重要租税判例ガイド
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広島地裁平成23年9月28日判決(判例集未登載)
―売買契約の解除と相続税の課税財産―
(2013/10/10)

1.事案の概要

 被相続人は、平成17年12月7日に、訴外A社との間で、被相続人が有する土地建物(以下「本件各土地建物」という。)をA社に対し1億7,087万円で売買する旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、同社から、手付金1,700万円の交付を受けた。

 被相続人が平成18年3月10日に死亡した後、相続人であるXら(原告)は、平成18年4月6日付けで本件売買契約を解除する旨通知し、同月11日に、手付金の倍額である3,400万円を支払い、本件売買契約を解除(以下「本件解除」という。)した。

 これにより、Xらは、本件各土地建物等を、被相続人の死亡によって取得した財産として、被相続人の死亡に係る相続税の申告をした。

 課税庁は、Xらに対し、本件売買契約に係る課税財産は、Xらが申告した本件各土地建物ではなく、本件売買契約における売買代金請求権(以下「本件代金債権」という。)であるとして、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を行ったので、Xらがその取消しを求めて出訴した。


2.争 点

 本件の主たる争点は、

1)本件売買契約に係る課税財産は本件代金債権か本件各土地建物か、
2)本件売買契約に係る課税財産の価額はいくらか、

である。


3.判決の要旨

 広島地裁平成23年9月28日判決は、以下のとおり判示して、Xらの請求を認容した。すなわち、争点1)について、本件売買契約に係る課税財産は本件各土地建物であると判示した。

 本判決は、まず納税申告前又は法定申告期限前の解除が課税関係に及ぼす影響について検討を行った。

 すなわち、「納税申告前(又は法定申告期限前)の解除については、国税通則法上、明示的な規定はないが、いわゆる後発的事由に基づく更正の請求においては、〔筆者注:国税通則法23条2項が規定するとおり〕解除権の行使による解除とそれ以外の解除が区別されて、後者についてはやむを得ない事情が要求されており、これは、恣意的な解除(合意解除など)による税負担の不当な軽減を防止する趣旨であると解されるところ、この趣旨は、納税申告前の解除についても妥当するものであるから、納税申告前(又は法定申告期限前)の解除についても、更正の請求の規定(同法〔筆者注:国税通則法〕23条2項3号、同法施行令6条1項2号)に準じて、当該契約が、(1)解除権の行使によって解除された場合、又は、(2)当該契約の成立後に生じたやむを得ない事情によって解除された場合に限り、課税関係に影響を及ぼすと解釈すべきである」と説示した。

 その上で、本判決は、本件解除は履行の着手前になされたものであって、手付契約に基づく解除権の行使による解除であるといえるから、上記(1)の「解除権の行使によって解除された」場合に該当するため、「本件解除の遡及効(民法545条1項)は、本件における課税関係に影響を及ぼすことになる。

 すなわち、本件売買契約は、その成立時点…に遡って消滅し、本件相続開始日…において、本件売買契約は存在せず、本件売買代金債権も存在しなかったことになることから、本件売買契約に係る相続税の課税財産は、本件各土地建物であった」と判断した。

 なお、争点2)について、本判決は、評価方法が法定されていない財産の評価については、国税庁が制定する基本通達に従って、統一的、画一的に行われていることは公知の事実であることにかんがみれば、「基本通達が法令ではなく、法令解釈の基準にすぎないとしても、基本通達の基準によらないことが正当として是認されうるような特段の事情がない限り、相続により取得した財産は、基本通達の評価基準に基づき評価されるべきであり、そうすることが相続税の課税の公平を期する所以である」との理解を示し、本件において上記特段の事情があるか否かについて検討を行うべきであるとした。

 その上で、本判決は、被相続人もXらも、「本件各土地の売買残代金を受領しないまま、本件売買契約は、…事情によって最終的に解除されており、本件各土地建物の客観的な交換価値は現実化していない。

 また、本件各土地建物の価額は、基本通達の評価基準によれば、合計1億3,044万4,451円…であって、上記売買代金との間に著しい格差があるともいえない。

 これらのことからすれば、…〔筆者注:本件解除を行った〕事情を考慮しても、本件各土地建物の価額を基本通達の基準に基づき評価することが相続税法22条の法意に照らし不合理であるとまではいえないというべきである」として、本件各土地建物の価額について基本通達の基準によらないことが正当として是認され得るような特段の事情の存在を認めない旨判示した。

(執筆:一般社団法人アコード租税総合研究所)