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最高裁平成23年9月22日第一小法廷判決(裁判所HP)
―損益通算と遡及立法―
(2013/08/19)

1.事案の概要

 X(原告・控訴人・上告人)は、所有期間が5年を超える土地及び建物について、平成10年1月30日に売買契約を締結し、同年3月1日にこれを買主に引き渡した。

 この土地及び建物の譲渡によって(長期)譲渡所得の金額の計算上損失の金額が生じたため、Xは、平成16年分の所得税につき、かかる損失の金額は他の各種所得との損益通算が認められるべきであるとして、税務署長Y(被告・被控訴人・被上告人)に更正の請求をしたところ、Yは更正すべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をした。

 このため、Xは、土地建物等の長期譲渡所得の金額の計算上生じた損失の金額を他の各種所得の金額から控除する損益通算を認めないこととした平成16年法律第14号による改正後の租税特別措置法31条1項の規定(施行日は平成16年4月1日。以下「本件規定」という。)を、平成16年1月1日以後に行う土地建物等の譲渡に対しても遡って適用するとした平成16年法律第14号附則27条1項(以下「本件附則」という。)は納税者に不利益な遡及立法であって憲法84条に違反するから、本件通知処分は違法であるとして、その取消しを求めた。


2.争 点

 土地建物等の長期譲渡所得に係る損失の金額につき損益通算を廃止した平成16年4月1日施行の本件規定を、平成16年1月1日以後の土地建物等の譲渡について適用するものとする本件附則は憲法84条に違反するか。


3.判決の要旨

 最高裁平成23年9月22日第一小法廷判決は、本件規定を遡及適用することは、所得税の課税関係における納税者の租税法規上の地位が変更され、課税関係における法的安定に影響が及び得るものというべきであり、本件規定の遡及適用を認める本件附則が、課税要件及び租税の賦課徴収の手続が法律で明確に定められることにより課税関係における法的安定が保たれるべきであるという憲法84条の趣旨に反するか否かについては、当該財産権の性質、その内容を変更する程度及びこれを変更することによって保護される公益の性質などの諸事情を総合的に勘案した上で、遡及適用による課税関係における法的安定への影響が納税者の租税法規上の地位に対する合理的な制約として容認されるべきものであるかどうかという観点から判断するのが相当であると判示した。

 その上で、

1) 改正法の立法目的は、適正な租税負担の要請に応え、不動産価格の下落の進行に歯止めをかけることにあること、

2) 遡及適用の立法目的は、損益通算による租税負担の軽減を目的として土地等又は建物等を安価で売却する駆け込み売却の防止にあること、

3) かかる遡及適用の立法目的が具体的な公益上の要請に基づくこと、

4) かかる要請に基づく法改正により事後的に変更されるのは、納税者の納税義務それ自体ではなく、損益通算による税負担の軽減を納税者が期待し得る地位に止まるものであること、

5) 遡及適用により、暦年の全体を通じた公平が図られる面があり、その期間も暦年当初の3か月間に限られていること、

6) 納税者においては、納税義務を加重されるなどの不利益を受けるものではないこと、

などの諸事情を総合的に勘案した上で、本件附則が、本件規定を平成16年1月1日以後にされた長期譲渡に適用するものとしたことは、納税者の租税法規上の地位に対する合理的な制約として容認されるべきであって、本件附則は憲法84条の趣旨に反しない旨判示した。

 なお、同種の事案について、最高裁平成23年9月30日第二小法廷判決(裁判所HP)も、本件最高裁判決と同様の判断を示した。

(執筆:一般社団法人アコード租税総合研究所)