税理士業界ニュース
(2014年3月)

スモールビジネス層開拓の「方程式」

 起業家や年商5千万円未満の小規模事業者をメインターゲットにすることで、成長を遂げている会計事務所がある。これまで会計事務所が積極的に狙っていなかったこれらの層を開拓し、成長エンジンとしている事務所は一体どのような方策を取っているのか? その事務所経営手法には、いくつかの共通点があった。従来の常識を打ち破った、その新たな発想が何をもたらしているのか? 最新事務所経営手法をレポートする。


成功への方程式「顧客数×低価格」

 「入口商品である決算申告業務を5万円で受けてしまう。完全に赤字ですが、引き受ける。そこから顧問契約へと結びつけることで、成果を上げています」と語るのは、2013年だけで160件の新規成約、2,700万円の新規売上を達成している、梅川公認会計士事務所の梅川貢一郎氏(所長 公認会計士・税理士)だ。

 昨今急増しているネットショップに特化した専門サービスを提供している黄民愛税理士事務所の黄民愛氏(所長 税理士)も低価格のニーズは高いと語る。

 「ネットショップの経営は、借金を背負って開設するというよりも少しずつキャッシュを貯めながら、地道に成長させていくケースが多いんです。そのため、顧問料に関しても低価格のニーズは高いですね。できるだけコストを下げて、その分1円でも安く商品を売っていきたい、経営者の方々はそうお考えになっているようです」(黄氏)

 顧問料の低価格化は会計業界全体に広がっているが、スモールビジネス層、スタートアップ企業をターゲットにした場合、特にその欲求は高い。

 事業規模が小さく、売上も少ない小規模事業者をターゲットに会計業務を提供する場合、低価格でも高品質のサービスを提供できる事務所の体制づくりが不可欠になる。来所型の事務所運営はその代表例といえるだろう。

 「顧問料を決める際にはこちらからご訪問するか、お客様にご来所いただくかを選択できるようにしています。比率で見ると、こちらからお邪魔させていただくお客様よりご来所くださるお客様の方が4倍多いという状況です」(黄氏)

 合わせて黄氏の事務所では、特化型事務所の利点を活かし、ノウハウをデータベース化している。

 「会社設立の時に聞かれることはほぼ一緒なんです。ですので、二度手間、三度手間にならないよう、質問やその回答をデータベース化しています。入力業務の手間などを減らすことはできませんので、事務所の業務効率アップのためには実務以外の部分を減らしていく必要があります」(黄氏)

 減らせる手間と減らせない手間。事務所の理念や経営方針によってその境目は異なるだろう。業務効率改善のためには、

●業務の洗い出し、リスト化
●ムダな業務と本来の業務の分類
●業務の見える化
業務のマニュアル化などが必要になる。業務によっては内製から外注に切り替えるなどの判断も必要だろう。

 低価格でも収益を上げられる事務所体制をどう構築していくか、重要な課題として挙げられる。


成功への方程式「新設法人×記帳代行」

 自計化の指導と経営計画サポートが会計事務所に求められていると言われていますが、何が正解なのかはお客様によります」と語るのは、神奈川県川崎市を中心に起業家支援を行っている、大原政人税理士事務所の大原政人氏(所長 税理士)だ。

 「記帳代行のニーズは高いですね。お客様は経理のことなど何も分かりませんので、すべて丸投げでお願いしますとおっしゃられるケースが増えています」(大原氏)

 同様の話は昨年開業し、起業家支援に特化したサービス展開で、すでに2千万円の売上を達成している、古屋総合事務所(東京都新宿区)の古屋佳男氏(所長 税理士)からも聞かれた。

 「起業家の皆さんにとっては、販路開拓などの営業活動、売上アップの施策がもっとも関心が高い事柄です。会計や経理といった、本業とは関係ない部分に関しては外注に出したい、自分は本業に専念したいというのが本音。記帳代行に関するニーズは大変高いです」(古屋氏)

 中小企業庁が行った調査からは、中小企業が経理業務に割いている人員がいかに少ないかが分かる。7.4%の企業に至っては、経理専任の担当者はおらず、社長自らが対応している。経理業務から社長を開放し本業に専念させる。そうすることによって企業の成長・継続のサポートを行う。スモールビジネスの経営者にとって記帳代行は、会計事務所にお願いしたいと考えるポイントだろう。

 記帳代行のコストを削減したい、または自社の経営数値を自身で把握したい。そのようなニーズから自計化を望む経営者もいる。

 「もちろん、そのような要望にもフレキシブルに対応します」と語るのは、大原氏だ。

 「会計ソフトの使い方など、分かるように教えます。ただし、入力指導は15分で終わります」(大原氏)

 大原氏の指導は「一つのことしか教えない」ことで徹底している。「入力をさせても難しいことなんてできなくて当たり前です。まずは1年間は言われたことだけ行ってくださいと徹底します。『もっと簡単な裏技はないの?』と聞かれますが、ありますけど教えませんと答えます」(大原氏)

 これは簿記と同じなのだと大原氏は言う。なぜ、貸方と借方を左右に分けるのか、分からない人はそこから分からないが、いいからやれと言われてやっているうちになんとなく分かる瞬間がくる。

 お客様の要望に合わせて適切なサービスを提供する。記帳代行が必要ならば請け負い、自計化を求める顧客にはフレキシブルに対応する。事務所が考えるサービスの押し付けではなく、顧客目線でのサービス提供が求められている。