフ1 税理士試験申込者数の変化

 まず、グラフ1を見ていただきたい。これは税理士試験申込者数の変化を表している。2010年には6万2,996人いた応募者が、2015年には4万7,145人と、1万5,000人以上も落ち込んでいる。会計業界の門をたたく人材が急激に減っており、業界として見過ごせない危機である。

グラフ2 年代別税理士試験受験者数比較

 同じくグラフ2では、「年代別税理士試験受験者数比較」を示している。これを見ると、35歳以下の税理士試験受験者数が大きく落ち込んでいるのが明らか。若年層の税理士離れが深刻化している。

 なぜ、ここまで会計業界に人材が集まらないのか?

 ひとつは、景気の好転化が影響し、会計業界内から一般企業への転職が激増していることが挙げられる。今や、会計業界の人材争奪戦の相手は、同じ会計業界だけでなく、一般企業も含まれるのだ。

 では、なぜ、会計業界に見切りをつけて、一般企業に人材が流出するのか?

 最も大きな理由は、給与等の待遇が低いことにある。会計業界の現状を見てみよう。

会計士・税理士事務所総数…3万2,077件
従業者数…16万9,700人
年間総売上…1兆3,698.5億円
(出典:総務省統計局「サービス業産業動向調査」)

 これらの数字を単純計算すると、以下の数字が浮上する。

1事務所当たりの平均従業員数…5.3人
1事務所当たりの収入額…4,270.5万円
1事業従事者当たり年間売上高…807.2万円

 この結果で問題とすべき点は、従業員一人当たりの収入額「807.2万円」。このレベルだと、実際の会計事務所職員の平均年収は、どんなに高く見積もっても400万円前後と推測される。そして、経験が浅い若手職員になると、年収300万円台というのが現状だろう。

 この給与水準では、結婚して家庭を持つのは容易ではない。会計事務所に優秀な人材が集まらないのは当然とも言えるだろう。これは業界全体として危機的な状況である。

 また、同統計調査が示す平均従業員数「5.3人」と同レベルの会計事務所の場合、就業規則がなく、社会保険も未加入というケースは珍しくない。会計事務所同士で人材獲得を競い合っている分には、大きな問題がなかったが、人事制度が整備されている一般企業を相手に人材争奪戦を行うとなると、圧倒的に不利。就業規則もなく、社会保険未加入な状態で「良い人材を採用したい」とアピールするのは、あまりにも虫がいい話ではないだろうか。


10人未満事務所こそ仕組みをつくり生き残ろう

「給与規定、就業規則、評価制度、人材育成システムなんて、大規模会計事務所の話。うちみたいな小さな事務所には関係ない」

 こんな考えでは、いつまでも人材が定着せず、新しい人材を採用できない。これからの時代、会計事務所が成長するにあたっては、人材を定着・成長させるための数々の仕組みが不可欠である。

 給与規定、就業規則、評価制度、人材育成システムがない会計事務所は、次のような負のスパイラルに陥りがちだ。

「求人をかけてもなかなか応募が来ない」⇒「欠員状態が続き、職員が疲弊し、サービスの品質に影響が出る」⇒「顧問先減少につながる」⇒「慌てて採用した人材は期待はずれ」⇒「仕事と事務所になじめず、すぐ辞めてしまう」⇒「さらなるサービスの低下」⇒「顧問先が減少し、職員の給与水準が上がらない」⇒「優秀な職員のモチベーションが落ち、他の事務所に流れてしまう」⇒「急いで求人をかけるが、なかなか応募が来ない」

 このようなサイクルが延々と続けば、事務所の成長はもちろん、存続もおぼつかない状況だ。

 10人未満の小規模会計事務所こそ、生き残りをかけて給与規定、就業規則、評価制度、人材育成システムを整備するときが来たといってもよいだろう。

 これら人事制度がない会計事務所は、所長そのものが基準となる。職員を評価するのも、給与を決めるのも、所長の「鉛筆なめなめ」になる。つまり、何をすれば評価が上がり、何をすればどれくらいの給与がもらえるのかが不明瞭になり、職員にとっては「明日が見えない」状況になるのだ。


「成長できる」会計事務所に応募者は安心する

グラフ3 勤めたい会計事務所

グラフ4 勤めたくない会計事務所

 グラフ3は「勤めたい会計事務所」、グラフ4は「勤めたくない会計事務所」を、それぞれ表している。「勤めたい会計事務所」でトップの回答だったのは「給与が高い」ではなく「成長できる」会計事務所なのだ。

 成長できる会計事務所とは、どんな事務所なのか?

 昨今、積極的に営業・マーケティング活動を実践している会計事務所が存在する。コンスタントに新規顧問先を獲得すると、業務量が増大する。会計事務所は労働集約型。業務量に応じたマンパワーと業務の質に応じたスキルが求められ、業務の量と質に応じた給与の仕組みが必要になるのだ。

 では、「頑張った人には、頑張った分だけ給与を払うから、とにかく頑張れ」という給与システムならばそれでいいのか。一見、正しいようだが、順番が違う。

 「これだけ頑張れば、これだけの等級・ポジションになり、これだけの給与を支払う」ということを具体的に示し、目に見える仕組みを整え、職員全員に分かりやすく伝える必要がある。

 また、現在は「知識やノウハウは、所長や上司、先輩の背中を見て盗め」という時代ではない。きちんとした職員育成システムを整備し、成長モデルを見せることで「この事務所なら安心だ」と応募するようになるのだ。


人材活用で成果を上げている会計事務所の事例紹介

 ひとくちに「給与」と「評価」の仕組みをつくるといっても、どのような仕組みにすればいいのか。今回、全国の会計事務所に給与システムについて取材をしたところ、成長・成功している会計事務所の給与システムは次の3タイプに分けられることが判明した。

・営業・成果重視型
・組織強化推進型
・個人スキル成長支援型

 それぞれのタイプと、会計事務所事例を紹介する。


自分の給与は自分で稼ぐ「営業・成果重視型」

 青色申告会計(東京都千代田区)では、基本給に加え、コミッションを担当顧問先の顧問料の70%に設定している。ここまで徹底した歩合給を敷いた背景として、元村康人所長税理士は独立開業時の資金等のリソース不足を挙げる。

「開業当初は資金的に満足いく広告費をかけられませんでした。そこで、自ら本気になって積極的に営業をする必要がありました。また、独立前の会計事務所でも自分で新規のお客様を獲得してきたので、このスタイルが当たり前だと思い、実践しました」(元村氏)

 また、ここまでコミッションを高く設定しているのは、優秀な人材の獲得という狙いもある。優秀な人材に高い給与を払うことで、他の会計事務所との競争力をつけようとしている。

 コミッションだと「みんな一匹狼になり、現場がギスギスするのでは」と考えがちだが、元村氏は「当事務所にはそんな雰囲気はありません」と笑顔で語る。

 一匹狼の現場にしないために、元村氏は、各職員が担当している顧問先をそれぞれ引き合わせて、紹介し合うよう努めている。マッチングすると、双方の顧問先の満足度が高まり、担当職員にとってプラスになる。職員同士で連携してマッチングに力を入れるようになるという。

□職員一人当たりの売上を上げたい
□新規獲得に力を入れたい
□職員一人ひとりに自発的に業務と新規獲得を行ってもらいたい
□成果に応じた給与を払いたい
□職員に「自分の給与は自分で稼ぐ」という認識を持ってもらいたい

 以上のような事務所は「営業・成果重視型」を検討してみよう。


事務所全体で底上げできる「組織強化推進型」

 ファーストアカウンティング江原会計(栃木県足利市)では、2013年9月に社内の人事制度を整備し、就業規則や給与規程、評価制度などを改訂した。それまで所長の江原弘義税理士・行政書士が事務所のマーケティングに力を入れてきたが、新規顧客を獲得しても特定のスタッフに業務が集中してしまい、バランスが悪くなり、営業の組織化を考えた。

 これまでも部長、課長の役職は存在したが、実質的には「所長以下全員同じ」のなべぶた型組織だったという。営業だけ仕組みを変えて組織化するわけにいかず、事務所全体を組織化していく必要があると江原氏は考え、評価制度の改訂にメスを入れた。

 新しい評価制度は、評価シートを使い、管理職は29、一般社員は24の項目に5段階をつける。評価は自己評価と、上司による一次評価、さらに幹部による二次評価から成り、それによって等級をつけていくという仕組みだ。これまで所長1人で評価していたのが、今は上司5人で一次評価、所長と幹部2人で二次評価を行い、何を根拠に評価をしたのかを話し合うことで、公平な評価が実現するのだ。

「経営理念やクレドより、就業規則や賃金規定、評価制度等の人事制度を整備するほうが先です。人事制度が従業員に安心感を与え、やりがいをもって仕事をしてくれる源になるでしょう」。江原氏は、小規模会計事務所でも人事制度の整備が必要と説いている。

□組織全体で能力の底上げを図りたい
□ある程度人数が多くなり、組織としての統制を取りたい
□勤務税理士に独立せず、事務所に残ってもらいたい
□個人プレーよりも事務所全体に貢献した人を評価したい
□評価する側もされる側も納得して評価できるようにしたい

 以上のような事務所は「組織強化推進型」の給与システムを選択することをおすすめする。


職員の成長にフォーカスした「個人スキル成長支援型」

 東京メトロポリタン税理士法人(東京都新宿区)では、統括代表の北岡修一税理士が毎年9月に全員と面談した評価をベースに、昇給を決めている。

 かつて、同税理士法人では人事制度をつくって社員の評価をしていた。しかし、評価と給与をリンクさせるのが難しく、実態とフィットしなかったという。形式的に評価をしても意味がないことから、人事制度の廃止に踏み切った。

 以後、北岡氏が社員20人全員と毎年9月に面談。良かった点、改善してほしい点、今後やるといい点などのコメントを書いて、どれくらい昇給するかを直接伝えるようにしている。

「20人以下の事務所で、所長が全員の人柄と仕事ぶりを把握しているのなら、所長が評価して決めたほうがいいと思います」(北岡氏)

 また、同税理士法人では、全員が目標を掲げ、全体で達成したら、決算賞与を一律で各人の基本給の何ヵ月分かを支給している。業績貢献の度合いは、メンバーによって異なるが「全員で達成してつくり上げた業績」ととらえている。互いに仲間を手伝い、教え合って、組織と個人を成長させたいという北岡氏の思いを、給与の仕組みに反映させているのだ。

□職員のスキルを伸ばしたい
□職員の成長に必要なスキルを見える化したい
□顧客満足度を上げたい
□事務所の雰囲気として成果主義がなじまない
□職員研修に力を入れたい

 以上のような事務所は「個人スキル成長支援型」を念頭に置いてみてはいかがだろう。

 会計事務所は、現場で働く職員一人ひとりが商品そのもの。それゆえ事務所経営と給与・評価システムは、密接な関係にある。時代に合った給与・評価システムを整備して、改善につぐ改善を重ねることが、すべての会計事務所所長に求められる使命である。これが「人材」を獲得し、「人財」へと高めていく条件でもあるのだ。


“人材”を“人財”にする会計事務所“給与”と“評価”の仕組みづくり